第6話 999人目
オレには、なにも無かった。生まれた瞬間には理解していた。
親は無し。家族も無し。家も無し。
仕事も無し。役割も無し。存在意義無し。
誕生価値、なにも無し。
何千年も昔は、物心ついた時とか、何歳になった時とか、そういう表現をしていたらしいが、オレ自身は文字通り、生まれた瞬間からそれを理解していた。
なぜなら、命令系統は機能しておらず、そもそも、指示系統・命令系統を示すはずの人間は一人もおらず、ただ、とっくの昔に廃棄されていたのにたまたま生きていた工場が、間違って生み出したモノ。
それがオレだ。
何も無いオレには当然、名前さえ無い。
敢えて名乗るなら、オレを生み出した廃棄済み工場の名前から……
ヤツビシバイオロジック製 成人男型生命
製造番号:ナンバーレス
個体名称:アンネームド
疫病や戦争、飢餓に貧富格差、果ては世界的な少子高齢化が進んだ結果、人類は激減する人口の代わりとなる労働力の確保が急務となった。
まず考えられたのが、必要なプログラムやAIを組み込んだロボット。次いで、使い物にならなくなったロボットと人間を再利用するための掛け合わせ。
もっとも、それらを活用した結果、労働力不足を補うことはできたが、根幹である人口減少問題は変わらない。残った人類にも性欲もあれば、子供を望む人間も多くいたが、子供を持つことを拒否する人間はそれ以上に多い。
そこで考えられたのが、姿、形、細胞に至るまで、人類と何ら変わりない生命体を作りだそうと言う発想。しかも、赤ん坊からではなく、成人の体格・知能・能力を持った状態で誕生させる。労働力としての利用はもちろん、望むのなら交配することで子供を持つこともできる。
クローン技術に人口交配、必要事項を効率よく記憶させるためのAI、必要な技術は全てそろっていた。
問題があったとしたら倫理的抵抗心だが、人口減少による人類絶滅の瀬戸際の前では倫理も道徳も意味を成さない。というより、もはやそんなことにさえ、興味を示す人間もいない。最終的に、そのことに反対する人間は、一人もいなくなっていた。
そうして、次世代ヒト型生命として生み出されたのが、オレのような人口生命体だったわけだ。
役割は様々だ。単純な労働力として。保護人類への奉仕・保護・教育係として。愛玩目的に作られたヤツらもいる。
そうやって、新しい人間たちを作るための工場が設置され、必要な労働力を、可能な限り作り続けた結果どうなったか……
答えは、状況の更なる悪化。
そもそも、少子高齢化の最大要因の一つが、娯楽の充実と生活水準の向上によるもの。
それらが変わらない上、問題視されていた少子化によって引き起こされる労働力不足を解消されたなら、人類は余計に子供を作らなくなる。
純粋な人類はどんどんいなくなり、残ったのは、そんな人類を守るために作られた、人工生命体にアンドロイドにロボット。
気づいた時には、もはや純粋な人類の絶滅は避けられない状態になっていた。
それでも、人間は今なお生まれ続け、そして、増え続けている。
皮肉なことに、人類絶滅を防ぐために生み出された技術は、結果的に、旧人類の絶滅と引き換えにして、人類存続につなげることができた。
その後も、工場で生まれた新人類たちの活躍により、地球を超えて、宇宙にまで生活圏・文化圏を広げられるほどに……
そうやって、もはや目的さえ失くし、残った手段で生存し続けるのみとなった人類も、最後には滅びゆく。
生まれた新人類に役目と必要なスキルを与えるシステムには狂いが生じ、その小さな狂いがやがて大きな障害となって全ての工場に広がった結果、そこから生まれたロボット、アンドロイド、人間、全てに狂いが生じた。
狂ったそれらは正常に働くことはおろか、必要な判断さえ不可能になり、やがてマトモに生きていくことさえ困難な状態となった。
不具合は同時に不審を招き、不審は争いへと変わった。
やがて、理想的な能力と役目を持って生まれたはずの新人類は争いを始め、争いはどんどん大きくなり、結果、滅び去った。
多くの遺物を残したまま……
そんな遺物の一つである、工場で生まれたのがオレだ。
ごく平均的な成人男性の姿と、必要な知能・知識を持って生まれ、本来なら同時に自身に生まれた理由となる役割が与えられるはずだった。
だが、その肝心の役割が、与えられた様子はない。
その理由も、誕生と同時に記憶に書き込まれる歴史と記録で理解した。
その記録が、何百年も昔のものだということも……
すでに、人類が絶滅して何百年という月日が経っている。動かす人類がいなくなったのなら、メンテナンスさえ不可能になった工場もとっくの昔に死んでいたはずだった。
なのに、生きていた。そして、オレが生まれた。
その理由は不明だが……
空模様から、どうやら前日は悪天候だったらしい。雷を伴うほどに。
それで大よその検討は付くが、いずれにせよ、奇跡としか言いようがない。
とは言え、人類は正真正銘、オレ一人だけ。
守るはずの旧人類は新人類が滅ぶはるか昔に滅んでいて、それでもなお増え続けた新人類も、もはや無し。
こんな状態のこんな世界で、オレ一人生まれたところで、何をどうしろというのか……
どうしようもない状態で立ち尽くしている時、気づいた。
役割の無い自分には与えらえるはずの無かったもの。
役割によってそれぞれ変わる『スキル』が、どうやら備わって生まれたらしい。
誤作動か偶然か、それとも本来与えられるはずだった役割に対する必要な『スキル』か……
思考していたところへ、また異変。
ソレらは、気がついたらオレを取り囲んでいた。
黒。赤。青。白。四色の特徴に分かれた四人組。
まだ人類に生き残りが……
尋ねるより早く、四人は襲い掛かってきた。
人類は新旧関わらず庇護対象だが、敵対してくる存在はその限りではない。
戦うために、『スキル』を活用した。
四人はそれぞれ、別々の『スキル』を持っていた。
黒は『圧潰』。赤は『燃焼』。青は『水没』。白は『切断』。
本来なら、これらは四つまとめて備わっているはずのものだが、それがなぜ分割されているのか……
疑問はあるが、『スキル』を持っている以上、オレと同じ新人類に違いない。それが敵対してくるならば余計に、遠慮は不要だ。
潰そうとしてきた黒の顔を掴み、歪めた。絶命。
燃やそうとしてきた赤の腹を蹴り、えぐる。絶命。
水に沈めようとしてきた青の下あごを削り取る。絶命。
切り裂こうとしてきた白を真っ二つに湧ける。絶命。
四人とも、オレと同じ新人類のはずなのに、あまりに劣りすぎている。まるで旧人類並みに……
そのことを疑問に感じていると、また一人、現れた。
色分けされた四人よりは高性能らしいが、随分昔、四人より更に昔に作られた新人類らしい。かろうじて生きているように見えるが、いつ停止してもおかしくはない。
ソイツは現れるなり、倒した四色を集めて、その『スキル』を自分のものにしていた。
仕事の引継ぎ等、必要に応じて『スキル』は与え、与えられることができる。たまにここで誤作動が起きたり、引継ぎの設定をミスって、旧人類に『スキル』が宿る、なんて例もあるらしいが……
それはともかく、あの新人類は、なぜか自身に与えられたスキルを四つに分けて、ソレ用に作りだした、旧人類並みに劣った新人類四人に与えて動かしていたということになる。
その理由は皆目見当がつかないが……
どうやら、そいつも敵対が目的のようで、『スキル』を集めた後は、オレに向かってきて……
どれだけ『スキル』をかき集めても、いつ生まれたかさえ分からないほど昔に生まれた人類が、生まれたて全快状態の新人類に敵うわけがない。反撃すれば、アッサリ絶命した。
これで正真正銘、オレが人類最後の一人となったわけだが……
工場は生きている。自分は『スキル』を身につけた。そして、『スキル』は与えることもできる。
なら、オレがやることは一つ。
人類の歴史を、やり直す。
工場で作りだせる人類は、性別、年齢、記憶、人格、役割、全てを細かく設定できる。
まず、文化を学び、子孫を残すことのみ目的とした人類を生み出す。
道徳を学び、社会を学び、互いの尊さを学ばせて、子供を産ませる。
そうした子供たちがやがて、新たな人類を生む礎となる。
そうなるよう、導く存在もまた必要だ。
人類を導き、今度こそ庇護することを目的とした人類。旧人類から見れば、高位の存在となる、守護者、神格……まあ、呼び方はこの際、どうでもいい。
そんな役割を持って生まれた、最初の二人。
与えるスキルは、オレが生まれ持ったスキル……名づけるなら、『物理干渉』。
もう一人には、さっき襲ってきたヤツから奪ったスキル……『物的干渉』。
もちろん、この二人以外にも、必要に応じて増やしていくつもりだが……
新たに生み出した人類がどんな道をたどるのか。
『スキル』は与えない。元来、人類が持ちえないものだし、そんなものを持たせてしまっては、すぐにバランス崩壊を引き起こすから。
そんな『スキル』を与えた守護者の二人は、人類を導くことができるのか。
オレには、この二人に指示・命令を出し、見守ることしかできないが……
後はただ、託すだけだ。
最後には同じ、滅びが待っていようとも。
破壊と再生を繰り返す未来が待っていようとも。
間違えないことを。正しくあれることを。
どんな結末を迎えることになろうとも、それがより良いものにできると、オレは、人類を信じている。
そのために、オレと、オレたちにできることを。
それが、オレにできる、この世界に対する唯一の干渉なのだから……




