第九話 凪いだ海の、残酷なほど美しい青
日曜日。雲ひとつない青空の下、私たちは思い出の海岸へと向かいました。 駅で待ち合わせた空くんは、少し大人びた私服姿で、どこか緊張した面持ちでした。
「……空、今日はおしゃれしてんな」 私のすぐ隣で、湊がクスクスと笑いながら空くんを冷やかします。空くんには聞こえないその声が、私だけを少しだけ勇気づけてくれました。
海に着くと、潮の香りが全身を包み込みました。寄せては返す波の音は、あの日と何も変わっていません。私たちは防波堤に座り、ただ黙ってキラキラと輝く水面を眺めていました。
海風に吹かれながら、空が絞り出すように言いました。
「……あの日の放課後。俺があいつを無理に引き止めなきゃ、あいつ、あの交差点を通ることはなかったんだ。……俺が、湊を殺したようなもんだよ」
空が抱えていたのは、海での事故ではなく、日常のふとした瞬間に起きた交通事故に対する、やり場のない自責の念でした。
湊はそれを聞いて、空の隣で激しく首を振ります。 「バカ言え。おれがボケっと歩いてたからひかれただろ!」
湊の叫びは空には届きません。けれど、凪が湊の代わりに空の手に、自分の手を重ねます。
「……空くん。湊は、自分のせいだって言ってるよ。空くんのせいじゃないって、怒ってる」
凪の言葉に、空は初めて声を上げて泣きだしました。親友の心に刺さっているトゲが取れたその瞬間、湊の体が、今まで見たこともないほど白く、光に溶け始めました。
「……あ。……そっか。空も、これでこれから笑えるようになる。そしたら俺の役目は終わりだ」
湊はとても薄くなった自分の指先を見つめ、悟ったように微笑みました。 彼がこの世に留まっていた理由は、凪だけではなく、親友である空の心を救うためでもあったのです。




