第八話 思い出の場所、あの日と同じ海
その日の昼休み、私の教室の入り口が少しだけざわつきました。
「……あ、空だ」 誰かが呟く声に顔を上げると、そこには空くんが立っていました。他クラスの生徒がわざわざやってくるのは珍しいことで、クラスメイトたちの視線が好奇心に揺れています。
私は少し戸惑いながらも、席を立って彼の元へ向かいました。
「空くん、どうしたの?」
空くんは少し気まずそうに、でも真っ直ぐ私を見つめて言いました。
「……凪。今週の日曜日、空いてるか?」
「え……? うん、空いてるけど」
「……あいつと、三人でよく行ったあの海にさ。久しぶりに行かないか」
空くんの言葉に、私のすぐ後ろから「おっ、いいじゃん!」という湊の弾んだ声が聞こえました。空と話したあの日から、たびたび学校についてくるのです。 湊は私の肩越しに空くんの顔を覗き込み、嬉しそうに目を輝かせていました。 「あいつ、分かってるなー。あそこの波止場、最近行ってなかったもんな!」
「……日曜日の午後、駅前でいいか」
空くんが少しぶっきらぼうに付け加えます。 私は湊の笑顔を見て、それから空くんの瞳を見て、深く頷きました。
「うん。行きたい。……行こう、空くん」
「……よし、決まりだ。じゃあな」
空くんはそれだけ言うと、少し照れくさそうに背を向けて去っていきました。
放課後の帰り道、湊はずっとはしゃいでいました。 「楽しみだな、凪! あの海、今頃はちょうど夕日が綺麗なんだ。おれ、あそこで凪に、大人になったら——」
そこまで言って、湊がふと言葉を止めました。 私は足を止めて、彼の顔を見上げます。
「……大人になったら、何?」
「……いや、なんでもない。とにかく、楽しみだなって話!」
湊はいつものように茶化して笑いましたが、その笑顔はどこか遠い場所を見ているようでした。 日曜日、三人(……実質は二人と一人)の思い出の場所。 そこに行けば、何かが変わってしまうような、あるいは大切な何かが終わってしまうような。
幸せなはずの約束に、私の胸の奥には、小さなさざ波のような不安が広がり始めていました。




