第二話 透き通る朝の、変わらない挨拶
眩しいほどの朝日が差し込む、ある朝のこと。 凪は、隣から聞こえる騒がしい声で目を覚ましました。
「凪ー、早く起きないと遅刻するぞー?」
ベッドのすぐ傍で、湊が身を乗り出して覗き込んでいました。 あの日と少しも変わらない、弾けるような笑顔。凪はまだ夢の中にいるような心地で、ぼんやりとその顔を見つめます。
「……湊。おはよう」
「ん、おはよう! 今日も凪はかわいいね。寝癖ついてるけど」
湊はそう言って、凪の頭を撫でようと手を伸ばしました。 けれど、その手は凪の髪をすり抜け、枕の中に沈んでいきました。実体のない、ただの光の重なり。
「……あ。そっか。ごめん、つい癖で」
湊は少しだけ気まずそうに笑って、手を引っ込めました。 凪の胸に、ちくりとした小さな痛みが走ります。彼がそこにいるのに、体温を感じることはできない。それは、残酷なほどに彼が「もういない」ことを突きつけてくる瞬間でした。
「……湊、私。まだ夢を見てるんじゃないかって、ときどき怖くなるよ」
凪が布団を握りしめて呟くと、湊はベッドの端に腰掛ける仕草をしました。 実際にはシーツに皺ひとつ寄りませんが、湊は真剣な眼差しで凪を見つめました。
「夢じゃないよ。おれはここにいる。凪が呼んでくれたから、戻ってこれたんだ」
「……湊」
「だからさ、そんな顔しないで笑ってよ。凪が笑ってくれないと、おれ、戻ってきた意味がないじゃん」
湊はわざとおどけたように、空中で変な顔をしてみせました。 その必死な様子に、凪は思わず小さく吹き出しました。
「ふふっ。なにそれ、変な顔」
「あ、やっと笑った。やっぱり凪は、笑ってるのが一番だよ」
凪が笑うと、湊は心底嬉しそうに目を細めました。 でも、その瞬間——湊の指先が、朝日の光に溶け込むように、ほんの数ミリだけ薄くなったことに、凪は気づきませんでした。
凪の心が穏やかになり、笑顔が戻るたびに、湊の輪郭は少しずつ、確実に透明に近づいていく。 それは、湊だけが知っている、この再会の対価でした。




