第十四話:凪の海に、湊は還る
翌日。約束の海岸は、皮肉なほど穏やかでした。 「凪」の名前の通り、波ひとつ立たない鏡のような海面が、午後の光を反射して眩しく輝いています。
私たちはあの日と同じ防波堤に、三人並んで座りました。正確には、私と空くんの間に、湊がいつものように足をぶらぶらさせて座っています。
「……なぁ、湊。お前の『宿題』って、結局なんなんだよ」
空くんが、海を見つめたまま静かに問いかけました。湊はしばらく黙って水平線を眺めていましたが、やがてふっと、憑き物が落ちたような顔で笑いました。
「おれさ、死んだ瞬間、後悔ばっかりだったんだ。凪に好きだってもっと言いたかったとか、空ともっと遊びたかったこととか。でも、戻ってきて気づいたんだよ。……おれが本当に心残りだったのは、お前らが『おれの死』を背負って、下を向いて生きていくことだったんだって」
湊の体は、昨日よりもさらに透き通っていました。潮風が彼の体を通り抜け、彼の後ろにある景色がはっきりと見えています。
「空。お前、もう自分のこと責めるなよ。あの事故は、誰のせいでもない。おれが勝手に、お前との約束に急いで、勝手に躓いただけだ。だから……もう、おれのために泣くのは終わりにしてくれ」
空くんの肩が、びくりと震えました。目元を乱暴に拭い、空くんは震える声で返しました。
「……わかってるよ。お前にいつまでも心配されるなんて、なさけないからな」
湊は満足そうに頷くと、今度は私の方を向きました。 その瞳には、今まで隠していた、張り裂けそうなほどの愛情が溢れていました。
「凪。……おれ、凪の笑顔が大好きだ。でも、おれをここに引き止めるために無理して笑う凪は、見てて一番辛かった。……泣いてもいいんだ。おれがいなくなっても、ちゃんと泣いて、その後で、また自分の力で笑えるようになってほしい。それが、おれの本当の願いだよ」
「……湊、」
私の声は、涙で震えてうまく出せませんでした。 湊は、半透明の、光の粒子の塊のような手を私の頬に添えました。
「凪。おれ、還るよ」
その言葉とともに、湊の体がこれまでにないほど強く、白く輝き始めました。 足元から順に、光が海へと溶け出していく。まるで、彼自身が凪いだ海の一部に戻っていくかのような、残酷なまでに美しい光景でした。
「待って、湊! まだ、……まだ伝えたいことが……!」
私が必死に手を伸ばしたその時、湊が私の耳元で、最後に何かを囁きました。 それは、彼がずっと胸に秘めていた、たった一つの、そして永遠の「答え」でした。
湊の輪郭が、完全に光の粒子となって弾けます。 海鳥の鳴き声と、穏やかな波の音だけが残された防波堤で、私と空くんは、彼がいたはずの空間を見つめていました。




