呪われて仮面女だけど幸せになりたい
「おい……いい加減にしろ……。お前と婚約は解消だ」
騎士達に混じり訓練する女性の顔には不気味な仮面が常備装着中である。
「何故ですか?」
「私は愛する女性と出会った。お前とは違いユリアーナは可愛らしい女性なのだ」
「殿下……浮気ですか?」
「違う……『真実の愛』だ」
「…………」
「その顔をやめろ」
「私ではない、仮面のせいだ」
仮面の女騎士フローラは呪われていたのだ。今から8年前の10歳の時だ。婚約者の第1王子ラルズと共に城内を探索中見つけた宝物庫である。手を繋ぎ探索する2人、そしてラルズは見つけたのだ。
「これが呪いの仮面だ。カッコいいな」
「危ないわ。触っちゃダメよ」
そっとラルズは仮面に手を伸ばす。
「誰だ! 勝手に入るな。俺が叱られる」
突然の大声に驚いたラルズは呪いの仮面のガラスケースにぶつかり台座から落としまったのだ。
宝物庫に響くガラスの割れる音。グラグラと揺れる王城に激震が走る。
「おい……お前ら……殿下?……うわ……マズい。すぐに国王に報告と……あと騎士団長と魔術師を呼ばないと」
辺りに立ち込める煙。そこに浮かぶのは真っ白のっぺりとした仮面。
「う……フローラ……怖い」
「ラルズ、うっ……うっ……パパ……を」
白の仮面に現れたのは黒抜きの目と真っ赤な口。
「おい……坊主。お前が俺を起こした」
「…………」
仮面は浮かんでおり、2人と腰を抜かす騎士の頭の上をグルグルと回る。
「お前が私の主人になるのか?」
「う……嫌だ」
騎士はガタガタと震え応える。
「誰に張り付く? お前を驚かせた男か?坊主お前か?」
「………………」
「何も言わないのか? 坊主どうしたい?」
ガタガタと震えるラルズとフローラ、そして騎士。
10分程経ったのか、仮面は話し出す。
「答えが出ないならば、私が決めてもいいのか? そうだな……ここから出て何をしようか」
そこに騎士団長と部下達そして祈祷師達が現れる。
「おいマズいぞ、呪いの仮面が外に出ている。何故こんな事に?」
祈祷師が言う。それに答えるのは仮面である。
「俺が特別に教えてやる。そこの騎士は宝物庫の警護を怠りメイドの女に突っ込んでいた。何も知らない子らは仲良く手を繋ぎ我の前へ来た、人の気配を察した騎士は大声を出した。それに驚いた坊主はガラスケースにぶつかり現在の状況である」
「……すいません、すいません」
「お前はクビだ。一緒にいたメイドも牢へ」
騎士団長は指示を出すと騎士とメイドは捕縛され引き摺られる様に宝物庫を後にする。
「仮面殿、私は祈祷師だが望みは?」
「久しぶりの外の世界だ。一応説明するが『仮面』ではなく『面』だから、まぁ、今の私にはどちらでもいいか……誰かの顔に張り付きたいな。さぁ坊主は誰を選ぶ? お前でも良い。このまま放置なら一生、皆の目でしゃべり続ける。しかし誰かの『面』となるなら声は聞こえない」
首を振るラルズ。
「仮面殿……誰でもいいのなら、私共が選んでも?」
祈祷師の男は提案する。
「ダメだ。どうせ罪人や死んでもいい奴を提供するだろう? そうだな……この中の誰かだ」
騒めく騎士達だった。
「恐れなくていい、ただ顔に張り付くだけ、飲食も可能、話す事も可能だ」
騎士団長は辺りを見回し、一歩前へと出る。そして副団長に伝える。
「すまない、部下達の事は頼む」
「団長ダメです。私が代わりに」
その時だった。
「私では……ダメですか?」
「フローラ?」
「パパ……私にも責任があるわ」
「フローラ、ダメだ。パパが呪いを受ける」
「パパは騎士団長よ。呪われてしまうわけにはいかない。この中で1番価値のないのは私よ……」
「ほう……お嬢ちゃんか。可愛い顔が無くなるぞ。世間から弾き出されるかもしれないぞ。本当に価値の無い人間になるかもしれないぞ」
チラリと横を見るとガタガタと蒼い顔で震えるラルズがいる。
「……私しかいないわ。ラルズ、ごめんなさい」
「決まりだな。さて、お嬢ちゃん名前は?」
「フローラ……」
「いい名だ。隣が父親か? 最後だ、娘の顔をよく覚えておけ」
「フローラ……私が……」
「パパ……ごめんなさい」
「フローラ……必ずこの呪いを解くから我慢だ。大丈夫だ、仮面姿であっても私の大事な可愛い娘だ」
「パパ、大好き」
そうして私の顔に呪いの仮面が張り付いて8年が経過した。この不思議な仮面は食事の時は口元が開き飲食には困らない。感情は私の意思とは関係なく仮面が表現する。
現在、不貞と婚約解消を望むラルズに対する私の仮面は軽蔑を表している。
「……くっ、その顔をやめろ」
「そうですか……呪われている私は不要でしたね。荷物を片付けますわ。ラルズ、お幸せに」
ペコリと頭を下げてラルズを見つめる。
「あっ……フローラ」
クラウンは見てしまった。いつもバカにする様な仮面の表情だが今は目の下に涙が描かれている事を。
「うっ……うっ……」
「フローラ? どうし……た?」
いつも違う仮面の表情に驚く騎士団団長。
「パパ……パパ……あのね」
訓練場を後にしたフローラを廊下で見かけ、声を掛けてきたのは父である騎士団長だ。
「ラ……ラルズは他に愛する人ができたと……私とは婚約を……解消してくれと」
「待っていろ、今から国王に……」
「パパ……いいのよ。だってラルズは言ったの『真実の愛』を見つけたと。仮に婚約を継続しても愛されないの……仕方ないのよ」
フローラは王城にある与えられた私室へと戻るのだった。
◇◇◇◇
「ねぇ、ラルズどうしたの? 気色悪い仮面女に言ってくれたの?」
「うん……あぁ」
ラルズの私室にて茶を飲む2人。
「良かった、仮面女から解放ね。ねぇ……どうしたの?」
ラルズが思い出すのはあの日の事だ。自分のせいでフローラは呪われてしまった。世間には伏せている真実だ。見目もいい王子の婚約者が仮面女だと今まで可哀想だ。婚約を解消した方がいいと何も事情を知らない周囲の友人や貴族から言われてきた。そして、出会ったのが隣で自分を見つめるユリアーナだ。金色の波打つ髪と愛らしいピンクの瞳で甘えてくる可愛いユリアーナ。出会い恋に落ちるのには時間は掛からなかった。
フローラの目を盗み逢瀬を重ね、先日男女の関係となった。
「ねぇ……買い物に行きましょうよ」
ユリアーナはラルズに身体を寄せて甘えてくるのだった。
フローラの事は嫌いではなかったはず、しかしあの仮面が恐ろしかった。まるで自分を責めるかの様に見つめる瞳。仮面では申し訳ないとフローラは勉学と強さを求め努力していた。父である騎士団へと入団したのはあの日から2年後の12歳の時だ。18歳となったフローラの今は立派な騎士である。
――俺は間違ってない。
ラルズはそんな思いを掻き消すようにユリアーナを押し倒して激しく抱いたのだった。
事を終え、ラルズはユリアーナに伝える。
「ユリアーナ、フローラの代わりに私の婚約者となるなら、もう少し勉学をしてほしい」
「もう……私は勉強が嫌いなのよ。貴方だけに愛される存在でいたいの」
「しかし、それでは王妃には」
「いいじゃない。そうだわ。可哀想な仮面女を側妃にしたらいいじゃない。誰からも愛されないわ。どうせ嫁にも行けないのだから、私の仕事は彼女がすれば解決よ」
「しかしな……」
「ラルズは私の事を愛してないの? 私の初めては貴方に捧げたのよ」
突然、ラルズの私室のドアが開く。悲鳴をあげるユリアーナ。
「おい……黙って入って……父上……」
「ラルズ……お前……理由を説明しろ。2人とも服を着ろ。ラルズは自室で謹慎だ。そして君は男爵家の娘だな。両親も呼ぶ。君は客室で謹慎だ」
国王は部下へ会議室に関係者を皆呼ぶ様指示を出したのだった。
会議室に集まったのは国王と王妃、国王の反対隣には側妃が座る。国王一家を挟み、片側には怒り心頭の騎士団長夫婦向かいには青褪める男爵夫婦であった。
国王はまず、団長一家へ謝罪をする。
「我が息子ラルズの有責で婚約を破棄とする」
「国王。我が家は国王夫婦と男爵家に慰謝料を請求するがいいだろうか?」
「勿論だ。男爵、お前の娘も関わっておるいいな」
頷く男爵夫婦。
「私には報告はなかったが宰相?」
国王の後ろで待機する宰相は青褪めている。
「国王……王妃様が」
「王妃が? 宰相はいつから私より王妃を優先するようになったのかな。さて王妃、説明を」
「私は悪く無いわ。ユリアーナちゃんの方が可愛いから、あんな変な仮面を付けた娘ができるなんて嫌よ。可愛い息子が愛する人と結ばれて何が悪いの?あなただって、その女を側に置いているのですから、フローラを側妃にすればいいじゃない」
王妃は隣国から嫁いで来た女性であった。元々国王には現在側妃となった婚約者がいたが王妃の我儘と国の和平の為に婚姻したのだった。しかし、王妃は公務を怠ってばかりの為に元婚約者であった女性を側妃となり王妃の代わりに公務を行なっていたのだった。
「はぁ……お前は何もしない。王妃として努力すらしない。そんなお前の何処を愛せと? 隣国から頼まれて娶った。私は……本当は」
国王の腕を取ると首を振る側妃。
「まぁ、よい。隣国の国王とも話をする。さて、男爵よ。仮にも息子は娘の華を散らした責任は取らなくてはいけない。このまま1度王妃教育を受けさせてみるが良いか?」
「この度は娘がすいません……」
「王妃、男爵令嬢の教育係となり息子の嫁、そして次期王妃として相応しい令嬢なのか確かめろ。結果次第では王妃の進退も考える」
「え……私が?」
「そうだ、娘にしたいのだろう? 側妃よ、すまないが君はフローラを頼む」
「わかったわ」
「騎士団長殿、私らにひと月時間をくれ。本当にすまない」
◇◇◇◇
一週間後
「はぁ、何処から情報が漏れた……騎士団長、忙しいのにすまないな」
「何か?」
「知らせだ。男爵令嬢の王妃教育は全く進んでいない」
「それで? フローラを形だけの妻として嫁げと?」
「そんな酷い事はするつもりなど無いよ。他の国からフローラを嫁にと釣書が来ている」
「は?」
「……フローラは、仮面こそあるが騎士としての腕、そして賢い、人としても申し分ない女性だ」
「当たり前だ。あの日から努力は誰よりもしてきたのだ」
「しかしな……フローラはこの国の事を知り過ぎている」
「娘に死ねと?」
「バカ言うな、私にとっても可愛い娘だった……」
「他国へ嫁には行かせない」
「あぁ、大丈夫、断るつもりだ。あの仮面は意思を持っている。とても賢いヤツだ。知っての通り探している仮面は未だ見つからない」
「私も遠征の度に探しているが手掛かりがない」
「今、ユリウスが探している」
「ん? ユリウスが?」
「アイツが騎士の遠征に行きたがるのが……その……」
「まさか……フローラに?」
「その様だ……私も知らなかった。昨夜……ラルズとも話をした。ラルズは男爵令嬢と共に生きたいと……そこに現れたのがユリウスだ」
国王は昨夜の事を話す。ユリウスは国王とは歳が離れているが弟であり、現在副団長を務めている現在24歳の男である。
ユリウスはラルズの元に来るなり、今までフローラの為に何をしていたのかを問うユリウス。しかしラルズは今まで呪いを解く手掛かりを探してはいなかった。これに国王も呆れて、次期国王としての教育から見直しをする事に決めたのだと言う。その後、ユリウスとも話をして以前から慕っていた事を知ったのだ。
「以前から? だってフローラは……遠征では共に動いていたりするが……最後に顔を見たのは……仮面の日だ」
「それが、何と説明したら良いか、お前も気付いているだろう? 時折、仮面の悪戯でフローラの顔が一部だけ透けたり……本人は気付いていないが目元以外が現れていたり」
「国王も? 仮面は私の夢の中で頑張る君らに特別サービスだと言っていたが……どうやらフローラ自身は仮面と話しているようだ。フローラの為、仮面の為と動いている者にしか見せてないと」
「つまりユリウスは……」
「フローラの顔を知っている。しかし、随分と美人に育ったな」
「妻に似て美人な娘です」
「まさか他国にも」
「可能性はある」
◇◇◇◇
王城の客室
「もう、何で私が勉強しなきゃいけないのよ」
「ユリアーナ様、ここ違います。こっちも……はぁ……」
「……もう辞めた」
「ユリアーナ様?」
「ラルズとお茶をしてきますわ」
そう言うと客室を後にするユリアーナだった。
勢いよくラルズのいる部屋のドアを開けると。
「へ?」
「ユリアーナ、『へ?』ではない。皆に笑われている。私も再度、帝王学を弟達と学んでいる所だ」
「ラルズ……お茶を……」
「君が義兄さんの想い人なの? ふ〜ん」
「な、何よ」
「フローラの方が良識ある行動をするよ。義兄さん、今まで一体何をしていたの?」
「いや……ユリアーナは癒しを……」
「は? 癒しで国民の腹は膨れない。第一この子成績も下位だろ? 外交とか大丈夫なの?」
「…………フローラが代わりにすればいいのよ」
「何故? 君は何をするの? まさか君まで義兄を癒すだなんて言わないよね。今時、子供だって言わないよ。邪魔するなら出て行ってくれる? いや、追い出して」
バタン。
追い出されたユリアーナ。
「…………くそっ、アイツは同じ学年にいた側妃の息子だったはず。何で私がこんな目に合うのよ……」
廊下をイライラと歩くユリアーナ。
ドンっ。
「痛っ……ちょっとアンタ私を誰だと思って……王弟様」
「ん? 誰だよ。 煩い女だな。皆、行くぞ」
颯爽と部下の騎士を連れ、その場を離れる王弟であった。
「王弟ユリウス様ね……カッコいい。ラルズよりも……あの逞しい身体。あの凛々しいお顔……王弟……王弟のお嫁さんなら公務はしなくていいわね。決めたわ……王弟を落とすわ」
先程とは打って変わって意気揚々と城内を歩くユリアーナであった。
「フローラ、ここにいた」
「あら、ユリウス」
ユリウスは後ろにいた騎士達へ手で下がる様に指示する。
「ん?」
「フローラは気にしないで。これから遠征に行くよ。帰ってくるまでは何処にも行かないで」
仮面の顔はニヤニヤしている。
王弟は思う、腹立たしい仮面だ。
――おい……仮面、必ず見つけてくるからな。その時は……俺がその対の仮面の呪いを受けてやる。
――頼んだぞ、若造。サービスだ。頑張ってくれ。
「ん? お土産を?」
「そう……お土産を買ってくるからさ」
「気をつけてね」
「あぁ、必ず帰ってくる」
そう言うと振り向き部下の元へ戻っていくのだった。
「ユリウス? 顔が赤いぞ」
「あぁ……さっさと行くぞ」
ユリウスは思い出す。先程、仮面から男の声が聞こえた。特別サービス過ぎる。あの様な美しい顔を仮面の下に隠しているとは……。ユリウスを見つめる淡い緑の瞳。必ず仮面を見つけてフローラを手に入れてやる。そう意気込み遠征へと向かうユリウスであった。
◇◇◇◇
「ユリウス、終わった……早く王都に帰ろうか……ん? お祭りだ」
「そうだな……」
仮面は見つからなかった。何処にあるのだ……そもそも存在しているのか。上の空のユリウスに部下は話しかける。
「おい、フローラちゃんみたいな仮面を付けているよ」
「え?」
旅芸人の団体であった。その中に聞いたことのない不思議な異国の音楽と仮面を付け踊る男女がいる。思わずユリウスは声を掛ける。
「ちょっと、お兄さん。ここには入って来ないで」
踊る女性はユリウスを制止する。
「その仮面について知りたい」
「仮面?この『面』の事?」
ユリウスは座長の元に案内されるのだった。
「お前が『面』を知りたがる男か……一族代々に伝わる『面』だ。まあ、本物は俺が持っている。で、要件は?」
ユリウスは座長に同じ様な仮面で呪われている女性を助けたい事を話す。
「恋人か?」
「まだ……」
「想い人か……そうだな。一晩俺に付き合ってくれて、俺が満足したら考える」
「……一晩?」
「あぁ、たっぷり可愛がってやる。どうだ?」
「…………わかった」
「今晩、奥の俺の寝所へ来い」
「来たぞ」
ユリウスはこの座長に抱かれる事となるのを覚悟した。全てはフローラの為と腹を括ったのだ。
「おう、酒は持って来たか?」
「あぁ、ほら」
ユリウスは服を脱ぎ出す。ユリウスの鍛え上げられた身体が室内のランプに照らされる。
「……お前は顔も身体もいいからモテるだろう? しかも職業は騎士ときた。王都の女は全て抱いてきたのかな? それとも男相手か?」
「……ない」
「ん?」
「……どちらもない」
「幾つだ?」
「24だが」
「まだ……とはその」
「その通りだ。俺は好きな女だけでいい」
座長は未だに経験のない無駄にいい男を見つめる。
「その女とは呪いの女か?」
「あぁ、そうだ。俺が16の時だ、その子が呪われた場にいた。彼女は10歳であるのに我が国の未来の為に自分が呪いを受けると宣言した。私は何もできなかった。王弟であるのに、その覚悟すらなかった」
ユリウスはフローラの事を話し出す。
「そうか……まだ10歳の子がな……そして女性騎士か。凄い女性だな」
「あぁ、仮面であることで世間は彼女に冷たかった。しかし、それに負けぬ強い心を持っていた。その子の側にいる為にも私も呪いにかかりたい」
「……あのな。2つ訂正しようか。まず1つ、俺は男を抱く趣味はない」
「は?」
「すまない、少し揶揄ってみた。『面』を欲しがる理由を知る為だ。そして、話を聞いてわかったが、その女性騎士は強いだろう?」
「もの凄く強い、女性であるのが残念な位だ」
「そうだろう。あれは武の男型の『面』だ。そして、俺の持つ面は豊穣の『面』……つまり女だ。かつては2つで対の『面』だった。我が一族のバカな祖先が何処かの国に売ったのか譲ったのか……無くなった。そして10年前からだが……ほら見てみろ、この通り」
座長の持つ仮面は箱に収めてあるだけだった。
「おい……呪いが……」
「そもそも、呪いではない。どちらかと言うと祝福だ。多分……お前らの面は悪戯好きだろう? 一族に伝わる書物に残っておる。巫女と護衛の恋物語だ。そもそも『仮面』と『面』は違う。『仮面』は顔を隠すための物だ。『面』は祭礼や儀式で使用され神が宿るものだ。見てみろ、10年前から泣き顔なんだ。それで旅芸人として国中を回って探していた、お前の国は1番遠いから時間がかかった。そうか王都にいたのだな」
「話はできるか?」
「わからない、時々夢で話してくる。最近は近くにいるとな……王都からその気配がするのか安眠できない。煩い女だ」
仮面の顔が泣き顔からジト目に変わった。
「あはは……すまない。さて、お前はこの男と行きたいか?」
笑顔になる仮面。
「ユリウス、見返りと言ってはなんだ、我が一族の保護を頼みたい。貧しい民族だ。散らばる同族を呼び1つの土地で暮らすのも悪くないだろう。帰りに同行させろ、そして女性騎士に会ってから決めるがいいか?」
「わかったよ」
「さて、今日は朝まで飲むから付き合え、これが本当の狙いだ」
◇◇◇◇
――フローラ、あの若造は見つけてくれるだろうか。
「ん? もし見つかったら、鳳明は私の元を去るの?」
――俺はいらないだろ。
フローラと『面』の付き合いは8年間、その間にフローラは本当の名は『鳳明』であると教えてもらっていた。
「寂しいわ、ずっと一緒にいたのよ。その面も一緒にいれたらいいわね」
――いい子に育ったな。俺をこっそり『面』や『鳳明』と呼ぶのはお前だけだ。
「ありがとう、相手の面はどんな女性なの?」
――美しい舞を踊る、彼女の為に俺は強く、彼女を守りたかった。彼女の笑顔の為に私は存在する。名は『春華』だ、お前の様に美しい女性だ。
「会えるといいわね」
――そうだな。あの若造……ユリウスの事はどう思う?
「ユリウスは、とても素敵な人よ、優しくて強い。この姿の私にも分け隔てなく接してくれる男性よ」
――顔もいいだろ?
「確かに顔もいいわ。私が人の顔にとやかく言う資格はないわ。でも彼に選ばれた女性はきっと幸せよ」
――好きなのだろ。
「私は……『仮面女』と呼ばれているわ……私が求めていい男性ではないわ。ところで今日も男装なの?」
――当たり前だ、俺は男だからな。
◇◇◇◇
今夜は夜会である。貴族達の注目はラルズとフローラの婚約解消と新たな婚約の報告があるのではないかと言うものだった。
騒めく会場に両親と共に入場するフローラ、ドレスは仮面が嫌がる為に男装での入場となる。
「フローラ様は今日も男装ね。ラルズ殿下と婚約も解消でしょうね。兼ねてから噂のユリアーナ様と婚約かしら」
口々にヒソヒソと話す声はフローラの耳にも届くのであった。
「フローラ、気にするな」
「大丈夫よ」
国王一家が入場し夜会は始まるのだった。
「さて、皆に報告がある。皆が気になる所なので先に報告する。まずは息子のラルズとフローラの婚約は破棄となった」
会場は騒めく、通常なら破棄ではなく解消となるはずが国王は破棄と言った。
「かねてから噂にあった男爵令嬢と息子のラルズは婚約者がいるのにも関わらず不適切な関係である事がわかった。完全にラルズの過失である事から解消ではなく破棄とした。また、改めて次期国王として相応しくあるべく選考を行った結果、現時点でラルズの次期王位はなく、第2王子のイーサンを次期王位に相応しいと判断した」
騒めく会場、結局ラルズとユリアーナの婚約の話はなかった。
「さて、まずはダンスでも踊ろうか。余興も準備したので楽しみしておれ」
「フローラ、私と踊ろうか」
「パパ……。先にママと踊って、今日は珍しくパパが参加側だし」
「フローラ?」
「パパとは後で踊るわ。私は先に少し何かを食べてくるわ」
「ありがとう、フローラ。メアリー私と踊ろうか」
「はい」
嬉しそうな両親を見てフローラも嬉しくなるのであった。
――フローラは踊らないのか。
「う〜ん。私が踊ってもね。少し食べ物をとったらバルコニーに行こうと思う」
バルコニーで夜会の軽食とお酒を楽しむフローラ。
「はぁ、涼しい」
「フローラ?」
「ユリウス……おかえり」
声を掛けたのはユリウスであった。始まりの挨拶の時は不在であったユリウス。急いできたのか騎士団の制服のままであった。
「フローラただいま。踊らないのか?」
「うん……いいの」
「それなら私と踊ってもらえるか? ここなら音楽も聞こえる」
「いいの?」
「勿論だよ」
フローラはユリウスと1曲踊る。
「久しぶりに踊ったわ。ラルズは嫌がっていたらから」
会場を見ると楽しそうにラルズは他の令嬢達と踊っている。
「いつもの光景よ。ユリウスとも踊るのは最初で最後だね。ありがとう。素敵な思い出になったわ」
「フローラ?」
「私……旅に出ようかと思うの。面の対を探すの」
「え……待って。私を置いていくの?」
「ユリウスを? ユリウスは……この国で幸せになってほしいわ」
「……フローラ、私が君を望んだら手を取ってくれる? 旅なら一緒に行きたい。フローラを守らせて」
「私は仮面女よ、貴方まで……迷惑がかかるわ。好奇の目に晒されるのよ……ラルズは耐えられなかったのよ」
「フローラ、話したい事が……」
「ん? 会場が賑わっているわ。余興かしらユリウス行きましょう」
会場へと戻る2人。目の前には旅芸人達、顔に付けるのは仮面である。フローラの仮面と似ているものもある。
「ねぇ、あの面……」
「フローラの『面』は呪いではない。祝福だと」
1組の男女が踊り出す。男性は剣を、女性は綺麗なシフォン素材の民族衣装を着用している。女性の袖の布は長く、動き度に衣装の鈴が涼しげな音を奏でる。
「元々、神への感謝の舞らしい。女性は豊穣の神への感謝、男性は武の神への感謝だ」
――フローラ、私の……私の故郷の踊りだ……彼女は、彼女はいないのか。
「ユリウス、面が言っている。彼女は?と」
「待っていて」
――違う……そうじゃない……あぁ、そこも違う。フローラ行け。
「は? 何?」
仮面に引き摺られるような形で踊る2人の前へ行くフローラ。
「すいません、私の面が……『鳳明』が違うと……」
驚く男女と座長。『面』名は一族しか知らないからである。
「おい、その嬢ちゃんが?」
ユリウスは頷く。座長は少し考えフローラに言う。
「お嬢ちゃん踊れ、音楽に合わせてソイツが動かしてくれるから大丈夫だろ。おい、剣を」
フローラに剣を渡す。
――この曲は私が好きな曲だ。フローラ、いいかい。力を抜いて。私がリードする。神への感謝と愛しい人へ捧げる剣舞だ。
フローラは瞳を閉じて鳳明に身を委ねる。
剣舞が始まる。旅芸人の不思議な音色に合わせて踊りだすフローラ。剣を巧みに使い美しく力強い剣舞に会場は静まり返る。時が止まった会場、そして静かに一礼をすると会場は大きな拍手に包まれたのだ。
――フローラ、私は彼女……春華に会いたい。
仮面には涙模様が浮かびがる。
ガタン、ガタガタ。国王の側に立つ祈祷師の腕より落ちた箱から飛び出したのは1つの仮面。
――おい……彼女だ。お前……ユリウス……お前見つけたのか?
「ユリウス……面を……」
ユリウスは落ちた仮面を拾ってフローラの元に持っていく。
――ユリウス、聞こえるか? お前は言ったよな。自分が呪われると。
「あぁ、言った。フローラと同じく仮面姿へとなる事をお前に約束した」
――お前に問う。力が欲しいか? 彼女を守る為の力を。
ユリウスはフローラの手を取り、伝える。
「あぁ、欲しい。フローラを側で愛し、守れる力が欲しい。フローラ、私と結婚して。俺の側にいてほしい」
「ユリウス? え……私と?」
「君しかいらない。お願いだ、『はい』と言って」
「私……私はユリウスといたい」
フローラはユリウスの手を取る。周囲からは驚き声と祝福の拍手で溢れていた。
――おい、お前ら……俺の事を忘れている……。
「すまない……どうすれば?」
――そうだな……ユリウスは彼女の面を。そして1度解放する。感覚を共有できるから男同士となるよう交換する。フローラ、お別れだがいいかい?
「え……寂しいわ」
――嬉しいな、でも話が出来なくなる訳ではない。彼女の面は嫌か? 面を付けなければ私達は見つめ合うだけだ、2人が協力してくれると触れ合える……ダメか?
フローラは女性の仮面を見る。
「春華様、私でいいかしら?」
仮面はニコリと笑顔となる。
そして、ユリウスは女性の仮面を付ける。吸い寄せられる様に仮面同士は口付けを交わす。すると2人の顔から仮面が離れるのだった。そしてフローラの仮面の鳳明はユリウスの顔へ、女性型の仮面の春華はフローラへと張り付くのだった。
「フローラ、今までよく耐えていたな……既に、こいつ煩いぞ」
「あはは、寂しくなくて良かったのよ。鳳明、ユリウスの言う事を聞いてね」
「兄さん……この様な結果だが……フローラとの婚約を認めてもらえないだろうか」
仮面を装着中の2人は国王を見つめているが、仮面の瞳は互いに見つめ合っている。
「ユリウス、仮面の中では私を見ているのか?……皆に聞こうか、2人を祝福してもいいのなら拍手を」
会場は拍手で包まれた。
――では、婚姻の舞をやるか……春華殿、生涯を君の為に捧げる私と共に。
――はい、鳳明様。永遠に私と共に。
「ん? 剣舞? 俺は出来んぞ」
――ユリウス……冷たいな……お前に力を授ける儀式だぞ、私も数百年ぶりに春華殿と踊りたいのだが。
そうして、2人は皆の前で舞を披露したのだった。会場に響く鈴の音とキラキラと舞う光に人々は魅了されたのだった。
◇◇◇◇
「ヤダ……恥ずかしい」
「ユリウス、どうしたの?」
「コイツ……がフローラと口付けをと……」
「え……私は初めてだから……」
恥じらうフローラ。
「フローラ、私も初めてだ。そして出来れば私も口付けがしたいのだがいいか」
2人の顔の下半分が消える。
ゆっくりと口付けを交わす2人。
「ねぇ、フローラずっと好きだった」
「面の顔でも?」
「君の内面に惹かれたのだ。まさか面の下はこんなに美人だとは思わなかったけどね」
気まぐれで仮面の形は変わる。
「おい鳳明……私もフローラと2人きりで過ごしたいのだが……」
そう伝えると2つの仮面は離れ仲良く寄り添い、窓の近くの仮面置き場へと張り付くと花が舞い散る庭を眺めるのであった。
ユリウスはフローラを抱きしめ2人の時間を過ごす。仮面が入れ替わる事でフローラの剣の力は落ちた、その代わりユリウスは鳳明の加護により力は増したのであった。フローラは騎士を辞めユリウスの公務のサポートを行う穏やかな日々を過ごす。
夜会の後、正式にフローラとユリウスは婚約した。そしてラルズはユリアーナと婚約し男爵家へ婿入りの形となる。最初リリアーナは不服だったがラルズの熱心さに陥落したのだった。
「ユリウス、愛しているわ」
「僕も言おうと思っていた。フローラ愛している」
翌年の春、花が舞い散る中、結婚式を終える。そして4人の子宝に恵まれ『仮面』夫婦は晩年も仲良く過ごし2人仲良くこの世を去った。
「あれは?」
「昔の先祖様が残した仮面だよ。祝福の仮面と呼ばれていてね。仲良しの夫婦の物だったらしい。この仮面が笑っているうちは幸せなんだってさ」
「笑わない時もあるのかな……」
「悪い事をしたら怒った顔になるみたいだよ」
「不思議な仮面だね」
仲良く手を繋いで仮面を眺める2人。
「僕達も安心で安全な国を作って行こうね」
「はい、殿下。私達もあの仮面と同じように仲良しでいましょうね」
「さぁ、お勉強の時間だね。行こうか」
「はい」
にこやかに笑う仮面は可愛い2人の後ろ姿を見守るのであった。
――――――完――――――
「なぁ、鳳明……初夜の時、お前は?」
――感覚を共有すると言ったろ、だからユリウスに張り付いたんだ。俺達は、ずっと一緒だろ、なぁ相棒。
「ずっと?」
――あぁ、お前らが死の国へ旅立つ時は俺と春華も一緒だ。その時、器は『面』ではなく『仮面』としてこの世に置いていく。お前らの側は居心地がいい。だから一緒に旅立てるように加護など必要ない平和な世を作れ。
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