物語
「モブ」は、とても便利な存在だよね。
あまりその姿を見せることもなく、名前すら付けられていないこともある。
「主要キャラクター」の為の物語りを、よりよくするための駒……っていう認識が近いかな。
物語をうまく進めたところで、その歴史に名を刻むことはないんだ。不憫だよね。
対する主人公は、物語の核だ。主人公を中心に、世界が回っている。
でも、主人公は本当にそれを望んでいるのかな?
どこか人と違う魅力を持っていて、誰かしらに特別な感情を向けられていて、物語という、重い作り話を背負わせられていて。
どちらにせよ、作り手の都合のいいよう操られていることに変わりはないよね。
このまま、何もせずに終わるんだ。
鈴木サナは、そう嘆いていた。何故、自分にはこれといった特徴が無いのだろう、と。
良くも悪くもない成績。どこにでもいる容姿。目立つ才能もなければ、劣ることもない。好きも嫌いもない自分に、そろそろ嫌気がさす。
そろそろ、昼休みも終わる頃だろうか。駆け足で教室へ戻る。
あぁ、どうして、走る速さまで人と同じなのだろう。
「サーナちゃん!」
午後の授業も終わり、帰りの支度をしていた。
「わっっ⁉」
突然の後ろからの衝撃に思わず思わず声が漏れる。
人一倍早く支度を終わらせた親友、凛が、後ろからサナを抱きしめたのだ。
「もぉ~、びっくりするじゃ~ん…。」
サナがそんな芝居がかった返事をすれば、凛は「ごめんって~。」と、お決まりの言葉を返す。
田中凛。
容姿、学力、運動、性格、人脈、全てにおいて完璧な人間。その上浮いた噂も聞かない。まるで、本当の主人公だ。
いつもサナは引き立て役。しょうがない、それが役目なのだ。
そう、サナはモブでいい。
「サナちゃん?」
凛の声に、サナは目を覚ます。
「…ごめん!考え事してて!」
そう言うと、凛はほっとしたように笑い出す。
「あはは!なーんだ。ちょっと心配したじゃ~ん。」
サナも笑った。気を使わせないように。
「あはは。」
「あ、それでね~……」
サナは、モブ。主人公のための、モブ。
これからも、ずっと。
――:>;<:――
田中凛が望むのは、支配……すべてを蹂躙し、弄び、冒涜し、愛撫すること。
凛は、縛られることを嫌った。
しかし、この世のシステムは、それとは真逆の方向に正解を描いているのだ。
「はぁ……。」
ちらりと時計を見やると、もうすぐ午後の授業が始まる。
面倒くさい、何もかも。
気付けば、午後の授業も終わり、帰る時間。
適当に支度を終わらせ、教室を見回す。
教室の斜め右前。
注目されることもなく、かと言って避けられるようなこともない、極めて平凡な背中。
鈴木サナ。
特に目立つ特徴もなく、皆から程よく支持を受けている。言ってはなんだが、モブだ。
でも、羨ましい。私も、あの子みたいに、自由に生きてみたい。
「……はは。」
くだらなすぎて、自嘲が漏れる。
「サーナちゃん!」
彼女に駆け寄り、後ろから思いっきり抱き着いてみた。
「わっっ⁉」
私よりも少し小さなサナの肩が跳ねる。
「もぉ~、びっくりするじゃ~ん…。」
サナが困ったような笑顔で振り向くので、「ごめんって~。」と、適当に返す。
―――いいよね、モブは楽で。
目上の人には従順になること。人と違うことはしないこと。礼儀正しく接すること。
そんな固定観念をいつの間にか植え付けられて、いつしか自分自身も褪せている。
―――つまらない。
凛には、それの意味が全くと言っていいほど分からない。わかる必要がないのだ。
なぜなら、主人公だから。
凛は、ずっと自分の存在を主張し続けてきた。痛い程に、叫び続けてきた。
主人公は、特別な存在でなければならないから。
サナを見る。考え事をしているのか、はたまた落ち込んでいるのか、どちらにせよ、彼女は俯いていた。
「サナちゃん?」
なんとなく声を掛けると、サナはハッとしたように顔を上げる。
「…ごめん!考え事してて!」
考え事……か、まあいいや。
「あはは!なーんだ。ちょっと心配したじゃ~ん。」
作り笑顔すらもうまい自分が嫌いだ。
「あはは。」
サナが笑う。
―――下手な愛想笑い
「あ、それでね~……」
凛が再び話し始めると、ふと、こう思った。
あれ、主人公って、何だっけ。
なんで主人公に成りたかったんだっけ。
――:>;<:――
結局、何にもなれなかった。
鈴木サナは、多才な人間だったんだって。
演奏や作詞作曲、歌唱、作文、図画、習字……神に愛されていたといえるほどの、完全無欠そのもの、みたいな。
まるで、いまの田中凛のように。
対する田中凛は、何もできない人間だった。
何をやらせようと、及第点にすら手が届かない。
でも、サナはすべてを捨てた。何でもできるにもかかわらず、何にも手を伸ばさなかった。
凛は、全てを羨み、嫉妬し、全てを貪欲に欲した。
それが、記憶に残らない位前の話。
二人の人間は、自ら全てを変えたというに、月日がたった今、再び求めるんだ!
あぁ!なんて馬鹿で愚かで素晴らしいんだ!!
なんてね。そこまで鬼畜じゃないよ。
とはいえ、この物語はもう終わっちゃったんだ。サナも、凛も、もう動かないよ。続きを書く気が起きない限りね。
次は、どんな傀儡が生まれるのかな。