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第二章 4

 どれくらい走ったか、もはやその感覚さえ意識できなくなってきた頃、


「もう……大丈夫……なんじゃない……?」


 最後尾付近にいて、度々、後ろを確認していたらしい、ジュミが先頭に声をかける。流石に息も絶え絶えだった。ユネも後ろを見やると、怪物の姿らしきものは見えない。


「そうだな……この辺りで、いいだろ……」


 先頭にいたカランが、足を緩める。全身で息をして、顔は真っ赤になっている。つられて、順番にパラパラ、足を止め始めた。ユネの直ぐ後ろには、三十くらいの男の人。双子ちゃんや中年のシモムラたちは少し遅れて、その上、見るからに限界だ。


「それで……ここ、どこよ?」


 ミホが、深呼吸しながら見回した。


 あの柱の空間がずいぶん前に途切れたのは、ユネも気づいていた。ただそれ以降は、じっくり周りを観察する余裕もなく、前を走る空色の瞳の子に付いてきただけだった。


 やっと顔を上げたシモムラが、目を細めて、辺りを見回す。


「……これは……なんだ?」


 ユネも釣られて目を移す。そこに、目を惹く物体があった。


 天から幕のように垂れた、白い物。一見すると、馬鹿でかい根の塊……太い根だ。


 ただ、その根らしきものも、異様なサイズだった。


 その巨大な根っこが不規則にいくつも並んでいるので、一帯が奇妙な谷間のようにも映る。


 その根の塊のあちこちには、洞窟のような空洞が空いている。はるか上は、白い霧のようなものに包まれていてよくわからない。地面も、あの柱の空間の固い床とは違って、土のような感触だった。


「まあ、とりあえずは何でもいいんじゃないかな……それよりも、あの怪物だよ」


 適当に座るところを見つけたカランが、こぼした。長めの髪が、汗でしなだれている。


「なんなんだ、あれは」


「なんなんだ、じゃないでしょ……当然、この世界の住民に決まってる」

 ミホが小馬鹿にしたように言う。


「それはそうだろうさ……」カランは不満げに口を歪めた。「でも、あんな、おぞましい武器を振り回して……アーツ君は……」


 その声が小さくなる。


 急に、一帯の雰囲気が重くなる。ユネの脳裏に、あのぽっちゃりさんの無残な映像が、嫌でも思い浮かんできた。とりわけ目に焼き付いているのは、泣き叫んだまま、ぎょっと見開いた状態で固まった、二つの目……。


「まったく、あの蛮族ども……」

 カランが苦々しくつぶやいた。


 しかし、

「蛮族?」


 と、ミホが鼻を鳴らした。

「蛮族っていうのは、どっちのことよ?」


 そして見下(みくだ)すように、カランを見た。

「突然、十数人が自分たちの世界に踏み込んできた、しかも、凶器を振り回してね……そりゃ、誰だって身を守ろうとするでしょ!」


 カランが目を見開く。

「おいおい、何言ってるんだい、あんな怪物だよ?」


「向こうにとっちゃ、こっちも怪物に見えるでしょうね。お互い様よ」


「あんな……こぶと棘の生えた怪物と? お互い様だって?」


「もちろん! うちらだって、こんなぶにゃぶにゃした肌と、気色の悪い毛をもった怪物よ? 向こうにしてみれば」


 ミホは自分の手の甲を引っ張ってみせる。

「ちょっとは、相手の身になって考えてみれば?」


 カランが、信じられないような顔をして、ミホを見つめる。すると、

「彼女の言う通りよ」


 ジュミが口を割って入った。

「あの生き物たち、明らかに言語らしいものをもっていた……わたしたちには、わからない言葉だったけど。でも、それもお互い様ね。ただの怪物じゃないわ」


 ミホがうなずく。

「それにあの柱も、ある意味じゃ、間違いなく作り物……だって、自然にできたとは思えないし。作った連中が、いるはずでしょ。少なくとも、あれくらいのものを作れるくらいの頭をもった何かがいるはず……」


 カランは顔をしかめた。

「だからって、あんな刃がギザギザの武器を振り回されちゃ……」


「先に攻撃をしかけたのは、あの太った人の方よ」

 そう言ったジュミは、どこか悲しげだった。


「言葉が通じなくても、ジェスチャーとか、いろいろ伝えられたかもしれなかったのに……」


「そ。言葉が通じない、外見も違うってだけで武器振り回して突っ込んだ蛮族は、どっちだって話」


 ミホとジュミに立て続けに言いつのられて、カランが苦い顔をする。

「アーツ君は、死んだんだ。そんな言い方、ヒドすぎやしないか」


 ミホは眉をつりあげて、カランを見る。

「そういやあんたも、あの太っちょが武器を取らなきゃ、真っ先に武器を構えてたでしょ?」


 カランはバツが悪そうに、そっぽを向いた。

「あれは……あの怪物が、武器を構えたから」


「うそつき。あんた、真っ先に武器に手を伸ばしてた」

「あれはもしもの時に、すぐ武器を取れるようにだね……」


 ミホは首を振って受け付けない。

「ともかく、あの太っちょはまずったんだよ。あの行動が、危ない敵がいるって向こうに知らせたんだから!」


 ミホはぶっきらぼうに言った。

「言葉も通じない上に、敵認定されちゃったら、もうどうしようもないね」


 それまで黙って聞いていたシモムラが、口を開いた。

「いずれにしてもだ、あいつらが危険な連中なのは、変わらんだろう。うん?」


「違うわ!」

 ジュミが鋭く返す。


「わたしたちが……あの太った男の人が、危険にしたのよ。もともとはそうなる必要もなかったかもしれないのに。彼らの存在も、わたしたちの存在も、わたしたちの立場もね」


 カランは苛立った。

「まあ、どっちが蛮族だっていいじゃないか。ともかく、ボクらはこうして生き残ったんだから……彼女のおかげでね!」


 最後の方の声音は、むしろ弾んでいた。

「ユネ君のおかげで、助かった……これは間違いないことだよ!」


 急にほめられて、ユネはいたたまれない思いがした。頬が赤くなるのがわかる。


 それに、あの時は思わず身体(からだ)が動いていたのだ。もう一度やれと言われたって、できるかもわからない。

「それに彼女が一矢を報いてくれたおかげで、奴らも思い知ったろう……ボクらには、爪も牙もあると! 何せ、相手の一体を倒したんだから。これで、奴らも簡単には手を出してこないはずだ」


 ミホも、この件に異論はないのか、口を挟もうとはしない。周りからも、ユネに期待するような視線を感じる。


「ひとまずは、安全を手にしたことを喜ぼうじゃないか……もちろん、見張りは必要だろうけど。それに、その代償としてアーツ君が犠牲になったのも、忘れちゃいけない」


 ふと、ジュミはどう思ってるんだろうと、ユネは視線を上げる。そこに深刻な表情の少女を見つけて、上向きかけた気分は、下へと突き落とされた。


「……喜ぶのは、まだ早いわ」

 じっと考え込む素振りをしていたジュミが、ぽつりと言った。


「食べ物は、どれくらいあるのだったかしら」


「この防護服にもともと備えてあったのが一週間分だろう、確か」

 シモムラがアゴに手をやって言う。


「この腰についてる袋のやつさ。節約したとして、二週間半ってところか」


「二週間半ねえ……どうだか」

 ミホがぼやいた。


「それは、どういう意味だ?」


 意味ありげなことを仄めかすミホに、シモムラが食ってかかる。が、当の本人は、さあね、とデタラメな返答をするばかりだ。


「まあどっちにしろ、それまでに食べれるもんが見つからなかったら……」

 ミホはおどけるように肩をすくめた。すると、ジュミは首を振った。


「見つけたとしても、そう簡単にはいかないかもしれないのよ」


 ミホが片眉をつりあげて尋ねると、


「わたしたちの世界のことを考えてもみて……畑や農場で、食糧を管理しているのは?」ジュミは諭すように言った。「それに水場に住居、野営地、空き地でさえも……管理がされてない場所って、ない。そのほとんどを管理しているのは、誰?」


 その意味するところに気がついて、途端に場の空気が重くなる。


「あの生き物たちが、あれだけの構造物を作る技術を持っていて、言葉も話せるんだとしたら、とっくに連絡していてもおかしくないわ……それも、あちこちに。武器を持った危険な生物に警戒しろ、ってね」


 つまり……連中の仲間が、武器を手に、ユネたちのことを待ち構えているかもしれない、ということだ。それも、これから行く先々で。


「まったく、あの戦いたがりは本当にしくじってくれたってわけね。そのせいで、うちらはずいぶんな窮地にいると」


 ミホが深々とため息をついた。


「異世界旅行は始まってまだ、ほんのすぐだっていうのに」

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