表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/50

第一章 3

「見られてる、って……何に? 人? それとも……怪物?」


「それがわかれば苦労ないわよ」


 まあ、それはそうだ。結芽はぐるりと、その空間に光の球体をかざした。


「でも、やっぱり……特になんにも見えないけど。見えてる範囲は」


 ふたりがいたのは、どうやら洞窟の竪穴のような場所。人が三人も横になればいっぱいいっぱいの、狭い個室だ。高さも、立ち上がった結芽より、ほんのちょっぴり高いくらい。


 ドアもなく、代わりに通路が二本、真向かいになった壁のそれぞれから、一本ずつ伸びている。幅もひとり分くらいの、窮屈なものだ。


 何度見ても、見えている範囲のどこにも、動く物はない。目立った物もない。


「気のせいじゃないの?」


 少女は真っ直ぐ結芽を眼差して、


「目だけに頼ってわかることなんて、知れてるものよ」


 結芽はまたも、どきっとした。澄んだ緑の瞳でそう言われると、不思議と正しく聞こえてしまって、返す言葉が見つからない。それに、見つめてくる瞳のその輝きに、つい引き込まれそうになる……誤魔化すように、通路のそれぞれに光をかざす。


「……それで、どっちに行く?」


 どちらかに行くしかないのは、明らかだ。


 けれど、光を照らしても、通路がはるか奥まで伸びているのがわかるだけ。判断に役立ちそうなものは何もない。少なくとも、目に見えている限りは、ない。


 少女は片方の眉をつりあげて、


「あら。まるで一緒に行くのが当たり前、みたいな言い方ね」


 結芽は眉をひそめた。


「もしかして、別行動するつもり?」


「別に、わたしはそれでも構わないわ」


 少女は平然と言ってのけた。


「あなたのように後先考えない人といると、問題が増えるかもしれないし。それに――」


 『問題』という言葉が、やたらと強調されて響く。


「ちょうど、通路は二本あるわけだし」


 結芽はため息を喉の奥に押し込んで、


「わかった。わかったから。さっき光をつけたことは謝る。でも――」


「別に謝らなくていいわ」


 結芽を遮って、少女は言った。


「謝ることで、状況がよくなるなら別だけど」


 やれやれ……。今度こそ、結芽はため息をついた。


「……でも、流石にこんな右も左もわからない場所で、ひとりよりは、ふたりの方がマシだと思うんだけど」


「どうかしらね?」


 少女はつんとしながら言う。


 ただまあ、その言い方をみるに、すっかり拒絶されてしまったわけではなさそうだ。結芽はふうーっと息を吐きながら、ふたつの通路を見比べた。


「まあ……文字通り、右も左もわからないわけだけど」


 右も左もわからなければ、東も西もわからない。パッと見る分には、洞窟か、迷宮のような場所。進むにつれて通路が狭くなったり、はたまた行先は行き止まりだったり……ここがもし本当に異世界なら、何が起こってもおかしくはない。せめて、上と下まであべこべになってないことを祈るばかりだ。結芽が何度も光を通路にかざして、奥まで見えないか目をこらしていると、


「こっちよ」


 少女は迷わず、一方の通路に向かっていった。結芽は慌てて追った。


「なんでわかるの?」


「音がする」



(音、ねえ……)


 結芽はちらっと視線だけを、後ろに流す。


 少女は慎重に周囲に視線をやりながら、結芽の後ろをついてくる。

(空耳……にしては、はっきり言い切ったもんな……)


 結局、光をかかげる結芽が通路を先に進むことにしたのだ。少女が先に行きたがるかと思ったけれど、おとなしく結芽に従った。


 それから結芽は、これまで何度もしてきたように、足を止めずに耳をそばだててみる。けれどやっぱり、ふたり、四つの足音が反響する以外、聞こえるものはない。


(まあ別に、ほかに頼るものもないから、いいんだけどさ……右も左もわかんないし)


 すると鋭敏にも結芽の視線に気づいたのか、少女が鋭い瞳をきっ、と上げた。結芽は慌てて視線を戻す。ほどなく、背中に突き刺さる視線を感じなくなって、結芽はホッとする。


 すぐに眉をしかめた。

(鋭敏、っていうか、鋭敏すぎでしょ……)


 ここしばらく、こんな感じの沈黙が続いていた。


 最初は、結芽なりに会話を試みようとしたのだけれど――少しくらいは距離を縮めておくべきだと思ったのだ――、


「ここ、どこなんだろうね」

「知らないわよ」


「…………」

「…………」


「ホントに、異世界なのかな」

「さあ」


「異世界だったら……どんな世界なんだろ。不思議な生き物とかも、いるのかな」

「どうせわかることよ――。生きてここを出られれば」


「……音なんか、しないんだけど」

「じゃあ反対の道に行けば?」


「……あなた、高校生? それとも中学生?」

「知らない」


「…………。もうちょっとくらい、友好的でもいいんじゃない?」

「あなたが黙ってくれたらね。気が散って仕方ないのよ」


 こんな調子で、早々に諦めざるを得なかった。


 通路は何度も曲がりくねっていたけれど、幸い、分岐は見当たらない。少女にいちいち道を尋ねたりする必要は、今のところなさそうだ。高さが低くなるとか、幅が狭くなるとか、そういったこともない。


(この子も、あのプロジェクトに参加したひとり……なんだよね……?)

 ふと、そんなことを思う。


(なんで、この子は参加したんだろ……)


 黙って歩いていると、いろいろと疑問も浮かんでくる。思えば、こうして冷静に考える余裕は、ここに来てから一度もなかったのだ。


 ほかにも例えば、この世界に来た人がほかにもいるのか、とか……。

(そういえば、名前もまだ聞いてないんだっけ……)


 まあ訊いたところで、素直に教えてくれる気もしないけど。

(もし、この世界に来たのが私たちふたりだけだったら……)


 その状況を考えて、結芽はげんなりする。この先が思いやられる、どころではなさそうだ……なにせ、何を言ったって、『気が散るから』と蹴散らされてしまう。結芽が先々を案じて暗い気分になった、その矢先。結芽は一瞬、足を止めて、すぐにそれまで以上に足を速めた。


 確かに、したのだ。音が。


 耳を澄ますと、間違いない、ざわざわした音、空気が擦れるような音が聞こえてくる。

(この子の言った通りだ……!)


 結芽の心がはやる……というのも、ちょうど、ひとつの角を曲がったところで、進む先から白く、淡い光が漏れ出ていたからだ。角をひとつ、またひとつと曲がるごとに、音は大きく、光は濃くなっていく。結芽は半ば駆け足で、光の中に飛び込んでいった。


 そして、眼前に拡がる光景に目を奪われた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ