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2話

「クスノキ……そして50円、いや5円玉だったか…」




ざらりとしたクスノキの幹に手をついて、山本さんはぶつぶつと独り言を零しています。さらの神社の鳥居をくぐって記憶のとおり、幹に腕が回りきらないほどの立派なクスノキを見つけたはいいものの、これからどうすべきか今になって自信が持てなくなってしまったのです。なにせ数えるのも面倒なほど昔の話ですから、本当に記憶が正しいのかどうか不安になってしまいました。


おまじないがクラスで流行ったころ、当然実際に神社に行っておまじないを実践した同級生もいましたが、山本さんと友達はついぞ行くことはありませんでした。「あの時一度でもやっていたらもっと記憶が確かだったかもしれないのになあ」なんて思いますがもうどうしようもないことです。


当時は困りごとなんてそうなかったし、幼い時分は認めたがりませんでしたが少し怖かったのです。




まあ、それはさておき。じょりじょりと髭の残る顎を人差し指で撫でながら、朽ちかけて字も薄れたお賽銭箱を眺めます。クスノキの真横に立つとすればお賽銭箱までは山本さんの足で3歩分はありそうです。


また、投げるのは軽くて小さな五円玉と考えると、1発で成功させるのはなかなかに難易度が高いと言えます。




「まあ、いつまでも悩んでてもしかたないよなあ」




元々「あればいいな」くらいの気持ちなのだし、とぽんと片手で幹を叩いてクスノキから拝殿と平行に真っ直ぐ歩きだし、お賽銭箱の正面で立ち止まりました。改めてお賽銭箱に向き直り五円玉を持った右手をぎゅっと握りしめます。




振りかぶって…




……カツ、




「あ、入った…」




ぽかん。


お賽銭箱の大きな口に吸い込まれていった五円玉を見送ってしばらく、山本さんは呆けたままです。


しばらくしてじわじわと顔に笑みがのり、パンッと両手を打ち鳴らしました。




「…ははは!ツイてるなあ!!」




境内に自分以外だあれもいないのをいいことに、山本さんは大きな口を開けて大きな声で笑いました。


「ああ、ツイてるツイてる」と太ももをパシリと叩いたところで、これで終わりではなかったことを思い出します。




「おっと、しまった。ええと…なんだったかな…。確か、そうそう」






『ギンキョウサン ギンキョウサン


  ワガウセモノ トブライタマエ』




山本さんは初詣のときのようにパンパン!と柏手を打ち目を閉じました。山本さんは信心深いわけでも伝統文化に詳しいわけでもなかったので、どうすべきなのかよく分からなかったのでした。


1秒…2秒…。心の中で『さくらさくら』を歌い終わったくらいに、そおっと右目だけ薄く開けてお賽銭箱の方をうかがってみました。




「おや…」




そこには、


_なあんにも変わらない風景が広がっていました。




お賽銭箱と拝殿は相変わらず長年風雨に晒されて傷んだ姿で、「賽銭」の文字だって掠れたままです。


ポカンと下顎を落としたままの山本さんを慰めるように、さわさわ、さわさわと彼を取り囲む木々が枝を揺らしました。




拍子抜けしたあまり放心状態になっていた山本さんは、なんだがじわじわと面白くなってきてしまって、思わず笑いだしました。


なんだかんだと言いつつもしっかりと何かが起こることを期待していた自分に気付き、それがとても滑稽に思えてきたのです。自嘲的というよりもなんとも清々しい笑い声でした。


相も変わらず境内には山本さん以外人っ子一人いないので、その笑い声は雲の上に届きそうなほどよく響きました。




「はっはっは!私にまだこんな純粋な部分があったんだねえ。まるで少年のようじゃないか」




ぽりぽりと頭をかいてそう言います。


ゆっくりと腕をおろした山本さんは、もう一度だけお賽銭箱をじっと見つめた後のんびりと歩きはじめました。拝殿に近づいて積み重なった落ち葉をザクザクと踏みながらその裏へ。


思いがけず五円玉が入ったこと、自分に秘めた少年心があったこと。期待していたようなことは起こらなかったけれど、数年ぶりの楽しい気分を味わった山本さんは、せっかくだから神社を散策してみようと考えたのでした。


神社の周囲は木々が囲っていて、どこか空気も清廉としているように感じます。ゴツゴツとした岩を通り過ぎ、乾いた木肌に手を触れて。




ザクザク…ザクザク…ざく。




「おやあ……。これはこれは、なんとも立派だなあ」




山本さんが足を止め見上げたのは、


それはそれは大きなイチョウの木でした。




「表のクスノキもでっかかったが、こっちのはさらに立派じゃ。何百年ここにいるんだろうねえ」




表から見えなかったのが不思議なほど大きなからだで堂々とたっているイチョウの木は、この時期らしい青々とした葉を茂らせていました。


特徴的な形をした葉っぱはいかにも瑞々しく、来る道すれ違った子供たちを彷彿とさせました。


自分より数十倍数百倍という年月を生きてきているのであろうその木の幹を、山本さんは何気なくコンコン、指の背で叩きました。


尊敬のような労わりのような気持ちを込めて。


そのときでした。




ぐわあん、と吸い込まれるような弾き出されるような不思議な感覚がして、考えるより先に山本さんは腕を引きました。思わず自分の手を見下ろし、そして再びイチョウに目をやったとき。




「は」




先程まで木肌があったはずの場所に、真っ黒な大口が空いていたのです

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