2. ようこそ、王城へ①
私、こんな怖い場所に一生閉じ込められるんだ……
絶望しかなかった。
お父さんは昨夜、『罪人が牢に入れられるのとは違う』と言っていたけれど、この城壁の中に入るのは牢に入ることと同じじゃない?
焦点の合わない目で見上げていると、お父さんがパンを渡してきた。
「今朝、宿でもらっておいたんだ。王城ではいつ食べられるか分からないから、軽く食べておけ」
空を眺めながら、ちょっとしたピクニック気分。でも、ちっとも楽しくなかったし、もそもそ食べるパンはおいしくもなかった。
食べ終えて、重い足で馬車の外へ出た。
お父さんは荷物を降ろしながら、ポールさんに声をかけた。
「戻るのがいつになるか分からないが、待機所で待っていてくれるか?」
「もちろんですよ。急がなくてもいいですからね。実は二日酔いなんで、ゆっくり休憩しながらお待ちしてますよ」
ついさっきまで重苦しい空気だったはずなのに、ポールさんが何も変わらない軽快な口調で話すから、クスッと笑いが溢れ出た。
あっ、今笑えた!
なら、私は大丈夫だ。
少しだけ気持ちが上向きになった。
「リリー、斧は馬車に置いていけよ。そんなもん持って入城しようとしたら、それこそ襲撃者と間違われて捕まるからな」
お父さんも調子を取り戻していた。
だったら、私も!
「えーっ、王城ではお父さんの顔パスが効かないの?」
「そんなもん効くかっ! そうだな、リリーががんばって効くようにしてくれるのを期待してるよ」
お父さんは王城を前にしても、やっぱりお父さんだった。
どれだけ高い建築物にも、威圧されたりしないんだ
恐怖心が薄れていく。
「ポールさん、送ってくれてありがとうございました。ポールさんに会えてよかったです」
「リリーさんの幸運を祈ってますよ」
私とお父さんは城内へ入った。取り次ぎはとてもスムーズだった。
「応接の間にご案内します」
予想に反して、こじんまりとした部屋に通された。
「居心地のいい部屋だね」
「客を迎えるのに、居心地が悪かったらマズいだろ」
「国王様と会うのは、吹き抜けの広いホールみたいな場所だと思ってた。絵本や童話の中ではいつもそうだったから」
「ああ、謁見の間のことだな。いちいち、そんな大仰なことはしない、しない」
お父さんが手招きした。
「リリー、ベルトを外すから木箱を押さえておいてくれ」
私は、お父さんが背負っている宝剣入りの木箱をぐっと支えた。
お父さんはベルトを外すと、ふうと息を吐いた。
「第二王子様のときはもうちょっと軽く作ってもらいたいな。さすがに肩が凝った」
そう言って腕をぐるぐる回していると、廊下から足音が近付いてくるのが聞こえた。
「おっ、国王様か?」
「えっ、もう? こういうときって頭を下げて待ってればいいんだっけ?」
「あの本をきちんと読んだんだな? 偉いじゃないか。よーし、やってみろ」
私は持っていた木箱をお父さんに手渡し、ぎこちないながらもお辞儀をしてまでせた。
「なかなか様になってるじゃないか。そのままじっとしていればいい」
下を向き、じゅうたんの模様だけを凝視していると、複数人が応接の間に入ってきた気配を感じた。
「族長、急な知らせだったにも拘らず、早急に対応してくれてありがとう。ああ、楽にしてくれ」
お父さんが顔を上げたのに合わせて、私も顔を上げた。
国王様と、それから王妃様に違いなかった。
ドワーフの森から出たことがなかったけれど、姿絵くらいは見たことがある。
「移動で疲れただろう。座って話そう」
立派なソファに案内されたとき、お父さんは木箱を差し出して言った。
「その前に、これをお渡しします。ご依頼の宝剣です」
「今ウィリアムにはメリーを迎えに行かせているんだ。ウィリアムが来たら、一緒に見せてもらうことにしようか」
国王様がドアのそばに立っている男の人に視線をやると、その人はささっとやってきて、ささっと木箱を受け取った。
まず国王様と王妃様が並んでソファに腰かけた。
続いて、その向かいにお父さんと私が座った。
人用のソファだ。ドワーフの私には大きく、座ると足は床まで届かなかった。
それなのに、おしりはソファはゆっくり深く沈み込む。
立ち上がるときはどうしたらいいんだろう?
「ふう。それにしても、あの可愛らしかったウィリアム第一王子様がもうすぐ成人におなりになるだなんて、早いものです。初めてお会いしたのは、姉のメリーをここにお連れしたときでした」
あれ? メリー伯母さんが人質になったのは17年前のはずで……そのときにすでに生まれていた王子様がもうすぐ成人する?
私が混乱していると、お父さんが説明してくれた。
「ドワーフは16で成人になるが、人の場合は20歳でなんだ。ドワーフは職人になる者が多いから、早く修行を始めた方がいい。その都合上、成人年齢が早いんだな。それに対して、人は学校という場所に通って勉強する期間が長いんだ」
「『学校』って、村の学問所みたいな?」
ドワーフ村では、未成年のうちは村にある学問所に通う。
私もつい最近まで、午前中は学問所に行って(正確には行かされて)、読み書きや算術を学んでいた。そして正午になると昼食を食べ(飲み込んで?)、日没まで工房で過ごしていた。
成人になって朝から工房にこもれる日を、ずっと待ち望んでいた。
「学校はあれよりもっと規律が厳しくて、午前だけじゃなくて午後もある」
午後も?
私が顔をしかめると、みんなが一斉に笑った。
ふと目の前に座っている王妃様に視線がいった。
王妃様は私にふんわりと微笑んだ。
上品で優しそう……
あっ、それ!
王妃様のブレスレットに気がついて、私はそれを凝視した。
「あら? もしかして分かったかしら?」
王妃様が腕を少し上げて、ブレスレットを私の目の高さにもってきた。
「そうよ、これはドワーフの職人さんの手によるものよ。ひと目見た瞬間に気に入ってね。それ以来、日常的に着けているの」
「……私です」
喉がカラカラに渇いて、声がかすれた。
聞き取れなかったのか、『え?』とでも尋ねるように王妃様は首を傾けた。
「……そのブレスレットを作ったのは私です」
「まあ!」
王妃様は目を大きく見開いた。
「一年前、あなたのお父様が持ってきてくれた献上品の中に、これを見つけて。本当にひと目惚れだったのよ。そうしたらあなたのお父様は『まだまだ若いけれど才能ある細工師の作品』だって、『ぜひこれからも期待していてください』って、それはもう誇らしげに話されたの」
それをまさか王妃様が身に付けてるだなんて!
驚いたどころの話ではなかった。
なぜなら、特にそのブレスレットには大きな宝石は付いていないのだ。価値の低い小さな宝石ばかりを使っている。
それでも光が当たるといくつもの色が反射してキラめき、身に付けてる人の手首を美しく飾れるようにデザインを凝らした。そして、たくさんの小さな宝石を一つずつ丁寧に埋め込んだ。
私にとっても思い出深い作品だった。
「そう、あれは貴方のことだったの……ご自身の娘さんだったの……」
王妃様は声をつまらせて、目頭をそっと押さえた。
明らかに気まずい沈黙が流れた。
その空気に最初に耐えられなくなったのは国王様だった。
「……そ、そういえば、ウィリアムはまだなのか?」
そう言って、ドアの方を向いた。
すると、ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
「おや? どうやら僕たちを待ちわびていたみたいですよ? 人気者はツラいですね」
それからドアを2回ノックする音が続いた。
「ウィリアムです。ただ今、メリーをお連れしました」
ゆっくり、ゆっくりとドアが開く……
そうして、私の心臓が止まる瞬間が訪れた。