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1. 人質になります②

 日没後、お父さんは家族全員を広間に集めた。

 集まったメンバーは当然のことながら、その訳を熟知していた。

 私は広間に向かう途中、地に足が着いていなくて、まるで体がふわふわと浮いているような不思議な感覚があった。

 それは現実ではなくて、夢の中にでもいるようで……

 けれど頭の中はスッキリしていて、心も妙に落ち着いている。

 要するに、頭と体がチグハグなのだ。変なの。

 全員が集合すると、広間の中央で輪になってちんまりと座った。

 我が家の広間は村の集会所を兼ねているから、だだっ広いのだ。寄り合いなんかも、ここでおこなわれる。

 空気が重苦しい。気圧が10倍ぐらいになって、私たちを押し潰しにかかってきているみたい。


 私は正面に座っているお父さんから右回りに、ひとりひとりの顔を見ていった。

 まずはお父さん。

 お父さんは目を閉じて険しい表情をしている。

 娘の自分が言うのも何だけれど情に厚くて、族長としてドワーフみんなから慕われている。

 これから誰を次の人質に選んだとしても、すごくツラい思いをしてしまうんだろう。本当は、自分が人質に立候補したいぐらいの気持ちでいるはずだ。

 でも、それができないことも分かっている。

 ああ、これから苦しい決断をしなければならないんだね。

 神妙な顔をしているのは、前族長のお祖父さん、それから、お祖母さん。

 年老いたふたりに人質なんて、もちろんさせられるはずがない。

 その左隣からは、すすり泣きが聞こえる。

 お母さんだ。

 お母さんは、お父さんが書簡の内容をみんなに伝えてからずっと泣き続けている。

 お母さんのお腹には、今赤ちゃんがいる。少し前に妊娠が判明したのだ。

 お母さんには、この村で安心して元気な赤ちゃんを産んでもらわないと。

 弟かな? 妹かな? もしかすると両方なんてこともあったりしてね。

 そして私を挟んで、弟のサイラスが座っている。

 まだ13歳なのに、責任感に溢れている。さらに、お父さんの後を継ぐのにふさわしい武芸の才も持っている。この前なんか、村を襲ってきたオオカミを退治して、村の子どもたちを守ったのだ。

 サイラスさえいれば、ドワーフ族の未来は安心、安泰。

 それから9歳と6歳の妹たち。こんな幼い子らに人質の役目を押し付けるなんて、あり得ないでしょ。


 やっぱり、こうするのが一番いい。

 私の心は、とっくに決まっていたのだ。

 というか、これ以外にないじゃない?

 私は大きく息を吸いこんだ。


「お父さん、いいえ、族長。私が王城へ行きます!」


 全員の視線が私に集まる。

 私はにっこりと笑ってみせた。


「そんなことダメだよ。息子である僕が、母さんと代わるよ!」


 叫んだのは、下の妹とお父さんの間に座っていた従兄のお兄さんだった。彼はメリー伯母さんの息子だ。

 メリー伯母さんが人質になるためにドワーフの村を離れたのは、お兄さんがわずか2歳のとき。

 メリー伯母さんがいなくなって以降、私のお母さんが母親代わりをしたから、私とは兄妹のように育った。


「ううん。国王様だって伯母さんを『家族と過ごさせてやりたい』って書いて寄こしてくれたんでしょう? お兄さんがいなくてどうするの? それこそ、絶対にダメだよ!」


 お父さんはまだ目を閉じていたけれど、私は姿勢を正してお父さんを真っ直ぐに見た。


「族長、私はもう15です。あと半年もすれば成人します。ドワーフ族のために、人質の役目を務めさせてください」


 お父さんは相変わらず固く目を閉じたまま、しばらくじっとしていた。

 それでも私は深々と頭を下げた。

 お父さんだって、これが最善って知っているはずでしょ?

 けれど、お父さんにも覚悟を決めるための時間ってものが必要なのかもしれない……


「リリー、」


 ようやくお父さんが口を開いた。

 お父さんが声を出すのは、広間に集合して初めてのことだった。

 その声はしゃがれていた。

 私はおでこを床から離して、お父さんを見据えた。

 お父さんはゆっくり目を開け、それから頭を下げた。必死に涙を堪えているのが分かる。


「リリー、すまない。ドワーフ族のために頼んだ」


「お父さんもみんなも、任せてくれてありがとう」


 私がそう言った瞬間、お父さんも含めて全員がわーっと泣いた。

 けれど、私は最後まで泣かなかった。絶対に泣くもんか! と決めていたから。

 これでいい。これで、めでたし、めでたしだ。


 私が王城へ出発するのはちょうど1週間後と決まった。

 それまでにやる事がいっぱいで、私は大忙しだった。

 最初におこなったのは荷作りだった。しかし、王城へ持っていける荷物はごくわずかなので、これはすぐに終わった。

 荷作りが済んだあと、私は自分の部屋をきれいさっぱり片付けることにした。

 私はもう戻ってこられない。

 それなのに私が自室をこのままにして出ていくと、家族は私の物をいつまでも残してしまうのは目に見えていた。

 日当たりのいいこの部屋を、私専用の物置にするのはもったいないでしょ。

 なら、この部屋は生まれてくる赤ちゃんの部屋にでもしてもらえばいい。

 そう考えてのことだった。

 しかし、思い出の品々を見つけるたびに作業が中断してしまい、とても時間がかかった。

 ひとつずつ確認しながら処分していくのに、胸が締めつけられた。

 それから、村に住むドワーフひとりひとりにお別れの挨拶をして周った。

 中でも大変だったのは、その合間を縫って、製作途中だった宝剣を完成させることだった。

 最後には徹夜の作業になってしまった。それも、工房の仲間にまで付き合わせてしまって。

 でもそのお陰で、お父さんに王城まで付き添ってもらえることになった。

 族長であるお父さんは多忙だ。1年に何度も王城へ出掛けて、村を空けている暇なんてない。

 そして今年ドワーフの村が王家に納める税は、第一王子様の成人お祝い品でもある宝剣だ。これを王城まで届けるのに代理は立てられず、族長でなければならない。

 その一方で、私を王城へ送り届けるのは族長でなくてもいい。

 それでもお父さんは、お父さん自身が私を『送り届ける』と宣言してくれた。

 そのために、私と宝剣をセットにする必要があったのだけれど、工房のみんなも快く承諾してくれた。

 私は人質になると決めたことを決して後悔してはいなかった。

 それでもやはり寂しくてたまらないし、生まれて初めてドワーフの森の外に出ることに不安も感じていた。

 だからお父さんと一緒にいられる時間が少しでも長くなるのは、単純にうれしいのと同時にとても心強い。


 それは、村を去る前日、工房でのことだった。


「リリーには、細工師として俺の跡を継いでくれることを期待していたのに」


 師匠が悔しそうに、ボソッとつぶやいたのだ。


「私なんか、いつかドワーフ族No.1の細工師になりたいって、ずーっとずーっと思ってましたよ。師匠のこともいずれ追い抜いてやるんだって」


「はああ? 俺を追い抜くだと? 弟子のくせに何生意気なこと言ってるんだよ」


「そんなの、やってみないと……って、私にはできなくなっちゃったんでしたね、へへっ」


 そう言って笑った途端……

 私の目からは、思いがけず、ボロボロボロボロ……次から次へと大粒の涙がこぼれて落ちた。

 それは一向に止まらなくて……それどころか、さらに嗚咽まで出てきた。

 そしてしまいには、小さな子供のようにワンワンと大泣きしてしまった。


「師匠ったら何でそんなこと言うんですか? 私、人質に志願したときだって泣かなかったんですよ? それなのに、師匠のせいなんだからー。師匠が泣かせたんだからー」


「ああ、リリー、悪かった。お前の気持ちを知っていたくせに、言ってはいけないことをつい言ってしまった。許してくれ」


 そう謝ると、師匠は私が泣き止むまで、いつまでも優しく背中をさすってくれたのだった。

 私はこの手の感触を一生忘れないと誓った。



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