4. 力を合わせて⑤
お昼になって、矢が鋳型から取り出された。
私は朝からそれまでの間、昨夜と同じように中央広場で調理をしていた。
今日はいつ広場に行っても食事ができるようにしたいんだって。
昨夜作った芋煮の残りは、早朝出発した連絡係(元・護衛)の人たちが朝食に平らげていった。
「2食連続で芋煮になってしまってごめんなさい」
謝るお母さんに、笑顔でこう返していた。
「いやー、おいしいから平気です」
「それに、芋煮は腹持ちがいいのに胃がもたれないから、むしろちょうどいいですよ」
最後まで気持ちのいい人たちだった。
彼らを見送ったあと、木の子と芋のシチューにメニューを変えて調理を開始した。
連絡係の人たちはああ言ってくれたけれど、飽きないように別の料理を作ろう、ということになったのだ。
煮立った鍋をかき混ぜながら思い当たった。
「でも、芋料理は芋料理なんだ?」
独りごちたところで、工房の仲間が呼びに来てくれた(食事のついでだったけど)。
「リリー、お待たせ。出番だ」
「気張っておいで」
お母さんは突き出たお腹で、私を押し出してくれた。
到着したときにはすでに鋳型に2回目の流し込みがおこなわれている最中だった。
「リリーはこっちに来ーい」
呼ばれて工房の奥に入っていった。
「片っ端から研磨していく。ただし、今回の目標は矢尻の部分を鋭利にすることと、クロスボウにセットできるようにすること、この2つだけだ。狙うのはデカいドラゴンなんだから、少々不均一な仕上がりで真っ直ぐに飛ばなくたって構わん」
横から『リリーは適当な作業するのが苦手そうだな』という揶揄いが飛んできた。
私もすかさず『なぬ? 見ててくださいよ!』と顔をしかめた。
こういう気の置けない会話は、ドワーフの工房に帰ってきたことを実感させてくれる。
「今流し込んでるのが固まるのは深夜になる。さっさと1回目の研磨を終えて、それまで各自仮眠を取ること!」
一斉に作業に取り掛かった。
研磨が終わった矢をチェックするのは、私の師匠だった。
腕が鈍ったと思われたくない。
「お願いします!」
この緊張感も久しぶりだ。
「丁寧すぎる。数が要るんだろ? 次は半分の時間で持って来い!」
「はい!」
でもこの緊張感がたまらなく好きだとも思った。
その後の作業は順調に進み、1回目の研磨はちょうど夕食の時間帯に終わった。
「全員、今から食事して仮眠を取れ。夜半になったらまた工房に戻ってくること」
指示通り、夜中にベットを抜け出した。
寝すごさなくてよかった。
寝すごしたら、仲間の誰かが呼びに来てくれると思うけれど、そうしたらお父さんまで目を覚ましてしまうかもしれない。
お父さんには明日の出発ギリギリまで安眠しててほしい。
物音を立てないように、息をひそめて細心の注意を払いながら家を出た。
家の外に出て『ふう』と息を吐いたとき、誰かが少し先に立っていることに気づいた。
仄かな月明かりしかなくて黒いシルエットだったけれど、誰なのか当てるのは簡単だった。今ドワーフの村にこんな長身はひとりしかいない。
髭を取りながら近づいた。
「眠れないんですか?」
「わっ……リリーか。うん、緊張してて」
「お父さんとお肉を焼く連携がばっちりでしたから、上手くいくに決まってます」
『ありがとう』と微笑んでくれたけれど、その声に覇気はない。
ウィル様が、ふーっと長く息を吐いた。
「だけどドラゴン討伐では、自分だけ遠くの安全なところにいるっていうのがどうしてもね。ドワーフの部隊に危険な接近戦を任せておいて、失敗でもしたらって……正直、怖気づいてる」
「ドワーフの斧部隊は強いなんてもんじゃないですよ。それと、私たちが作ってる矢もあるんです。目いっぱい援護してください」
「そうだった! リリーは勝利の女神だね」
「そんな大層なものじゃないですよ。ただの細工師です」
いつものリップサービスが出てくるくらいには元気が出た? それならいいんだけど……
夜空で星がチラチラと光った気がした。
「それでもやっぱり情けないことに、どうしようもなく怖いんだよね……」
ウィル様がおもむろに屈んだ。
「作戦の成功を祈って、勝利の女神様から……もらえないかな?」
私があげられる物だったら何だって! と思った。
「何をですか?」
「キスを」
「えっ? ええっ? えええっ!? あっ、勝利の女神様からか。細工師からじゃないですよね、あはっ、あはは……」
「呼び方はどっちでもいいよ。リリーからほしい。そうしたら、何でもできそうな気がするんだ」
瞳を覗き込まれて、息が止まりそうになった。
ウィル様は真剣だ……
そう思ったら、自分でもどうしてこんな大胆なことができたのか分からないけれど、ウィル様の頬にキスしていた。
私が唇をゆっくり離すと、ウィル様はそれを追いかけてきた。
すぐに捕まって、ウィル様と私の唇が重なった。
ウィル様は私のことを長いこと離さなかった。
でも、言葉にもして伝えておきたい……
「2度と会えなくても、ウィル様の無事を祈ってます」
キスの合間を見計らって、何とか言うことができた。
すると途端にキスが止み、ウィル様からは予想外の反応が返ってきた。
「えっ、その今生の別れみたいなセリフは何?」
「だってドラゴンを退治したら、ウィル様は王城に帰るんですよね?」
「帰るけど……リリー、君はもしかしてずっとドワーフの村にいるつもり?」
んん? ウィル様こそ、その質問はどういうつもり?
「そうじゃないんですか? 私は人質じゃなくなったんだから」
「僕は誕生日の前日に言ったはずだよ? 『人道的な手段でリリーを王城に住まわせたい』って!」
「そうですけど……」
「僕が迎えに来られるのが1番だけど、それが無理なら迎えを送るよ」
「それって、私がもう1回王城に行くってことですか?」
「僕とこれから先も一緒にいたいと思ってくれるなら来てほしい。人質としてではないから、たまには里帰りもできるよ」
考えるよりも前に口が動いていた。
「行きます!」
「即答したね」
ウィル様はにっこり微笑んだ。
「これは何が何でもドラゴンをやっつけて、絶対に帰ってこないと。それで、リリーと毎日お茶してみせる!」
「約束ですよ。ところで、私は人質ではなくなったのに、今後も王城に住み続けていいものなんですか?」
「はあ!?」
ウィル様が頭を抱えた。
「リリー、分かってないわけ?」
「何をでしょう?」
「僕、今プロポーズしたんだよ?」
「ぷ、プロ……えええーっ!」
「リリー!」
「ご、ごめんなさい」
「うわっ、どうして謝ったの? プロポーズならお断りってこと?」
「違いますっ! プロポーズって気づかなかったことを謝っただけで……その……」
『私もウィル様と結婚したいです』って言うべき?
だけど、そんなこと言っちゃっていいものなの? 平民が? 王子様に?
「ああ、よかった」
私がオタオタしていると、ウィル様がコホンと咳払いをして、ひざまずいた。
「リリー、僕と結婚してください」
「あ……」
胸がいっぱいになる。
「『はい』ってひと言でいいよ」
「は……い……」
「ドワーフが王子妃になるのは、たぶん建国以来リリーが初だね」
「お、王子妃!?」
「そうだよ」
それからウィル様は私を抱き上げ、何度も何度も私にキスをした(ウィル様ってキス魔?)。
そのあと、『早く寝てほしい』とお願いしたのに、『興奮して眠れるわけがない』と言い張って、ウィル様は工房まで送ってくれた。
工房の近くまで来たら、ウィル様は私を工房の建屋の脇に引っ張った。
そして、何度目かも分からなくなってしまったキスを、念押しするみたいにもう1回した。しかもとびきり濃厚なキスを(プロポーズはされたかもしれないけど、こんなの結婚前にいいの!? ってレベル……)。
工房の中に入るまで見届けられるのは気恥ずかしい。でも、しあわせな気分だった。
その余韻も束の間、工房に入った私は仲間から笑われてしまった。
「リリー、遅ーい。寝坊したな?」
「ごめんなさーい!」
寝坊はしていないものの、遅刻は遅刻だ。
さあ、ここからは気合いを入れていかないと。
私も最後までがんばるんだ(目はぱっちり覚めてるから大丈夫)。




