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4. 力を合わせて③

「リリー、起きて」


 お母さんから体を揺すられて目が覚めた。

 けれど、熟睡しすぎていたせいで、すぐには頭までは醒めない。

 何なら、今お母さんに起こされる夢を見ている気すらする。

 だって、ほら、このベッドにいることが夢みたいなんだもん。

 カーテンの隙間から、オレンジ色の光が漏れていた。


「朝っ!?」


「やあねえ」


 お母さんがカーテンを開けた。

 太陽の方角から、まだ夕方なのが分かった。


「1日眠っちゃったかと思った……」


「よっぽど疲れてて深く眠ってたのね。でも、お父さんが呼んでるわ。『集会所に来てくれ』って」


 集会所? ああ、広間のことか。

 お父さんは公的に使用するときには『集会所』、私的に使うときには『広間』と、わざわざ呼び方を変える。

 私にはそれがややこしい。特に寝起きの頭では……


 お父さんとウィル様は、部屋中に敷かれた毛布の上に向かい合って座っていた。


「こっちに来なさい」


 お父さんに呼ばれて、“コ”の形になるように座った。


「今ね、族長さんから200年前のドラゴンの話を聞いていたところだよ」


 ウィル様がにこやかに教えてくれた。

 ウィル様も少し眠れたに違いない。顔色がよくなっている。


「リリーのために最初から話すと、『ドラゴンが現れた』と言われてるのは、ドワーフ族が王国から独立してた頃なんだ。『突然ドラゴンがドワーフの森を襲ってきて、ドワーフが撃退した』という話が、ドワーフ族ではずっと語り継がれてる」


「それは私も小さい頃から聞いて……って、待って。それよりも、村のみんなの反応はどうだったの? 武器のこと、納得してくれた?」


「ああ、あっさりだったよ。『ここで退治しておかないと、ドワーフの森だっていつ襲われるか分からない』と言って説得しようとしたらな、」


 やっぱり! 答え合わせができてニンマリしてしまう。


「『王国の危機は俺たちの危機でもある』って返されたよ。俺たちドワーフは、200年かけて王国にしっかり融合してたんだな。それに『リリーが帰って来るならなおさら』だってよ。愛されてるな」


 ウィル様が『えっ』と軽く驚いた。

 『えっ』って、何? いくら第一王子様とはいえ、それは失礼なんじゃない?

 王城に行くまでは、私はここでみんなと仲よく暮らしてたんですよーだ。

 だいたいドワーフ族に私を返したのはウィル様でしょ。

 村で嫌われてると思ってて返したわけ?


「驚くなんて、ひどいと思います」


 私はムスッとして抗議した(もう人質じゃないもんね!)。


「いや、そういう意味の驚きじゃなくてね……後あとのことを考えて……」


「後あとのこと?」


「そう、後あと……」


 詳しく教えてくれるつもりはないみたい。


「ふんっ、ウィル様の考えていることなんて、私にはどうせ分かるはずもないです」


 いちいち刺々しい言い方になるのは、突然ドワーフ族に返却されたことにまだ憤慨しているから。

 ぷいっと横を向くと、お父さんがこそっと耳打ちしてきた。


「ウィリアム様を相手に、その態度は失礼なんじゃないか?」


 お父さんには言われたくなーい!


 お父さんが場の空気を何とかしようと、話を再開した。


「そうそう、あの昔話には続きがあるのは知ってるか?」


「続き? どんな?」


「ドラゴンは王国の領土へ逃げていったそうだ。王国の領土に入ってしまっては手を出せないし、どの道もう瀕死だったからと、そのまま放っておいたらしい。恐らく北の山までたどり着いて、卵を産んで息絶えたんだろう。そもそもドワーフの森に来たのも、産卵が目的だったかもしれないな」


「こちら側にはそこまで詳細な話は残ってないですね」


「当時の王国にしてみれば、弱ったドラゴンがやってきてすぐに力尽きただけのことでしょうから。それで今、当時の記録が残ってないか、村の者たちが文献を探しています。ドラゴン退治の一助になるかもしれませんので、」


 お父さんがそこまで話したとき、外から声が聞こえてきた。


「族長、ありました! 見つかりました!」


 お父さんは広間を出て文献を受け取ると、ペラペラとページをめくり始めた。


「そこ、そこです!」


 お父さんは目を見開いた。


「……ドワーフの森にドラゴンが現れた。口から炎を吐くため、接近するのは危険と判断。矢で撃退しようと試みた……」


「それで? どうなったの?」


「ちょっと待ってくれ……ええっと……」


 ああ、焦ったい! もし私もドワーフ語がスラスラ読めるなら、お父さんの横から覗き込むのに。

 しかし、ただでさえ読み慣れない古語な上に、こういう公式文献はやたらと難解な言葉が使われている。

 もどかしいけれど、お父さんが読んでくれるのを待っているほうがたぶん……ではなく確実に早い。


「んん!?」


「何? 早く読んで」


「急かすな。保存状態がよくなくて、ところどころ虫食いなんだよ」


 お父さんの目線は文献の上を動いた。

 あー、やきもきする!


「……しかし、硬い皮膚に覆われたドラゴンの体に矢は深く刺さることはなく、ダメージを与えることはできたが致命傷にはならなかった」


 えーっ、期待外れ!? 


「で、ですが、やはりドワーフの矢ははね返されることなく刺さったんですね!」


 ウィル様は努めて明るく言ったはずだったんだろうけれど、その言葉は空虚に漂った。


 お父さんは再び黙ってページをめくり続けた。

 そして、あるページまで辿り着くと手をピタッと止めた。


「大丈夫です、続きがありました。途中ごちゃごちゃ書いてありますが、省略しますね。対策会議が紛糾したことをダラダラと書いてるだけなんで……ええっと、ここからだな……そこで斧を使った攻撃を得意とする戦士を集め、接近して戦う覚悟を決めた」


 火を吐くドラゴン相手に接近戦!? それって決死の覚悟なんじゃ……

 

「ドラゴンの手は非常に短い。ゆえに手を使って攻撃してくることはないと判断。足は踏み潰されないように注意が必要だったが、これも短いので歩幅が狭く、避けるのは容易。厄介なのは尾であった」


 私が王城で観察していたドラゴンと、特徴が一致していた。


「おっ、作戦についての記述もありますよ」


 私とウィル様は前のめりになった。


「そこで、最初に尾を狙うことにした。まずドラゴンの炎が届かない範囲から、弓武隊が攻撃を仕掛け気を引いた。その隙に斧部隊は背後から近付き一斉に尾を攻撃し、ドラゴンが振り返る前に逃げて隠れた。ドラゴンが振り返って火を吐こうとしたところで、すかさず弓武隊が攻撃し、前方に注意を戻させた」


 横目で見ると、ウィル様は真剣な表情で聞き入っていた。


「これを3度繰り返して尻尾を切り落とすことに成功すると、次に足を狙った。転倒させて、一気に倒す作戦だった。しかし、転倒までさせることはできず、ドラゴンの逃走を許してしまった。足ではなく腹を狙うべきだったと反省している」


 お父さんが顔を上げた。


「ドラゴンとの戦いに関する記述は以上です」


 それからお父さんとウィル様は、無言でお互いの顔を見ていた。


 お父さんのほうから沈黙を破った。


「始めからそのおつもりだったと思いますが、ウィリアム様からは言いにくいでしょう。ですので、こちらから申し上げます。ドワーフ族より斧を得意とする部隊を派遣します。ドワーフの武器は、身体の小さいドワーフに合わせて作っていますので、ドワーフにしか上手く使えません。そして、人用を作っている時間もまたありません。こうなったら一蓮托生です。なあに、部隊の連中はすでにその気でいます」


「お、お父さんも行くの?」


「当たり前だろ」


 お父さんは族長であり、ドワーフ1の斧使いなのだ。


「ドワーフ部隊の指揮を任せてもらえるなら有り難い」


 お父さんがウィル様に頭を下げた。

 ウィル様はそれ以上に深々と頭を下げた。


「現在北の山でドラゴンを食い止めている軍隊と合流しましょう。彼らに矢でドラゴンの注意を引いてもらい、ドワーフの部隊による接近攻撃を援助します。僕がそちらの部隊を指揮をしますので、族長にはドワーフ部隊の指揮をお願いします」


 ウィル様も行くんだ……


「矢……心配はそっちなんですよね……」


 お父さんがボソッと言う。


「クロスボウのほうは数があるんですが、何せ平和な時代が続いてるんで、矢のストックが普段の狩りに使う分にちょっとプラスしてあるだけで……」


 クロスボウの矢……製造工程は工房で見たことがある。


「お父さん、斧部隊を派遣するっていっても、今日とかじゃないよね?」


「武器防具の点検とできれば修繕、それと食料や薬の準備もあるからな。明日……も急すぎるな。砲弾がもつなら、明後日の朝まで待ってもらいたいところだが……」


「それくらいは持ち堪えますよ」


 ウィル様がそう答えるのを聞いたら、居ても立っても居られなくなった。


「ちょっと工房に行ってくる!」


「お、おいっ!」


「えっ、えっ!?」


 お父さんとウィル様にろくに説明もせず、私は全速力で走り出していた。



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