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1. 人質になります①

 その日も私はいつもと同じように、午後から工房で働いていた。

 今は金細工の装飾を製作中だ。特に細かい作りで神経を使う。

 装飾の中央では、王家の紋章が光を反射させている。これも金細工師である私が彫った。

 ここは、王国の西の端っこに位置する村。

 王国の西の国境沿いには山脈が切り立っていて、その裾野に広大な森が広がっている。

 私たちドワーフ族はその森の奥で暮らしているのだ。

 王国国民のほとんどを占めるのは人で、人じゃないのはこの村のドワーフだけなんじゃないかな?

 ドワーフと聞くと、人はすぐに髭を生やした小人を想像する。

 けれど、私たちはそんなに小さくない。成人の平均身長で比べると、男女共に人より20センチくらい低いって程度。

 絵本とかがいちいち誇張しすぎなのだ。

 そのせいで、ドワーフに初めて会う人は大抵、『あれっ、意外とデカいんすね』って拍子抜けするんじゃないの。

 あっ、それと私には髭もないですよーだ。


「リリー、剣身ができ上がったぞー。柄と装飾の取り付けを頼むな」


 鍛治師が、私の作業台に真新しい立派な剣身を丁重に置いた。


「りょーかいです!」


 私は気合いを入れて返事をした。

 もうすぐこの国の第一王子様が成人する。私たちは、そのお祝いの宝剣を製作中なのだ。

 お祖母さんから聞いた昔話では、王国は今よりもずっとずっと小さくて、ドワーフの村も王国に属していなかった時代があるそうだ。

 その頃は、王国とドワーフ族とでしょっちゅう小競り合いをしていたらしい。

 ところが、ところが!

 200年ほど前、突如として現れたドラゴンによって、ドワーフの村が襲撃された。

 ドラゴンを追い払ったものの、村は壊滅状態。

 まあ、ドラゴン云々の辺りは眉ツバなんだけど。

 何せ私は生まれてこの方、ドラゴンを見たことがないし、『見たことがある』という人に出会ったこともない。

 話を盛ってしまったんじゃないかな?

 とにかく何らかの理由で苦境に陥ってしまって、そのときにドワーフ族は王国へ身売りすることを決めた。

 財産をかき集めて献上し、王国の国民となることを宣言したのだ。

 その対価として、王国側は食料・日用品といった物的援助だけでなく、村を立て直すための人的援助までしてくれた。

 村が復興して以降、ドワーフ族は税として、自分たちが採掘から加工・製造までおこなった宝飾品を毎年王家へ納めることになった。

 それに加えて、族長の親族の者をひとり、人質として王城へ差し出すことも要求された。

 正直なところ、人質を取るなんて……と思ったりはする。

 けれど、ドワーフ族にこの森一帯の自治権を与えてくれているし、武器の献上は要求しないという譲歩もしてくれている。

 そう考えると、平和的な併合だったんじゃないかな?

 特に、ドワーフにとっては戦闘用武器の流出はご法度で、それを認めてくれたというのはとても大きいことだったはず。

 これらドワーフと人との決め事は、現在もずっと守られている。

 だからこうして、第一王子様の成人を祝うための宝剣を製作している真っ最中だ。

 ちなみに、宝剣は戦闘にはとてもではないけれど使えない代物で、装飾品の扱いだ(まあ、これで殴られたら痛いだろうけど……)。

 それと、人質のドワーフが今現在も王城で暮らしている。今の人質で確か8人目のはず。

 その代わりに、ドワーフ族は今もこの森で、大きなひとつの家族のように暮らせているのだ。


 工房入り口が遮られて、工房内部がかげった。


「作業は順調に進んでいるか?」


「お父さーん、こっち! こっち!」


 私は大きな声で呼んだ。工房内ではたくさんの金属音が響いているせいで、そうしないとそこまで届かないのだ。


「リリー、『家の外では族長と呼びなさい』といつも言っているだろう?」


「はーい、族長」


 私の父親は、ドワーフ族を束ねる族長なのだ。村長でもあるんだけれど、みんな『族長』と呼んでいる。


「ね、この柄と装飾、いい出来だと思うんだけど、どう?」


 剣身の上にそれらを重ねてみせた。


「美しいなー。これは見事だ」


「でしょ、でしょ?」


お父さん……もとい族長は『しゃべり方』と苦笑する。


「やっぱりまだまだ子どもだなー」


「あと半年もすれば成人するってば!」


 そう、6ヶ月後には16歳になるのだ!


「大丈夫なのか?」


「もちろん! 成人した暁には、私は朝から晩まで工房に入り浸るつもり」


「精神面は未熟なんだけどなー。せいぜい工房の仲間に迷惑をかけないように、いっそう励みなさい」


「迷惑なんてかけませーん。まあ、それもこれもぜーんぶ、小さい頃から工房に出入りさせてくれた師匠のお陰なんだけどねー」


 師匠がそばにやってきた。


「いや、リリーはすっかり一人前ですよ。手先が器用だし、何よりセンスがいい。特に繊細なデザインのものを作らせれば、どれも超一級品です。リリーを預けてくれた族長には、感謝しかありませんよ」


 師匠に手放しで褒めてもらえるのは気分がいい。


 いつも私のこと叱ってばかりなのに、本当はそんなふうに思ってくれてたんだ!


「へへへっ」


「締まりのない顔だなー」


「これがドワーフ族の誇る細工師とはなー」


 けれど、私たちの日常はそこで唐突にぶった斬られた。

 外から門番の叫ぶ声が聞こえてきた。


「族長! 族長はどこですか? 王城からの使いが書簡を持ってきました!」


 ドワーフ族と王城は定期連絡をおこなっているものの、それ以外の交流は全くといっていいほどない。

 一体、何事……?

 工房にいたドワーフ全員に緊張が走った。手は完全に止まっている。


「おう、ここだ!」


 お父さんは入り口から顔だけ出して、門番を呼んだ。

 門番から書簡を受け取ると、すぐに封を開けた。

 目だけが忙しなく左右に動く。口はぎゅっと閉じていた。


「使いの者は、村の入り口で待たせています」


 門番はそう告げたけれど、お父さんは返事すらしなかった。

 みんなして固唾を飲んで、お父さんが読み終えるのを待った。

 お父さんは長い沈黙の後、絞り出すように言った。


「メリーが石化病にかかったそうだ」


 せ、石化病!?

 それはドワーフ特有の病だ。徐々に体が石化してゆき、そして死に至る。進行のスピードは個人差があるが、半年から3年の間に完全に石になってしまう。

 ドワーフ達の間では、昔から石化病の原因は太陽の光だと言い伝えられてきた。

 だからこそドワーフ達は太陽を避け、森に住んできた(鉱石類の採掘場である山脈に近くて便利という理由もあるんだけど)。

 しかし、本当のところはよく分かっていない。

 いくら日光を浴びても何ともないドワーフもいれば、坑夫として日中は洞穴に潜って働いているにも拘らず、発症してしまうドワーフもいる。

 原因が分からないだけでなく、石化病がさらに厄介なのは、有効な治療法がない不治の病であることだ。

 そしてメリーというのは、現在王城で人質として暮らしているドワーフの名前だ。お父さんのお姉さんで、私の伯母さんにあたる。

 私は会ったことがない。

 だって、メリー伯母さんが人質として王城へ向かったのは、今から17年前のことだから。まだ私のお祖父さんが族長だったときのこと。

 メリー伯母さんの前に人質だったドワーフが、肺炎をこじらせて亡くなったため、新たな人質を王城に預けなければならなくなったのだ。

 メリー伯母さんは、次の族長になるべき自分の弟、つまり、私のお父さんを『人質にするわけにはいかないから』と、自ら人質に志願してくれたそうだ。

 私が生まれる前の話にも拘らずこのエピソードをよくよく知っているのは、お父さんから折に触れて聞かされてきたから。


「国王様からは、『メリーを故郷に戻して、余生を家族とゆっくり過ごさせてやってはどうか』と打診されている……しかし、」


 誰もがそのあとに続く言葉を知っていたと思う。


「新たな人質を王城に送ることと引き換えだそうだ」


 ああ、やっぱり……

 誰も何も言えなくて、工房は静まり返った。

 パチパチッと燃える火の音だけが、やたら響いていた。



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