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3. パーティーが始まるよ⑤

 一夜明けて、いよいよウィル様の成人を祝う式典が開かれる。

 祝日になったため、修理工房もお休みだ。

 私は今日1日やることがない。

 不用意に謁見の間に近づかなければ、いつも通り自由にしていいらしいけれど、部屋の外をウロウロするのは気が引ける。

 常時人質のドワーフがいるから王城の人たちは慣れているけれど、今日の来賓の中にはドワーフを見たことがない人もいるかもしれない。

 そういう人は、私の髭を見たらびっくりしてしまうだろう。

 今日という日に、わざわざドッキリを仕掛ける必要もない。

 かといって、付け髭を取りたくもない。それはウィル様とふたりのときだけにしておきたい。

 別に疎外感があるとかじゃないから平気。

 私はまだ、昨日のしあわせな夢の延長線上にいて、まどろんでいるような気分なのだ。

 それと今日のための衣装を着たウィル様を、事前に2回も見られている。それはすごく特別なことなんだって理解していた。


 読書でもしてゆっくり過ごそうと思い、朝食後に書庫から本を何冊か選んできた。

 こんな天気の日は、窓際で読もうかなー。

 ウィル様のお祝いにはちょっぴり残念な曇天。

 けれど私にとっては、逆にこういう日はチャンス!

 晴れている日に窓際に長時間いると、イヴリンさんを心配させてしまう(そして注意を受けてしまう)。

 今日の空模様ならいいよね。


 私は椅子を窓際まで運んだ。

 窓からは、馬車が続々と王城に集まってくるのが見えた。乗っているのはもちろん、式典に招待されている貴族たち。

 これから馬車を下りたら、列をなして王城の中へと進んでいくんだろう。

 私の部屋からでは王城の正面の通りは見えないけれど、その様子が目に浮かぶ。

 馬車の中にいても華やかな装いなのがよく見えた(視力のよさは自慢なのだ)。


「ドレスは色が鮮やかで、すごく映えるなー」


「昨日のリリー様も素敵でしたよ」


 私の独り言も、イヴリンさんはすかさず拾ってくれた。

 私が寂しい思いをしていないか、気にかけてくれているのかもしれない。

 実際、王城全体が賑やかなのに、この部屋だけ取り残されているみたいだし。

 普段から気遣いの人なのに、今日は普段以上にあれこれと気を配ってくれている気がした。


「でも、そうですね。年頃で決まったお相手のいらっしゃらない女性は、今日は特に気合いが入っているはずですよ」


「式典なのにですか?」


「だからですよ。その主役である第一王子殿下の婚約者候補に名乗りを上げたいでしょうから」


「えっ!?」


 金槌が大きく振り下ろされたみたいに、心臓がドクン! と鳴って震えた。


「何でも国王陛下のご意向らしいのですが、第一王子殿下にはまだ決まったお相手がいらっしゃらないのですよ。陛下は王妃殿下と大恋愛の末に結ばれましたが、その当時陛下には幼い頃から決められた婚約者がおられて、一悶着があったそうですよ」

 

 イヴリンさんはベッドメイキングをしながら、世間話を続ける。


「ですから、第一王子殿下ご本人がお相手を決めるまで待っておられるのだとか。殿下にはこれまで、そういったお話がひとつもございませんでした。ですが、本日成人になられますので、『さすがにそろそろではないか』と噂されています」


 さっきまでの楽しかった気持ちは瞬く間に消えて、私の胸は真っ暗な空洞になってしまった。

 貴族でもない私は招待状を受け取っていない。

 私が謁見の間に入れない間に、ウィル様はたくさんの美しく着飾ったご令嬢と会って、その中からひとりを選んでしまうってこと?

 昨日、謁見の間でウィル様の瞳に映っていたのは私だけだったのに……

 そんな!

 夢はすっかり醒めてしまった。

 ウィル様が王子妃となる女性と恋をするのも、婚姻を結ぶのも、そして一緒に暮らすのも……私は人質として王城から出られない以上、全て間近で見届けないといけない。

 そんなの耐えられる?

 いや、無理に決まってる。

 ウィル様、どうか出会わないで……

 ああ、式典もパーティーも中止になってしまえばいいのに!


 私の中にあった空洞がもはや空洞ではなくなって、どす黒い叫びでいっぱいになったときだった。

 何の予兆もなく唐突に、

 ゴゴゴゴゴ………

 地下から強い振動が起こり、あっという間に上へ上へと昇ってきた。

 振動は私の部屋の床まで到達すると、私、イヴリンさん、机、ベッド、天蓋……部屋中のありとあらゆるものを揺らした。


「リリー様、地震です! 机の下に隠れてください!」


 そう叫ぶと、イヴリンさんも這いつくばってベッドの下に潜った。

 振動はまだまだ大きくなっていく。

 机もガタガタ揺らされる。

 私は机の脚を必死でつかんだ。

 地響きだけでなく、別の部屋からは何かが倒れた音や割れた音、悲鳴までが聞こえてくる。


 そして、窓が真っ赤に染まった。

 な、何!?

 私の隠れている机は窓の右側に配置されていた。その位置からだと、北の山が一望できた。

 山が勢いよく赤い液体を噴き出している。

 噴火? まさか山が噴火してるの!?

 だけど……

 マグマはまだ分かるとして、あれは何?

 噴火している山の峰を、何か巨大な物体が這っている。


「嘘でしょ? ドラゴン!?」


 自分の目が信じられなかった。

 けれど、ドラゴンでなければ、あれは何だというの?


 イヴリンさんもベッドの下から出てきて、窓の外を見た。ベッドの上にあったクッションのひとつを頭に乗せている。


「これまでに見たことはありませんが、私もあれはドラゴンだと思います」


 実在したんだ……

 机の下から出て、のろのろと窓の前に立った。

 イヴリンさんは素早くベッドからもうひとつクッションを取ってきた。


「リリー様、これを頭に!」


 『ありがとうございます』とお礼を述べたものの、それが自分の声だという実感はなかった。

 全然知らない人の声に聞こえた。


 式典は始まってすらいない。

 だというのに、王城に集まっていた馬車は、クモの巣を散らすように散り散りに去っていった。

 さっきまで王城に充満していたはずのお祝いムードは完全に消失してしまった。

 みんな今日という日のために、一生懸命準備をしてきたのに。忙しそうに、でも楽しそうに……

 私やドワーフの工房で働くみんなだってそうだ。徹夜までしてがんばって仕上げた宝剣は、このまま日の目を見ないの?

 そして誰よりもウィル様は?

 今王城内のどこかで、私と同じ光景を見ているの?

 ウィル様は一体どんな思いで、火山とドラゴンを見つめているんだろう……

 みんなの苦労と期待と……全てが台無しになってしまった。

 私がやったことではない。火山の噴火かドラゴンか、あるいはその両方かもしれない。

 だけど、私が強く願ったのもこういうことだったはず……

 私は自分を責めて、責めて、責めまくった。



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