3. パーティーが始まるよ④
ウィル様は、先日衣装部屋で会ったときと同じ衣装を着ていた。
私の姿を確認すると破顔してくれた。
「リリー、来てくれてありがとう。そのドレスとても似合ってる。すごく可愛いよ。そのイヤリングも、絶対リリーにぴったりだって確信してたんだよね。思った通りだ」
「こんなおしゃれ、したことがないから照れます」
「大丈夫。本当に可愛いから!」
謁見の間は華やかに飾られていた。
無数にキラめくシャンデリアの光の粒が、ウィル様、そして私の頭上へと降りそそぐ。
「明日の準備はもう完了したから、少しの時間だけ使わせてもらえるようにしたんだ。ふたりだけのプレ・パーティーしたくて……」
『ふたりだけのプレ・パーティー』という言葉に、胸がときめく。
それなのにウィル様は、申し訳なさそうに言った。
「楽団のほうは……ごめんね。フルオーケストラにはほど遠くてカルテットなんだけど、それでも頼んで来てもらったんだ」
カルテットでも充分すぎるくらいだ。
こんなことってある?
人質として、王城に来たはずなのに……
ドレスアップさせてもらって、ウィル様とふたりだけの時間を過ごせるなんて……
「ワルツをお願いしまーす」
聞いたことはなかったけれど、テンポのいい曲で直感的に好きだと思った。
「リリー、踊ろうよ」
「えっ、踊り方が分かりません!」
社交ダンスなんて、私はとてもではないけれど踊れない。
ウィル様だって、そのくらいのことは分かっていると思うのに、どうしてそんな無茶を言うんだろう……
「ドワーフの踊り、メリーに教わって、僕も少しだけ踊ったことあるよ」
そう言って、ウィル様が1、2、3のリズムに合わせて、床を踏み鳴らしたり、ジャンプしたりしてみせた。
なーんだ、そういうこと!
「私たちの踊りに、きちんとしたルールなんてないんですよ。ただリズムに合わせて体を動かして、手拍子足拍子を取るだけで……」
「自由でいいよね」
ウィル様が踊るのを見ていると、自分の身体がウズウズしてくるのを感じた。
「ほら、リリーも」
そう促されたら、自然と私の手は鳴り、足はステップを踏み始めた。
気づいたときには、ウィル様と視線を合わせながら踊っていた。
広い会場で踊っているのは私とウィル様だけ。
踊るなんて、いつ以来かな?
ずっと踊っていなかったのに体は軽い。
いくらでも踊れそう!
「楽しいね」
「楽しいです!」
ウィル様も同じ気持ちなのがあんまりにもうれしくて、『ふふっ』と笑いが漏れた。
「いいな、リリーは本当に自由に踊るんだね。ねえ、普段は王城で窮屈な思いをしたりしてない?」
「窮屈……?」
使わせてもらっている部屋は広いし、自由に庭の散歩もさせてもらえている。そして何より細工師にも復帰させてもらった(現在は休暇中だけど)。
ウィル様はこれの一体どこを指して、『窮屈』じゃないかって聞いてるのかな……
「僕はリリーのことを人質でなくして、自由にしたいと思ってるんだ」
「今だって、実質は全然人質じゃないですよ」
「そうかもしれないけど、名目上もね」
「あっ、私のことをドワーフの森に帰したいってことですか?」
心拍数が上がっているのは、踊りのせいではなかった。
私を帰すと『淋しい』って言ってたのは? 混じりっけなしの純粋なリップサービスでしかなかった?
リップサービスだとしても、そこにほんの僅かでもいい。本当にそういう気持ちが含まれてたら……って期待してしまっていた。
森に帰ればまた家族と暮らせる。
けれど、ウィル様とはお別れ。きっと会うことは二度とない。
それは嫌です!
私はウィル様が好きです、そばにいたいんです!
声には出さず、代わりにウィル様の瞳を見つめて懇願した。
ウィル様はそれを勘違いしたらしい。
「あー、期待させてごめん。そういう意味ではなくて……もっと真っ当にっていうか、人道的な手段でリリーをこの城に住まわせたいんだ」
想像もしなかった答えに、ほっとしつつも頭の中は混乱した。
「ええっと……結局この城には住み続けるんですか? だったら、今と何が違うんですか?」
実質だけでなく名目上も自由に、けれど王城には住む……?
「リリーはまだ分からなくていいよ。そのときが来たらで。僕が勝手に画策するから」
「はあ……」
ウィル様とこのまま一緒にいられるなら、どんな名目だって構いません。お任せします。
そう思っている自分に気がついて、慌ててかぶりを振る。
貴族でも何でもない私がウィル様と一緒にいられるのは、私がドワーフ族の人質だからだ。
人質でなくなったら、いくらウィル様でも私を城に置いておく理由がない。『ドワーフの客人なんだ』って、ずっと王城に住まわせるなんてできないでしょ。
客人として丁重に扱ってもらえていても、私はやっぱり人質なんだと実感する。
人質でよかった、と思うなんておかしいね。でも人質だからこそ、ウィル様のそばにいられる。
身のほどを弁えないと……
だけど、今だけ……今だけは!
ウィル様とふたりきりのこの時間だけは、何も考えずに楽しく過ごしたい。
ウィル様は踊ったまま、私を見つめ、にっこり笑った。
「髭を取ったんだね」
ウィル様は今『髭を取った』と言った。『剃った』ではなく。
「もしかしてウィル様は、あの髭が付け髭だって知ってたんですか?」
「それはもちろんだよ。だって僕とメリーは友達だったんだから。メリーは僕とふたりだけのときは、いつも取ってくれてたんだ」
そうだったんだ。ウィル様は付け髭って知ってたんだ。
「メリーは髭を取る前に、こう教えてくれたよ。『ドワーフは髭を付けることで、相手に“自分は強いぞ、近寄るな!”っていうメッセージを送ってる』んだって。それと、友達である僕を『威嚇する必要はない』ともね」
そこまで話すと、ウィル様はわざとらしくため息を吐いた。
「それなのにリリーときたら、いつまで経ってもきっちり髭を付けたままだったから、僕は淋しかったよ」
あっ! と思うのと同時に、私はめちゃくちゃ焦った。
「だ、だけど、私は『近寄るな』なんてつもりは全くなくて! あれは村を出るときにお母さんが譲ってくれた髭で、それでっ」
「ごめん、ごめん。ちょっと意地悪を言いすぎだね。でも、それくらい淋しかったんだってことで許してよ」
「ウィル様のほうも、私が今日まで髭を取らなかったことを許してくれるなら……」
「許すよ。許すってのも変だけど。僕はリリーのこと怒ってたわけじゃないしね」
「ほっ、よかったです」
「髭があっても可愛いけど、ないほうが僕は好きだな。何より僕に心を開いてくれてる感じがするから。これからも、ふたりのときは髭を付けないでくれる?」
それは、『僕に心を開いてほしい』って言われているみたいで……
私はコクコク頷いた。
「うれしいなー。最高のプレ・誕生日だ!」
それはなぜだか少しもリップサービスには聞こえなかった。
私の言動でこんなにウィル様が喜んでくれるなんて……
「大袈裟ですよ」
「少しも大袈裟じゃないって!」
心を開くどころか、私の心はウィル様のものなのに。
私たちはそれからも踊り続けた。




