2. ようこそ、王城へ④
「第一王子殿下より、『朝食後に中庭の入口近くにあるベンチで待ち合わせ』と言付かっております。参りましょう」
イヴリンさんに誘導されて歩いた。
お腹が重い……
いくらおいしいからっていっても、どう考えても食べすぎた。昼食からは自重しないと……
途中、イヴリンさんがつばの広い帽子を渡してきた。
「石化病予防のために、直射日光を避けてくださいませ」
「あっ、実は石化病と日光の関係は、いまいち分かってないんです」
「それでもお願いします。もしものときに、悔やんでも悔やみきれませんから」
メリー伯母さんが発症したことに、心を痛めてくれたんであろうことが察せられた。
石化病は誰のせいでもない。
ましてや、イヴリンさんのせいでは決してないのに……
中庭に近付くにつれて、私の心臓の音は次第に大きくなっていった。
いた!
ウィリアム様は先に来ていて、ベンチに座っていた。
けれど、私に気がつくとすぐさま立ち上がった。
第一王子様を待たせちゃうなんて!
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
私は慌てて謝った。
「ぜーんぜんですよ。朝食をゆっくり食べられたってことですよね。昨日よりもずっと元気も出たみたいですし、安心しました」
ウィリアム様が、これでもか! というくらいキラッキラな王子様スマイルを見せてきたので、私の胸はキュンとしてしまった。
「それでは、どうぞ」
そう言うと、ウィリアム様は曲げた肘を私のほうへ突き出してきた。
『どうぞ』って、何のことだろう?
ぽかんとしてしまった。
するとウィリアム様は反対の手で、突き出したほうの前腕をたたいた。
「ここにつかまってください」
「へっ!? なぜ、ですか……?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
それでも王子様スマイルは少しも崩れたりしなかった。
「石畳を歩きます。歩きにくいですから」
「えええっ? 私は大丈夫です。森の中へ木の実や木の子の採集にも行けちゃう、すごく歩きやすい靴を履いてるので!」
「つれないことを言わないで、僕に可愛い女性をエスコートする栄誉をください」
ウィリアム様は私の手首をひょいっと掴むと、自分の前腕につかまらせてしまった。
きゃー! 王子様って、触れていいものなの?
と、ところで、昨日からウィリアム様はちょいちょい軽口を言う人だよね……
それどころか、リップサービスまで……
物語の王子様と違って、とても気安い気がする。
それからは生垣に沿って歩いた。
木々の高さは切り揃えられていた。
咲き誇る花々も、花壇に整然と並べられていた。
「ドワーフ族は、植物を育てて鑑賞する習慣はあまりないんでしたよね?」
「そうですね。森の中に住んでいて、たくさんの草花に囲まれているので、薬草以外をわざわざ育てようと思うドワーフはいません」
私がそう答えたとき、何かが生垣の陰からこっちを覗いた。
いかにも好奇心いっぱいな瞳の男の子だ。
「僕の弟です。昨日からリリーさんと話したくて、ウズウズしてたんですよ。どうやら我慢しきれなくなって、覗きにきてしまったみたいです」
なら、あの男の子が第二王子様ってことか。
「テオ、そんなところに隠れていないで出てきたらいいよ」
ガサガサガサ……
生垣を通り抜け葉っぱだらけになって、第二王子様が登場した。
回り道しないんだ……と思ったけれど、それは黙っておいた。
「はじめまして。僕はテオっていうんだ」
「テオ様ですね。覚えました」
「リリー、これからも僕のことはそう呼んでね」
「はい、テオ様」
テオ様はそれだけのことで、なぜかうれしそうに微笑んだ。
「リリーさん、僕は?」
「へっ!?」
ウィリアム様は、自分の顔を指差していた。
なぜか、その頬はふくれているように見える。
「ウィリアム様……ですよね……?」
「テオドールがテオなら、僕はウィルですよね?」
しまったー! テオというのは愛称だったの? テオ様ではなく、テオドール様?
「も、も、も、も、申し訳ありませんでした! これからは、『テオドール様』と呼ばせてもらいます!」
「えっ、ダメだよ。さっき『テオ』って呼ぶって約束したんだから」
「そうですよ。そういうことではなくて、僕のことは『ウィル』と呼んでください」
この兄弟、王子様のくせに揃いも揃ってどうなってるの? 私は平民のドワーフなんですけど?
「ほら、ウィル、ですよ! ウィル!」
「……ウィル様」
押し切られてしまった……いいんだろうか……
「リリーさん、これからも僕のことはそう呼んでくださいね」
ウィル様は白い歯を見せる。
「お兄様、張り合っちゃって心が狭いなー」
「12も歳下の弟に負けるわけにはいかないよ」
ウィル様はわざとらしく、威張ってみせる。
でも、テオ様の言う通りだと思う。
テオ様はまだ7歳ってことになるから、愛称で呼んでもらいたいという気持ちも理解できなくはない。
問題はウィル様のほう!
4つも歳下の人質? 客人? に、愛称で呼ばれたいものなの?
「あの……ウィル様、」
ウィル様は『うん?』とニコニコ顔を向けてきた。
「そう呼ばせてもらいますので、ウィル様のほうは私に丁寧語を使わないで普通に話してください」
昨日からずっと気になっていた。
私は平民なのにいいのかな? って。
私がウィル様を愛称で呼ぶなら、せめてウィル様にはそうしてもらわないと!
「ええっと……いいのかな?」
「テオ様は最初からそうですよ」
「なら、そうするね、リリー」
最後にわざわざ『リリー』と付け加えてくれたのが分かった。
呼び捨てにしてもらって、ようやくしっくりきた気がした。
テオ様がウィル様の袖を引っ張った。
「お兄様、そろそろリリーにお願いしてほしいんだけど……」
「あ、そうだったね。ちょうどその話をしようとしていたところで、テオが顔を出してきたんだよ。リリー、ドワーフは園芸をしないっていう話だったんだけど、あっちを見てほしいんだ」
ウィル様の指す方角に目をやった。
きれいに手入れされ整えられているはずの中庭にあって、その一画だけが雑然というか、ごちゃごちゃしている。
でも、違和感を感じるどころか、なぜだかとてもよく知っているようで親しみが湧いてくる。
近くに行ってみて、すぐにその理由が分かった。
青や黄色の小さな花は、ドワーフに森のあちこちで咲いているものと同じ種類だった。
それから、喉の痛みに効くハーブに、疲れているときに飲むハーブ、虫よけのハーブ。森に行く度によく摘んで帰った。
「ここはメリー専用の花壇だったんだ」
そうだと思った。
「植物の世話をやってみると面白かったみたいで、メリーはとても大切に育てていたんだ。リリー、この花壇を君に引き継いでもらえないかな? それが昨日話した『お願いしたいこと』なんだ」
「私が世話を? でも何をすればいいのか……」
「僕、メリーのお手伝いしてたから、教えられるよ! だから、一緒にやってほしいな」
ウィル様が私に『テオだけだと心配だからお願い』と耳打ちしてきた。
わー、近いっ、近いっ!
「そ、それならやってみたいですっ。テオ様、ぜひ一緒にやらせてください!」
「うん。雨の日以外は毎日、朝食後にお世話することでいい?」
私は『はい』と返事をして、テオ様と指切りをした。
指を離すと、テオ様がモジモジし始めた。
「リリー、あのさ……」
年相応の子どもらしくて可愛いらしい。
まだお願い事があるのかな?
「どうしましたか?」
できる限り優しい声で尋ねた。妹たちにするみたいに。
「一緒にお花の世話をするからさ、そのあとの授業も一緒に出てほしいんだ……」
テオ様は消えてしまいそうな声でそう言うと、うつむいてしまった。
「授業ですか?」
「テオ、それはリリーだけでは決められないよ。先生の許可も必要だからね。僕から話してみようか?」
「お兄様、それ本当? 絶対だよ?」
テオ様はその場でぴょんぴょん跳ねた。
ウィル様がその隙に小声で話す。
「王族の子どもは個人授業を受けて、国政や外交、その他諸々の将来必要になることを学ぶんだけど……テオは最近どうも授業に身が入ってないらしくて。父上も母上も困ってるんだ。リリーが一緒なら、テオもやる気が出るかもしれない。全部でなくてもいいんだ。リリーが興味のある授業だけでも出席してもらえないかな?」
ウィル様に頼まれると、どうも『はい』としか答えられない。
「ありがとう、リリー!」
ウィル様もテオ様もこんなに喜んでくれるなら、せっかくの機会だしがんばってみようかな。
好きではないはずの(正直に白状すると、むしろ嫌いな)勉強に対して、前向きな気持ちが芽生えた。




