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2. ようこそ、王城へ③

 ドワーフの1日は、太陽と連動している。

 まず日の出とともに起床。朝食と身支度を済ませて、大人は職場へ子どもは学問所へ向かう。そして、日が最も高くなったら昼食を食べ、日が沈めば帰宅して家族そろっての夕食に就寝。

 要するに早寝早起きなのだ。

 その生活リズムは、私の身体にもしっかりと染み付いていた。

 それと、昨日は感情が乱高下したせいで精神的に疲弊してしまった。絶望したり緊張したり、そして胸が高鳴ったり……

 だから昨日は窓の外が暗くなると同時に、強烈な眠気が襲ってきた。

 イヴリンさんはそんな私に、すぐ気がついてくれた。軽食を運んで食べさせてくれた上で、寝巻きまで持ってきてくれたのだ。

 用意してもらった部屋には、天蓋付きのベッドがあった。

 イヴリンさんがカーテンを閉めたら現れたその小さな空間は、私だけの秘密基地みたいで、気持ちを落ち着かせてくれた。

 ふかふかなベッドに横になったら、たぶんおやすみ3秒で、夢も見ないほどの深い眠りについてしまった。

 寝付きはいいほうだと思うけれど、気絶するように眠ったのはこれが初めて。


 天蓋のカーテンは薄いから、窓から朝の光が差し込んでいるのが分かった。

 朝が来たんだなと思った。

 けれども、体は全く動かない。

 まぶたを閉じたまま、今日の予定を思い出そうとした。

 今日は何を製作する予定だったっけ……

 そこでようやく、はっとした。

 そうだ、私はもう細工師じゃないんだった……

 そう思ったとき、自分が真っ暗な穴へ真っ逆さまに落ちていくような気がした。

 でも、これは私自身が望んだこと。

 もしも私が人質の役目を果たせなかったら、家族の誰かが私と代わらないといけないのだ。

 しっかりしなくっちゃ!

 ようやく目が覚めて、ゆっくりなら体を起こせるようになった。


 絨毯の厚みを素足で感じながら、窓のそばへ移動した。

 窓はドワーフの森とは反対の方角に面していて、今まで見たことのなかった景色が広がっていた。

 点在する町や村、そして農地……

 窓の左端、北の方角には立派な山が見える。

 私は長いこと、その景色を眺めていた。

 ふと真下に目をやると中庭が見えた。

 その瞬間、ウィリアム様との約束を思い出した。

 一緒に散歩をするんだった!

 その場でじっとしていられなくなってしまい、ベッドにダイブして、枕に顔を埋めた。

 今日は上手く話せるかな……

 あの優しい声が聞こえてくるような気がして、足をバタバタさせた。


 けれど、聞こえてきたのはドアをノックする音だった。

 私は即座に足を動かすのを止めた。


「おはようございます。イヴリンでございます。朝のお支度をお手伝いしに参りました。中へ入ってもよろしいですか?」


「は、はーい」


 私は慌てて、ベッドの縁に行儀よく座った。

 イヴリンさんは入室すると、私のそばに寄り、顔を覗き込んだ。

 何だろう……ま、まさか、ベッドの上で大騒ぎしてたのがバレてるとか?


「顔色がよくなりましたね」


 ほっ、単なる体調確認だったんだ。


「お着替えをお手伝いいたします」


「ええっ? 手伝うって何を?」


「ですからお着替えを」


「小さな子どもはないんで、ひとりで着替えられます! むしろ簡単な服なんで、手伝ってもらえることがないですっ」


 パーテーションの後ろに隠れて、急ぐ必要もないのに大急ぎで着替えた。

 ワンピースは昨日着たから、今日はつなぎ服を着た。


「そのお召し物は、ドワーフの民族衣装でしょうか?」


 民族衣装といえば民族衣装……?


「ええっと、これは作業服のようなもので……」


「それも大変動きやすそうでいいですが、スカートは昨日の1着のみですか? 何着かドレスもお作りしましょう。手配いたします」


 ど、ドレス!?


「それって王妃様が着ていたような……?」


「申し訳ありません。あれほど豪華なドレスではなく、もっと簡素なものになります」


「そ、それはもちろんなんですけど……でも、私にドレスなんて必要ないですっ。第一、ドレスの代金をお支払いできません!」


 お父さーん! そういえば私、お金持たせてもらってないよー。


「その心配は要りません。リリー様に不自由なく過ごしていただけるよう、私が必要と判断したものは全てご用意するように命じられております」


「ドワーフの人質にドレスなんて、もったいないです! そのイヴリンさんが着ているようなワンピースも動きやすそうだし、そういうので充分です」


「リリー様、」


 イヴリンさんは、静かにピシャリと言った。


「リリー様が望む望まないに拘らず、城内に留まらなければならないという点では、確かに人質なのでしょう。しかしながら国王陛下からは、『ドワーフ族よりお預かりしている大切な客人』としてお世話するよう、言い使っております」


「客人……?」


 何それ……

 頭が追いつかない。


「メリー様に対してもそうでしたが、王族の方々、そして私を含めこの城で働く者全員がお客様だと思っております。リリー様も、そうご理解ください」


 たぶんイヴリンさんには逆らわないほうがいい……

 こういうときの私の直感は高確率で当たる。


「髪をとかして、まとめますね。お支度が整いましたら朝食です。本日からは食堂でお願いいたします。朝食後、第一王子殿下と中庭を散策する予定になっておりますので、しっかりと召し上がってくださいね」


 朝食……

 昨日はこの部屋で軽食だけ食べて眠ってしまったんだった。

 王城の食堂で提供される食事は、どんな感じなんだろう……

 お父さんは何て言ってたっけ?

 確か『上品で繊細な……かぶりつけないような食事』って……

 不安がドドドッと押し寄せてきた。

 『ルールとマナー』の本の中で、食事マナーについてはどう書かれてた?

 ううっ、緊張で何も喉を通らないかもしれない……


 それでも、イヴリンさんに案内されて食堂の席についた(私はイヴリンさんには逆らわないでおこうと決めた)。

 廊下を歩いているときから、パンの焼ける香ばしいにおいがしていた。

 それまで全く食欲を感じていなかったはずなのに、そのおいしそうなにおいに鼻腔をくすぐられた途端、お腹が騒ぎ出した。

 これなら食べられそう。

 イヴリンさんは食堂の壁際に立ち、食事のサーブは別の人がしてくれた。


「お好きなパンを選んでください」


「ええっと……これを……あっ、でもそっちもおいしそう……」


「両方召し上がってください。残してもいいですから」


 そう言って、どちらもお皿に乗せてくれた。

 うれしい(でも、残すのはいけないと思う)!

 手を合わせたら、パンにかぶりつかず、小さくちぎって口に入れた。

 ふわっと小麦の香りが鼻に抜けた。

 焼きたてパン、最高ー!

 たっぷりジャムを塗るとまた格別だ。

 お父さん、かぶりつかないでひと口ずつ食べるパンもいいものだよ!

 ふわふわのスクランブルエッグも、カリカリのベーコンも、シャキシャキなサラダも……あっという間にお腹の中に納まった。

 チーズにいたっては、薄い黄色とオレンジ色の食べ比べまでして楽しんでしまった。


「パンのおかわりはいかがでしょうか?」


「ありがとうございます。いただきます」


 うはっ、ちゃっかりおかわりまでしてしまった(残す心配なんて不要だった)!

 今度はバターをたっぷり乗せた。

 まだ温かいパンの上でスーッと溶けて、また食欲をそそるにおいがした。

 最後に瑞々しいフルーツと、紅茶まで頂いた。

 ふう、しあわせ。

 これの一体どこが『緊張で何も喉を通らないかもしれない』だ。

 自分のことながら笑ってしまった。

 おいしい食事でお腹がいっぱいになるなら、私はどこでだって生きていける。そんな気がした。


「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです!」


 王城に来てから初めて、お腹から声を出せた。


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