プロローグ
無数にキラめくシャンデリアの光の粒が、王子様、そして私の頭上へと降りそそぐ。
「フルオーケストラにはほど遠いんだけど……」
王子様は申し訳なさそうだけれど、カルテットでも充分だ。
ふたりだけのプレ・パーティー。
こんなことってある?
人質として、王城に来たはずなのに……
「リリー、踊ろうよ」
「えっ、踊り方が分かりません!」
社交ダンスなんて、私はとてもではないけれど踊れない。
王子様だって、そのくらいのことは分かっていると思うのに。
「ドワーフの踊り、僕も少しだけ踊ったことあるよ」
そう言って、王子様が1、2、3のリズムに合わせて、床を踏み鳴らしたり、ジャンプしたりしてみせた。
そういうこと!
「私たちの踊りに、きちんとしたルールなんてないんですよ。ただリズムに合わせて体を動かして、手拍子足拍子を取るだけで……」
「自由でいいよね」
王子様が踊るのを見ていると、自分の身体がウズウズしてくるのを感じた。
「ほら、リリーも」
そう促されたら、自然と私の手は鳴り、足はステップを踏み始めた。
気づいたときには、王子様と視線を合わせながら踊っていた。
広い会場で踊っているのは私と王子様だけ。
「僕はリリーのことを人質でなくして、自由にしたいと思ってるんだ」
「今だって、実質は全然人質じゃないですよ」
「そうかもしれないけど、名目上もね」
「あっ、私のことをドワーフの森に帰したいってことですか?」
心拍数が上がっているのは、踊りのせいではなかった。
森に帰ればまた家族と暮らせる。
けれど、王子様とはお別れ。きっと会うことは二度とない。
それは嫌です!
声には出さず、代わりに王子様の瞳を見つめて懇願した。
王子様はそれを勘違いしたらしい。
「あー、期待させてごめん。そういう意味ではなくて……もっと真っ当にっていうか、人道的な手段でリリーをこの城に住まわせたいんだ」
想像もしなかった答えに頭の中は混乱した。
「ええっと……結局この城には住み続けるんですか? だったら、今と何が違うんですか?」
実質だけでなく名目上も自由に、けれど王城には住む……?
「リリーはまだ分からなくていいよ。そのときが来たらで。僕が勝手に画策するから」
「はあ……」
王子様とこのまま一緒にいられるなら、どんな名目だって構いません。お任せします。
そう思っている自分に気がついて、慌ててかぶりを振る。
貴族でも何でもない私が王子様と一緒にいられるのは、私がドワーフ族の人質だからだ。
人質でなくなったら、いくら王子様でも私を城に置いておく理由がない。
身のほどを弁えないと……
だけど、今だけ……今だけは!
王子様とふたりきりのこの時間だけは、そのことを忘れていたいと願った……