堀埋められてる?
堀埋められてる?
金曜日、少し早めに受付に着いた頃、朔が顔を出して
「おはようございます、凛々今晩ご飯食べに行こう、なんか予定ある?」
「ないけど毎週連れて行ってくれなくても大丈夫だよ」
「んっ?だったら来週は凛々がご飯作ってくれる?」
「そんなことはお安い御用だよ、朔は実家暮らし?」
「ううん、家は出て病院近くのマンションだよ」
「ちゃんと自炊してるの?医者の不養生とかダメだからね」
「不養生です、ご飯作って下さい」
「仕方ないなぁ、何を作るか今夜決めよう」
「はーい、終わったら迎えに来るね」
「従業員出入口でいいよ」
「分かった、凛々この間のお呪い言ってくれない?」
私は朔の両手を取り自分の両手で包み込むようにして
「貴方のチカラが患者さんを救う、気負わず頑張って」
先週、手術前にそう言ったら力が湧いて来たらしい、お呪いとはちと違う気もするが力が湧くならいいか。
「よし!平常心で頑張ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
離れて行く背中を見ながら自分も気合を入れて事務所に入ろうとしたら何処にいたのか眼福トリオが
「今のお呪い俺たちもやって欲しい」
「でも、手を握るのは朔に殺されるよ」
「凛々さん、そのお呪いで俺たちの背中を叩いてよ」
「えーっ!先生たちまで何ですか」
「頼むから気合入れて」
「やってあげたら?凛々さん」
出勤して来た瞳さんや看護師の皆さんがいつの間にか周りで見ていてそう声を掛けて来た。
「分かりました、今日だけですよ、背中を向けて下さい……、安河先生のチカラが患者さんを救う、原田先生のチカラが患者さんを救う、有村先生のチカラが患者さんを救う」
一人ずつにそう声を掛けて背中を叩いて気合入れた。
「気負わず平常心でいってらっしゃい、先生方」
拳を突き上げ三人は去って行った。
なんか朝から疲れた。
朔と待ち合わせた従業員出入口へ向かう途中、看護師の宮川さんに声を掛けられた。
「凛々さん?ごめんね、馴れ馴れしくてだけど皆んなそう呼んでるから良い?」
「皆さんが?良いですけど私、そう呼ばれてるんですね」
「だって、長良先生の大切な恋人で眼福トリオが護衛隊なんてさ、憧れの人を見る感じで親しみを込めて呼んでるよ」
「憧れって!」
「ホラっそこ、長良先生と待ち合わせなんでしょ!凛々さんを見る目が先生とは思えないほど優しいね、ほのぼのしちゃう、またね凛々さん」
手を振って去る彼女の後ろ姿に心の中で突っ込んだ。
(朔は残念だけど彼氏じゃないからぁ)
「凛々?どうしたの?」
「朔、皆さん勘違いしてるわ、私が貴方の彼女だって、ちゃんと訂正しないと貴方の本当の彼女さんに申し訳ないよ」
「凛々ちょっと待って、その話は後でするから車に乗って」
手を引かれ彼の車に乗る。
何という車なのか分からないけど黒い4WDの大きな車でこの前は付いてなかったステップが助手席に付いていた。
「あれ?こんなステップ付いてなかったよね?」
「うん付けた、凛々が乗りやすいようにね」
「ありがとう、確かに楽だね」
「でもさ、ココに座るのも申し訳ないのが本音、朔の彼女さんに悪いなぁって」
「凛々、俺の彼女さんって?」
「いるでしょ!それだけカッコいい朔なら」
「俺をカッコいいと思ってくれるの?」
「何言ってるの、腕の良い外科の先生で笑顔の素敵な優しい人がカッコ良くないわけないじゃないの」
「俺優しくないよ、患者さんと凛々限定だから」
「えっ?」
「凛々、再会した時に言った、俺の命は凛々のもの、これからの人生掛けて凛々を守らせてって…だから俺の彼女は凛々だよ」
「そうなの?あれはそういう意味だったの?」
「凛々は俺が嫌い?」
「ううん、好きだよ」
「男として好き?」
「それはまだ分からないけど」
「良かった、凛々に嫌われたら俺生きていけないから少しずつでいいから俺のこと男として好きになって」
「やめてよ、生きていけないとかダメ!朔は朔の為に生きてってお願いしたよ」
「俺の為だと思うなら俺に愛されて下さい、生涯大切にするから」
「朔……、あぁ、そういえばそんなことお父様が言ってたような……」
「親父?親父に逢ったの?」
「昨日の帰り間際、院長室で」
「なんか言われた?酷いこと言う人じゃないけど」
「息子を私たちの元へ返してくれてありがとうって頭を下げられちゃった、そんな大層なことしてないのに」
「凛々は俺にあれからの人生をくれたんだ、あの時自分の居場所なんかどこにもない、誰にも必要とされないって荒くれてた心を抱き締めて優しく包んでくれた貴女は俺の生きる希望だから……そう何度も家族に伝えて来たから大層なことなんだよ」
「そっそんな風に話してくれてたの?だからお父様は朔を応援しますって?」
「うわっ、親父応援してくれてるんだ、益々頑張らないとね、凛々に男として認めてもらえるように」
その後連れて行ってくれた和食の味なんて何も覚えてないくらいビックリしてしまった。
(どうしよう、朔んちでご飯作る約束)
食べたいものを考えて日曜日に伝えるからデートしようと無理矢理誘われてしまった。
材料の手配は朔がするから水曜日の夜までに知らせてねとウィンクされてドキドキが止まらなかった。
男として好きとか以前に朔はカッコいいし、ふと見せる仕草が艶があるのに男っぽいんだから堪忍して。