閑 話 〜安河正樹〜
閑 話〜安河正樹〜
凛々さんが辞めてから張り合いがないとは口が裂けても言えない、従兄弟の彼女で嫁になる人だから。
正直、見てくれも良く大病院の跡取りで自分で言うのもなんだが性格も悪くないと思う。
だから女性は向こうから寄って来るので自分から追いかけたことがない。
好みも何も考えたこともなかったし、朔が唯一無二の女性なのだと必死に探し回っていた時もそこまで夢中になれるのが少し羨ましいくらいのものだったが。
朔の探していた相手はほんわかした雰囲気を醸し出しながら芯は強く逞しくとても優しい女性だった。
こんな女性に逢ったことがなかったので従兄弟の想い女と知りながらどんどん惹かれてしまったのだ。
彼女は紆余曲折を経て朔と結婚して更に夢を叶えるべく間もなく国家試験を受ける。
あの歳で腕のとても良い外科医が旦那にいるのだから落ちることはないだろう、受かったらうちへと誘ったが朔がガッチリガードしているからまぁ無理だな。
俺のお蔭で踏み出す勇気を持てたくせに朔は凛々さんのこととなると独占欲丸出しで向かってくるからタチが悪い。
最早ルーティンとなった始業前の受付への顔出しで事務の人たちとのコミュニケーションが上手くいっているのは凛々さんの置き土産だな。
そんなことを考えながら受付前を通ろうとした時、美香さんに声を掛けられた。
「おはよう御座います安河先生、先生、凛々さんがいなくなってから元気がないですね」
「そ、そんなことないと思うけど…」
「例のお呪いをしてくれる人がいなくなったからですか?」
「えっ?あっ、うんそうかもしれないなぁ」
「眼福トリオのリーダーなんですから元気な顔を見せて下さいね」
「眼福トリオ?」
「先生と原田先生、有村先生の三人は女子職員からそう呼ばれてるんですよ」
ウィンクされてこそばゆい、気付けば俺は
「元気に頑張れるように美香さんがお呪いをしてくれよ」
「私がですか?分かりました、背中を向けて下さい」
彼女に背中を向けると
「安河先生のチカラが患者さんを救う、今日も気負わず頑張って」
そう言うと力一杯両手で叩かれて悶えてしまう。
「痛いよ、美香さん」
「今の安河先生はちょっと腑抜けですからね、それくらいで丁度良いですよ、さっ!周りを魅了する優しい笑顔で頑張って下さい」
そう言うとヒラヒラ手を振って奥に入って行った。
細身の身体のどこにあんな力があるのやら?
口を尖らせてるところも屈託なく笑うところも妙に気になる女性だと思った。
彼女が正樹の唯一無二の女性なのかは神のみぞ知るなのだが……神は以外と男女の仲を取り持つのが好きかもしれない。