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タイマン

作者: おすし

 日が傾き、きれいなオレンジ色に染まっている。賑わう大通り沿いで人に当たらないように気を付けながらいつもの帰り道と少し違う道を行く。

 今日は寄り道をしよう、と決めたのはたまたまだった。少し細い路地を右に曲がり、少し歩く。だんだんとその目的地は見えてきた。

 こじんまりとした店内は木目調のデザインで、軒下にいくつかの雑誌がたてかけてある。押し扉から店内に入る。夏の暑さから解放され、クーラーの涼しい風に混じって印刷されたインクのにおいが漂ってきていた。自分のなかで寄り道というのは、この小さな書店に行くことだった。



 目の前に積まれた最新巻を手に取りパラパラとめくっている。書かれてある話はよくわからないが、きれいなイラストにきれいな文章が描かれていた。

 ほかにも興味のある本棚を行ったり来たりして、ぐるりと一周する。小規模な店舗ながら、ポップや並びに気を使っていているところが、結構好きだ。

 自分は一番最初の場所へもう一度戻った。再びその本を手に取り、レジへ向かう。結局気に入ったのはこの一つしか見つけられなかった。若者向けらしい。青春と書かれた帯は、自分には縁遠い世界に感じられた。

 レジに向かい、会計を済ませる。

「762円なります。カバーはお付けしますか?」

「はい、お願いします」

 会計を済ませて店員さんが差し出してくれた本を受け取る。そのまま手にもって店内へ出た。

 再び湿気の含んだ空気が身体にまとわりつく。夏場の夕方はまだ暑い。帰路につきながら買った本を眺める。少し行儀が悪いけれど、ちょっと読んでみよう、と思った。二宮金次郎像になりきって、読み始める。タイトルと作者、表紙の絵を書いた人たちの名前が連なる。その名前の欄をさらりと眺める。

 著者の名前の欄には聞いたことのない名前が連なっていた。その後ろに追加されている文字を見る。

 名前の後ろにはfrom Novel AIと書かれていた。イラストの方にも、名前と一緒にfrom illustration AIと書かれている。

「AI作品か」

 思わずつぶやく。少し顔をあげて夕日に焼かれる街並みを見る。買い物袋を下げた女性や、暑そうにワイシャツをぱたぱたとしている男性、遊びから帰る子供たちがいた。よくある2階建ての住宅、滑り台やブランコが設置してある公園。コンビニやスーパーでにぎわうこの街は普通の街そのものだった。そしてこの手元にある本を眺める。これもいつも通り、AIが書いた作品だった。



 自分が生まれたとき、対話形式のAIが流行していたらしい。思いのほか高性能なものがインターネットを通じて現れたことによって、世間では仕事をとられるんじゃないかなんて噂がたちこめていた。

 しかし、世間とは裏腹にAIが真価を発揮したのは娯楽のほうだった。絵、小説、音楽、様々なAIが発達した。最初こそ手の形がおかしいとか、誰かの文章の流用だと騒がれていたが、流石は人工知能といったところか。何千何万と作品を学習していく事に人が良いと感じるパターン、物語の展開、キャラクターの良さといった部分を学習していき、ついに人の届かない場所まで到達していた。チェスや将棋の人工知能がプロに勝ったように、AIが人よりいい作品がつくれるようになってしまったのだ。そしてそれに気が付いた人類は創作から手をひき、AIのものへと変化していった。



 パタリと本を閉じる。カツカツと黒板にチョークの音が響く。教科書に隠れて文庫本を読んでいた自分は、あくびを噛み殺す。買った本の要約はだいたいこんな感じだった。昨日の夜から読み続けたからか、瞼が重い。5時間目の授業時間は、高校生にあがっても眠たいことに変わりはなかった。

 しばらく退屈な授業を受けたあと、チャイムがなった。帰り支度を進めて教室を出る。

 各々部活動や帰路へ向かう中、自分は日の当たらない北側の校舎へ向かう。一つ階段をおりて、右手側に進み、2つ目の教室の扉に手をかけた。

 ガラリと扉が開かれる。そこには古く使われなくなった机が後ろにぎゅうぎゅうに詰めてあり、今ではもう使われていない教室だということがわかる。中央には学校に不釣り合いなちょっとよさげなソファとそれにぴったりとあった4つ足の机がおかれてある。上には湯気の立ち上る湯呑がおかれてあり、少しばかりのお茶菓子がおかれてあった。

「こんちは」

 短く挨拶を交わした。

 原稿用紙のページをめくる音が聞こえる。聞こえなかったのか、集中しているのか、僕には目もくれない。彼女の長い白髪が息遣いに合わせて小さく揺れる。神秘的、というべきなのだろうか。そこだけまるで肖像画の絵を切り取ったように本を読んでいた。その肖像画の中の人物は、部活動の先輩というには少しきれいすぎたように感じた。

 座るソファの対角線におかれた教室で使うような木の椅子に腰かけて、カバンの中から文庫本を取り出して読み始める。

 ここ文学部は、だいたいこんな感じで活動をスタートされていた。



 しばらくして、んんっと先輩はのびをしてパタリと本を閉じた。

 そしてふぅ、と息をはいてこちらをみるやいなや、

「うおぁぁぁっ!? いつからここに……!」

 素っ頓狂な声をあげて両手で臨戦態勢のポーズをとる先輩。

「結構前からいましたよ」

「声かけてくれればいいのに……めっちゃびっくりしたよ」

 自分だとわかったとたん、先輩はだらーんと机に突っ伏して力が抜けていた。

「先輩ってなにか読んでると近寄り難いですね」

「ええ、そうかな。普通だと思うけど」

 先輩は結構気さくな人だが、本を読んでいるときは少し近寄り難い雰囲気があった。普段ではあまりこういう雰囲気は見せないからか、友人と呼べる人は少ないらしかった。

「なに読んでいたんですか?」

「ふふふ、じゃーん」

 自分の方へ差し出された紙の束を受け取る。

「……これは?」

「書いてみた」

「書いてみた?なにをですか?」

「小説を」

「ええっ小説を書いたんですか?」

 にこりと笑顔を返された。

「今時珍しいですね。自分で小説を書くなんて」

 今日の朝読んだ本にも書いてあったが、AIの方が面白くなってしまった今、小説を書く人や絵を描く人はめっきりいなくなってしまった。

「読んでみてもいいですか」

 少し興味があった。人が作る作品に。自分たちの世代はもちろん、親ですらAIが作った作品しか読まずに育ってきた。生身の人間が書いた作品というものに触れるのは、初めてだった。

 原稿用紙をペラペラとめくっていく。その小説はどこかでみたことあるような話を少し変えたような、よくある話だった。しかし、なぜか自分はその文章にぐいとひかれた気がした。表現力は乏しいし、展開もありきたり。面白い要素はぶっちゃけないと言ってもよかった。でも、この小説には魅力があった。

「どう? 面白い?」

 不安げに見つめ返す先輩に、感想を述べる。

「ぶっちゃけ面白くないです。展開も文章も。ここなんか、2回同じ表現使いまわされてて違和感だし」

「だよねええええ」

 うおおおお死にたい、と先輩はのたうち回る。

 自分はそこでずっと引っ掛かっていた疑問を聞いてみた。

「どうして、AIを使わなかったんですか?」

 AIを使えばもっと面白い、もっとうまい作品が作れたはずだ。視点や発想は悪くなかったから、きっとこの話を面白く補完してくれたはずだろう。

「んー……」

 先輩はまたしても顎に手をあてて頭をひねる。

「なんか、どうしても自分で書いてみたくて」

 ぽつりぽつりと考えたことを言い始めた。

「今の小説ってすごく面白いし、飽きないし、とてもいいと思うんだ。だけど、私は誰かが書いた作品を読みたい。私がなにかを書きたい。誰かになにかを伝えたい!」

 そういって目をキラキラとさせる。

「そう、誰かになにかを伝えたい! 創作ってそうあるべきだと私は思う!」

 こぶしを握り締めてはじけそうな笑顔でこちらを向く。誰かになにかを伝えたい。きっとそこに自分はひかれたのだろうか。それとも、この先輩自身の魅力にひかれたのだろうか。

「自分も書いてみようかな……」

 思いがけない言葉が口からこぼれていた。それを聞いた途端、先輩はぐいっと顔を近づけてまくしたてた。

「書こう、書くべき、書くべきだよ! 私も君が書いた作品を読んでみたい!」

 読んでみたい、と言われてまだ書いてもいないのに嬉しくなる。こういう好きなところに真っすぐなところに自分はひかれているのかもしれない。自分は、この先輩のことが好きなのだと気が付くのに時間はかからなかった。



 期限は一週間、来週の水曜日までと言われた。いきなり小説を書くことになった自分にそんなに早くかけるかと訴えたが聞いてもらえなかった。

「小説か……」

 帰り道、自分は今まで読んできた数々の本を思い出す。無理だ、と口では訴えたものの、実は少しできる気がしていた。

 自分は結構小説が好きでよく読んでいた。(だから文学部にいるわけだが)その真似をすればいい、と考えれば案外いけるという確信があった。

 早速家に帰り、パソコンを開いた。文章ソフトを開き、さて、書くぞと意気込む。カタカタと文字を入力しては消し、入力しては消しを繰り返していく。

 2時間ほどパソコンの画面と向き合って自分はとんでもないことに気が付いてしまった。

「……書けない」

 一言も書けなかった。面白いぐらいに書けなかった。

 キャラクター、構造、ストーリー、すべてこうやったら面白そうだとか、こうやってみようとか、発想は頭の中にすべてある。だけど、書けないのだ。このもどかしさがずっと続いていった。


 火曜日になった。もう明日には提出という段階でなに一つと書けていなった。あきらめてしまおうかと思ったが、あまり先輩を悲しませたくなかった自分は、最後の手段に出ることにした。

 学校が終わり部室にはよらずに真っ先に家に帰る。そして、パソコンを開き、立ち上げたのは文章制作ソフトではなく、インターネットブラウザだった。検索欄にNovel AIとうちこみ一番上にでてきたリンクをクリックした。

 そこにはいくつかの単語や文章から自動で文章を制作してくれるものだった。自分は特に何も思いつかなかったので、自分の名前を入れてみる。するとみるみるうちに文章が制作されていった。3分ぐらいだっただろうか。連なる文字列はざっと原稿用紙5枚ほどの短編から中編の小説が出来上がっていた。

 マウスのスクロールを下げて読み始める。

 最初はさらさらと斜め読みしていたが、だんだんと深く虜になっていった。この小説はとても面白かった。ざっと一時間ほどかけてじっくり読んでしまったせいか、どっと疲れが立て込んできた。

 途端自分のやっていたことがバカらしく思えた。この一週間、なにを書こうとしていたのかと。だいたい、おかしな話だった。そもそも小説を書くといったらAIを使って書くことを今は意味するだろう。こんなに面白いものが、こんだけすぐでてくるのであれば、自分が書く必要はないはずだ。なんと意味のないことをやっていたのだ。

 自分はこの完成された小説をもって、学校へ向かった。



 授業が終わり、いつもの部室へ足を運ぶ。ガラリとドアを開けるとまた、ソファで本を読んでいる先輩がいた。今度はちゃんとした文庫本だった。

 本を読んでいる先輩はいつも神秘的だったが、今日はいつもより少し寂しげに感じられた。

「悲しい本でも読んでるんですか?」

 先輩に声をかけて向かいの椅子に腰掛ける。

 先輩は顔をあげてこちらを見る。黒い瞳がこちらを覗き込んではて、と首を傾げた。

「どうしてそう思ったの?」

「いや……なんとなく」

 本のタイトルはいつものようにブックカバーで見えなかったけれど、そんなに悲しい内容だったのだろうか。

「そんなことより、書いてきた? 小説!」

 ぱっと明るい声になり表情もコロコロと変わる様子が可愛らしかった。

 少し時間を作って印刷してきた原稿を手渡した。賞状でも受け取るかのように両手で受け取る。

「……よんでもいい?」

「まあ、はい」

 印刷された原稿用紙をペラペラとめくっていく。真剣に読む姿はやっぱり綺麗で、見惚れてしまうほどだった。

 しかし、ページをめくるごとにだんだんとさっきの悲しそうな表情になってきていた。

「そんなに悲しい話ではないと思うんですけど……」

 そういうと、ごめん、と呟いて俯いてしまう。

「……これ、君が書いたものじゃないよね」

 黙り込んでしまう。確かに自分で書いたかと言われると怪しい。だがAIを使って自分が書いたことには変わりはなかった。

「……まあ、AIを使いましたけど」

 そこからは意地になった子供みたいに話し続けた。

「だいたいほら世の中これ使って書いてる人の方が多いしそれで面白いものがたくさん出てくるからいいじゃないですか。先輩だって面白い話が読みたいでしょ。だからこれがいいかなって思って」

 早口で捲し立てた俺はそこで、先輩を見てハッとした。

 少し俯きがちに笑っていた。

「やっぱり、意味ないと思う?」

 先輩の言葉がポツリポツリと漏れ出す。

「いやー、私もそうかなぁって思ってたんだよねぇ。やっぱりそうだよね。意味ない、よね」

 やってしまった、と心の中で思う。ひどいことを口ずさんでしまったと。

「ごめんごめん、やっぱか面白くないといけないよねぇ、その点で言えばこれはとっても面白い!」

 先輩はすぐに表情を変えて明るく振る舞う。それが自分にはとても痛々しく感じた。きっと気を遣っているのだろう。その日はなにも頭に入ってこなかった。



 家に帰って自分のもってきた小説を見る。とてもよくできてるし、面白い。ただ、それが自分の言葉かと言われたら全くもって違った。ベットに横になり枕に顔を埋める。先輩が言っていた言葉を思い出す。

「誰かに何かを伝えたい」

 自分は結局なにかを伝えられただろうか。先輩に少しでもいい人と思われたいと強がって出したあの作品は、先輩に伝わったのだろうか。

 絶対に伝わっていない。

 もう一度だけ書いてみよう。自分も誰かに何かを伝えたい。先輩のことを想って書いたことをちゃんと伝えたい。伝わって欲しい。

 ガバッと勢いをつけて立ち上がり、パソコンを開く。次こそは自分の言葉でちゃんと伝えるんだ。繋いである有線を引っこ抜き、文章ソフトを立ち上げた。



 気がつくと夜が明けていた。目の前にはびっしりと文章が書かれていた。意識が朦朧とする。不思議なものだった。自分の抱えているものを全部吐き出した気がした。

 ふらふらになりながら朝の支度を済ませて学校へ向かう。授業は全て爆睡していた。



 放課後、部室へ向かった。まだ眠気の残る目をこすりながら印刷された数枚の紙束を先輩の前に置いた。

「……書きましたよ、先輩」

 この手で、と力強く目をみていう。

 先輩は最初なんのことかわかっていなかったようだった。

「……なにを?」

「小説をですよ!」

 少しテンションがおかしくなりながら突っ込んでしまう。それを聞いて驚いた先輩は驚いた顔からみるみるうちに輝くような笑顔になっていった。

「書いたの!?君が?」

 こくりと頷き返事を返す。うおぉぉと謎の声を上げながら少ししかない紙束を大事に受け取る。

「読んでもいい?」

「お願いします」

 そう言って先輩は小説を読み始める。先輩の真剣に読んでいる表情を見る。その表情は悲しくなることはなく、だんだんと嬉しそうになっていった。

 実際はほんの15分程度だったのだろうが、2時間ぐらいこの状態でいた気がする。

 読み終えた先輩の表情はとびきり輝いていた。

「どうでした?」

 うんうん、と頷いて最初の感想を述べた。

「ぶっちゃけ面白くないです。展開も文章も」

 低い声と決め顔で先輩はいう。

 ポカンと口を開けてしまう。

「文も読みにくいし、表現とかズタズタだし、なにがいいたいのかわかんない」

 急に死にたくなった。

「でも」

 先輩は言葉を続ける。

「でも、めちゃくちゃいいと思う! 私には何を伝えたいのかわからなかったけど、なにかを伝えたいことはわかった気がする」

 黒い瞳がキラキラと輝く。

「だから、もっと書いて欲しい。もっと読みたい」

 白い髪がふわりと動く。

「私と一緒に、小説を書こう!」

 そうして微笑む先輩を見る。自分の思いはきっと届かなかったのだろう。伝わってすらいない。だから僕はまだパソコンに向かう。書き続ける。自分の文章じゃ表現できなかったあなたの魅力を書き連ねるために。

「それじゃあ、今日も部活開始だね」

 原稿用紙に赤を引いていく。どんどんと増える赤色に思わず苦笑してしまった。



「ところでさ」

 先輩が声をかけてくる。

「この君が書いた小説なんだけど……」

 中央の長机に、先輩が閉じた本がおかれている。普段となにも変わらないこの状況で、ただ一つ違ったのは、著者の欄には有名な人の名前が書かれているだけだった。

「これ、AIの要素いる?」

 俺は叫んで死にたくなった。どうやら、僕の小説はまだまだ上達が必要らしい。

 こうして僕の最初の小説は先輩のために書き、先輩にダメ出しをされて幕を閉じたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] AI、確かに脅威ですよね。私自身、このまま書き続ける意味があるのか疑問に思い始めています。考えさせられるテーマでした。
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