第98話 手を握りに?
父さんの言葉が終わると同時に、みんなは改めて持ち場についた。
「へん、後悔するんじゃねえぞ。お前たち行け!」
盗賊たちが馬に乗ったままこちらに駆けてくる。
戦闘開始だ!
父さんが急いで柵の中に入り、アラルクたちはすぐに飛び出せる位置で剣を構え、クロスボウ隊は私とパルフィ、ルーミンとジャバトに分かれて柵のすぐ内側に陣どった。
「ほい、ソル」
パルフィから渡された毒矢をクロスボウにセットし、盗賊を待つ。
もう少し……入った!
「ふぅ……」
一息ついて、狙いより左に向けて引き金を引く。
矢は予定通り少し右寄りに飛んで…‥
怒声が響き渡る中、トスっと音が聞こえた気がした。
「うっ! く、クソ! どこだ! うぅっ……」
「当たった! ソル、やったぜ!」
先頭にいた盗賊は右腕に刺さった矢を外そうとしていたけど、そのままバランスを崩して馬から落ちた。
どうかな……立ち上がったらもう一発。いや、動かなくなった。よし、毒が聞いているんだ。
お、すぐ後ろを走っていた盗賊も同じように馬から落ちてもがいているぞ。ルーミンが仕留めたみたい。
これで、あと8人。
「な、なにが起こっている?」
初めて見るクロスボウの威力に盗賊たちは混乱している様子。
「固まるな。散れ!」
盗賊がばらけようとするけど、そこも射程の中。
パルフィから次の矢を受け取り、同じように放つ。
「あっ!」
しまった。狙いがズレた……
「ヒヒーン!」
矢は盗賊の方に行かず、馬の足を掠めて地面に突き刺さる。
「こ、こら、しっかりしろ! うわぁ!」
ふらふらになった馬から盗賊が振り落とされた。そうか、クマに効くんだから馬だって普通じゃいられないんだ。
「お、今だ、早く!」
パルフィが新しい毒矢を渡そうとするけど……
「ゴメン、なんだかうまく持てなくて……」
さっきから手の震えが止まらない。
「あいよ、あたいに貸しな」
パルフィは私から受け取ったクロスボウをぱっと構え、立ち上がろうとしている盗賊に向けて矢を放った。
「よし!」
背中に矢を突き立てた盗賊は二、三度跳ねて動かなくなる。
「う、うわ……これは堪えるな」
パルフィと二人で盗賊だったものを見つめる。
「いけねえ。せめてあと一人は倒さねえと、アラルクたちが苦労しちまうぜ」
パルフィは再びクロスボウを構え、こちらに向かってくる盗賊に向かって毒矢を放つ。
「ちっ! 思った通りに撃てねえな」
「でも、掠めたよ。ほら」
パルフィが狙った盗賊は、のどを押さえて苦しみだした。
「よし! ソルたちがやってくれたぞ。後は私たちの番だ!」
父さんたちが飛び出して行った。
私たちの役目は終わりだ。
ふぅ……
「へへ、やったな」
「うん」
パルフィと震える手でハイタッチ。
ルーミンたちもやってきた。
「ソルさーん。手の震えが止まりません」
差し出されたルーミンの手はプルプルと……私も同じ。震える手でルーミンの手を握る。
お互い、初めて人を殺してしまったんだ。まともでいられるはずがない。
「落ち着きますぅ」
ルーミンもだけど私の震えも治まったみたい。ルーミンの手の温かさを感じたからかな。
「ソル、あたいも頼むぜ」
「僕もお願いします」
パルフィとジャバトの二人の手も震えてるし、顔が青い。それぞれの手を両手でしっかりと包み込んであげる。
「人心地ついたぜ」
「さすがソルさんです。震えなくなりました」
ははは……
あ、そうだ、
「盗賊は……」
「ほら、見てみろ」
パルフィの指さす先、父さんたちが右往左往している盗賊を確実に仕留めていた。
「これで夜も安心して眠れそうだぜ」
〇9月28日(木)地球
「討ちもらしは?」
「ないと思う。逃げ出した盗賊も、遊牧民出身の移住者の人が馬に乗って追いかけていたから」
片手で馬を操りながら、もう片方の手で盗賊を掴んで馬から引きずり降ろしていた。最初からそうしてもらえばよかったのかなと思って聞いてみたら、相手が混乱してて剣をふるってこなかったからできたんだって。
「それでですね。終わった後、またソルさんのところに村の人たちが並んでいるんですよ」
「手を握りに?」
「もちろんです」
あはは……
みんな慣れない戦闘を必死で戦っていたんだね。それくらいのことで落ち着くのならいくらでも握ってあげるけど、なんで僕(ソル)なんだろう。
「樹、被害は?」
「何人かがかすり傷を負っていたくらいですんだよ」
手を握りながら調べてみたけど、誰一人欠けてなかったし大ケガをした人もいなかった。
「馬は?」
「矢が掠った一頭だけが死んじゃった」
あの時に手が震えていなかったら、あの子は……
「それは、かわいそうだけど。上出来じゃん。残りは村のものになったのか?」
「ううん、2頭が逃げてきた人のものだったから渡して、2頭は工房にもらえることになったよ」
「マジか。荷馬車をもう一台作ってもよさそうだな」
そういうことになるね。木材の運搬用に木こりのおじさんに貸し出してもいいかも。
ちなみに、残り5頭の馬は参加した村人全員で分けることになる。と言っても一人一頭は無理なので、馬をもらえない人にはそれに相当する麦を馬をもらえた人から渡すことになるんだって。
「なあ、樹。盗賊はどうしたんだ?」
「村の墓地に埋めてあげた」
どんなにひどい罪を犯したものであっても、死んでしまったら丁重に弔う。これがカイン村でのしきたり。
「そっか、来世では幸せになって欲しいな」
「うん」
盗賊がいない世界。早くそんな日が来たらいいのにって思う。
「それで、二人は大丈夫?」
「大丈夫? …………ああ、うん、終わったあと、四人でしっかりと話したから」
パルフィとジャバトを交えて思っていること、感じたことを伝えあった。一人で抱え込まなくていいから、ずいぶんと楽になったんだ。
「本当に大丈夫?」
風花が心配そうな顔で覗き込んできた。やっぱりわかっちゃうんだ……
「はっきり言うとね。僕は今ちょうど消化してるって感じ。海渡は?」
「そうですね……話を済ませた後、みんなと一緒にカァルくんと遊んだのですが、それでだいぶん楽になりましたね。それでも消化中なのは樹先輩と同じです」
仕方がなかったとはいえ、人の命を奪ったんだ。自分の中で納得させるには時間がかかるのかもしれない。
「クソ! 俺だけ……」
竹下の方からドンと音がした。たぶんベンチにこぶしを落としたんだと思う。
チラッと顔を見る。
悔しい……いや、違うな。何とも言えない表情をしている。でも、
「心配しなくても、次盗賊が来た時には戦ってもらうから」
「はい、ユーリルさんは男なんですからしっかりとやってください」
「おう、任せとけ」
人殺しの経験なんてしない方がいいとか言わない。そんな言葉が欲しくないのは分かっている。たぶん、気持ちを分かち合えないのが辛いんだ。
「それで、今、カァルの話が出たけど、戦闘中はどうしてたの?」
「留守番してもらってたよ」
「へぇ、よく言うこと聞いたな。戦闘前ってみんな興奮状態だったろうに……」
確かに、盗賊が来たと知らせが入ってから、カァルもせわしなく動き回っていた。みんなのいつもと違う様子に戸惑っていたのかも。
「それがですね。最初僕たちと一緒に荷馬車に乗り込もうとしてたんですよ。それをソルさんが言い聞かせたら、テムスくんの方に歩いていってちょこんと座っているんです。ほんと賢くてびっくりしちゃいます」
「マジか、樹、なんて言ったんだ」
「さすがに毒矢を飛ばすところに連れて行けないから、毒の入った袋を見せて今日はこれを使うから来ちゃダメだよって」
竹下と風花が顔を見合わせている。
「やっぱり、カァルくんって言葉わかっているんじゃ……」
「だな、きっとこっちの誰かに違いねえぜ」
誰かって、カァルがこっちでは人だってこと? さすがにそれは……
〇(地球の暦では9月29日)テラ
「綿も手に入るんだから、一緒に織り込んだらどうかな。肌触りが変わるはずだよ」
「織り込んでですか……私たちの技量でできるでしょうか?」
「ソルとルーミンは突飛なことしないでちゃんと作る。とにかく一つ作るのが大切」
う、正論だ……
「隊商が戻ってきたぞ」
外から村人の声が……もうそんな時間なんだ。
昨日の今日なので工房の仕事は休み。それで、ルーミンとコペルと結婚していくときに持参する織物はどんなものがいいか話し合っていたんだ。
「さてと、息抜きに広場に向かおうか」




