第96話 猛毒だから取扱いに注意するんだよ
〇9月18日(月祝)地球
「……」
朝から竹下の元気がない。まあ、だいたいの予測は付くけど……
「(パルフィの)おやじさんに何か言われた?」
「あのな……挨拶したらいきなり掴みかかられて、それから外に連れ出され投げ飛ばされちゃってさ」
予想通りではある。でも、
「なんで逃げなかったの?」
僕たちはリュザールの術を会得するために、地球でもテラでも日々努力を重ねている。最近ではその成果が出てきているようで、見るだけで相手がどう動くかわかるようになってきているから、そう簡単に人に掴まれることは無いはず。
「だってさ、もし捕まえきれないからってへそ曲げられたら困ると思ったんだ」
「ほぉ、ということは動きはちゃんと見えてらしたんですね」
「一応な」
へぇー。
「それなら、戦ってきたらよかったのに」
見えてるのなら、負けることはないはず。
「いや、だって俺たちまだ攻撃を教わってねえじゃん。あのおやじさんが、逃げてるだけで納得してくれると思うか?」
確かに余計にこじらせてしまいそう。
「それがわかっているのなら、どうして元気ないの?」
「それがさ、ユーリルって名乗った途端なんだぜ。いきなり、近づいてきて外に放り出されて、その後話すら聞いてもらえねえの。俺、そんなに嫌われてんのかって思って……」
それはきつい……けど、
「心配しなくてもいいと思うよ。あのおやじさんなら、パルフィの相手が誰であってもそうだと思うから」
「……?」
竹下のやつ、よくわかってない顔だ。
「あのね、単純に今は認められてないから相手にされてないだけ。戦って勝ちさえすればコロっと変わるはずだよ」
パルフィのおやじさんとは数日しか会ってないけど、裏表のない性格なのはわかった。それに人を好き嫌いで判断するタイプの人間でもない。ただ、認めるか認めないか、それだけのような気がする。
「リュザールは何も言わなかったの?」
風花を見ると両手をあげて肩をすくめている。
「同じことを聞いたけど、気休め言ってるんだと思ってた……」
それだけ落ち込んでいたってことか。
「つまり、俺が勝てばおやじさんとも仲良くなれるって事?」
「最初からそう言ってるじゃん」
花嫁のお父さんにキチンとあいさつしたいって思ったんだろうけど、あのおやじさん相手じゃ……まあ、経験しないとわからないからね。
「よし! おやじさんの力量もわかった。残念ながら今のままじゃ勝てそうもない。風花、頼む。どんどんしごいてくれ!」
「OK! みんなにもそろそろ攻撃を教えていいかなって思っていたんだ」
おぉー、風花のように相手を簡単に無力化できるようになるかも。
「あのー、それは僕も楽しみなのですが、先生から先輩たちはいつまで武研に来れるんだって聞かれましたよ」
「あー、もうそんな時期か。せめて、12月までさせてもらえねえかな」
僕たちは中学3年生。年が明けたらすぐに高校入試が控えている。
「皆さん、受験の方は大丈夫なのですよね」
「ああ、俺と樹は学年一桁だし、風花も今度の試験でそれくらいの成績になるはず。本番で失敗しないかぎりはな」
仮に試験に失敗しても、テラと違って命を落とすわけではないから気が楽。みんなと同じ学校に行けなくなるのが残念だけどね。
「それなら、卒業までいらしてもいいのではありませんか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、他の運動部の三年生は一学期で終わっているでしょ。僕らだけいつまでもっていうのはなかなか……」
文化部は文化祭の時期までいたりするからそのころまでは何とかいけそうだけど、その後はさすがに難しいと思う。
「でもですよ、風花先輩の術を学ぶ場なのに、風花先輩がいなくて大丈夫なのですか?」
それもそうなんだよな。普通なら師範の代わりは師範代が務めるんだろうけど、下級生の中で一番うまいのは海渡で、その海渡も僕たちと同じように逃げることだけはできるようになってる状態だ。
「由紀ちゃんに相談しよう」
風花の術を習いたいのは先生も同じなんだから、いい方法を考えてくれるだろう。
「それでさ、そっちはどうなったんだ?」
「うん、父さんと相談して、みんなと一緒に戦うことにしたよ」
ソルたちは別動隊として動こうかとも話したんだけど、戦闘に慣れてないから無理は禁物。
クロスボウのことをみんなに知られちゃうけど、村が滅んでしまっては元も子もないからね。
「よかった。別動隊なんて言い出したら、どうしようかと思ってた」
あ、危なかった。風花が握りこぶしをぎゅっと。風花ったら、僕はこっちでは男だからゲンコツ落とすの躊躇しないんだよな。
「あれはみんなで使うのか?」
「ううん、ソル、ルーミン、パルフィにジャバトだけ。クロスボウは二台しかないし、せめて触れる人間は少ない方がいいかと思って」
「だな。で、練習は?」
「はい、昨日から早速」
午後の作業を抜けさせてもらって、薬草畑でいろんな的を用意して練習を始めた。
「盗賊が来るかどうかもわからないし無駄になるかもしれないけど、とにかく、いざというときに使えるようにはなっててよ」
〇(地球の暦では9月28日)テラ
「盗賊が来たぞ!」
午前の作業が終わる間際、東へ向かう街道の方から見張りのおじさんの声が聞こえてきた。
「あー、来ちゃいましたか。明日ならリュザールさんたちが帰ってきたのにですね」
小声で話しかけてきたルーミンにうんと頷き返す。
練習が無駄になりそうでよかったと思っていたんだけどなぁ……
でも、来ちゃったものは仕方がない。生き残るためにできることをやるまでだ。
「すぐに作業をやめて、女の人と子供たちは母さんのところに行ってください! 男の人は外に! ルーミンとジャバトはあれをとってきて」
みんなに指示をした後、私は診療室に向かう。
「父さん、入るよ」
ドアを開けると、中では父さんとジュト兄が剣の準備をしていた。
「ソル、みんなは?」
「男の人は表で父さんを待っている。女の人と子供たちは母さんの所に行くように言ったよ」
「わかった。父さん、先に行くね」
「ああ、頼むよ」
準備が整ったのか、ジュト兄が剣を担いで飛び出して行った。
「すまないねソル、本当ならお前たちも……」
「平気、リュザールから術を習っているからね。盗賊なんて目じゃないよ」
「ほぉ、頼もしいな。これを取りに来たんだろ」
父さんから、厚手の皮で作られた袋を受け取る。
「猛毒だから取扱いに注意するんだよ」
「うん。父さんたちも無理はしないでね」
「ああ、私たちも多少リュザールから術を習っているから、盗賊なんて目じゃないさ」
こぶしを握り締める父さんに手を振り、私も診療所を後にした。




