第93話 うう、しそうな気がしません
「どこだい?」
やってきた父さんに東の人影を指さす。
さっきよりも近づいて来ていて、ここからでも間違いなく人であるのがわかる。
「子供もいるようですね」
ルーミンは手で双眼鏡の形を作って、その間から覗いている。
テムスも真似しているけど……見えてるのかな。
「子供か……しかし、万一ということもある。テムスとソルたちは家にいってなさい」
テムスはともかく……
「私は大丈夫」
「わ、私もです!」
リュザールの術を学んでいるんだから、いざとなったら逃げることくらいはできるはず。とにかく何が起こっているか知っておかないと、対処のしようがない。
「ふむ、ならば私たちの後ろにいるように」
念のためにテムスとカァルを母さんに預けたあと、私とルーミンは井戸の陰に隠れる。
前面には父さんとジュト兄、そしてアラルクが緊張した面持ちで立っている。村人を呼びに行く暇がない今の状況では、最善の布陣だと思う。
「あ、誰か走ってきましたよ。こちらに気付いたのでしょうか」
確かに一人こちらに向かってきた。男の人かな。
アラルクが剣を構えた。この剣はパルフィが打った一級品だから、相手が盗賊だとしても十分対処できるはず。
駆けてくる人影が両手を振りはじめた。武器を持ってないことをアピールしているのかも。
来た!
「た、助けて……はあ、はあ……はあ、はあ…………ど、どうか、私たちを助けてください」
疲れた表情の男性は、そういうとその場に座り込んでしまった。
村にやって来たのは、二組の若い家族だった。身なり、持ち物からして盗賊ではなさそうだし、みんな憔悴した様子だったので休ませようとしたんだけど、とにかく話を聞いてくれと言って一歩も譲らない。
「わかりました。ただ、子供たちはすぐにでも休ませた方がいいでしょう。ミサフィ頼めるかい」
母さんとユティ姉に奥さんと子供たちを任せて、男性二人を居間へと案内する。
「私はこの村の村長のタリュフ。そしてこの子は娘のソル。女ながらにこの村で工房を任されております。頭もいいのでどうか同席を許してやってください」
父さんがこう言ってくれたので、私も話を聞くことができるようになった。情報が何よりも大事。直接聞けるのならそのほうが確実だ。
「それでは、お話しいただけますか?」
父さんが促すと二人の男性は顔を見合わせ、年上だと思われる方が話を始めた。
「私たちはこの村とタルブクとの間にある牧草地で生活をしてました」
多くの場合、人は村を作りその中で生活しているんだけど、遊牧民みたいに新鮮な草を求めて移動するわけでもなく、何家族かで寄り添って定住し、牧畜をしている人たちがいる。この人たちはそういうところの人たちだったみたいだ。
「タルブクとの間……もしかして山を越えて?」
「はい、数日かけてこちらまでやってきました」
カインの東には4000メートル級の山がそびえていて、一番低いところを通ったとしても3000メートルくらいあったはず。カイン自体も標高1500メートルくらいの位置にあるんだけど、それでも山を越えてきたとなるとかなり大変だったと思う。
「馬も荷物もなしに子供を連れて……いったい、何があったのですか?」
「……つい先日のことです。夜の食事を終わらせ灯りを消して間もなく、外の馬たちが急に騒ぎ始めました」
「馬がですか?」
「ええ、それでそっと外の様子を探ってみたら、暗闇で何かを探す複数の人の気配。そして、すぐに悲鳴が聞こえてきました」
きっと誰かが襲われたんだ。
「このままでは私たちも同じ目に遭うと思い、家族を連れ、気付かれないように逃げてきた次第です」
もう一組の家族も、同じように異変を感じてすぐに逃げ出したみたい。
「村長様、我々は着の身着のまま、財産を何も持たずに逃げて参りました。家に帰れる間で構いません。一生懸命働きますので、どうかこの村に滞在することを許してください」
二人の男性は深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。困っているときはお互いさまです。是非、落ち着くまでこの村にいてください。そうだ、のちほど村のみんなに紹介しましょう。それまでは我が家でゆっくりとなさってください」
この人たちを追い返すわけにはいかない。そうしないと、次はこの人たちが盗賊になってしまうから。
〇9月17日(日)地球
朝から雨だったので散歩は中止にして、その代わり朝食が済んだ後みんなに僕の家まで集まってもらった。
とにかく、竹下と風花の意見が聞きたい。
「襲ったのは、十中八九、盗賊だろうね」
やっぱり……
「それで、その人たちはどうなったんだ?」
「ご飯を食べてぐっすりと眠ったら落ち着かれたみたいです」
あの後、夕方近くまでみんな眠っていた。もしかしたら、夜もあまり眠らずに移動していたのかも。
「それでね。仕事をしたいって言うから、明日からしばらくの間工房の仕事を手伝ってもらうことにしたんだ」
「しばらくか……そこにはどれくらいの人が住んでいたんだ?」
「カインに来たのが二家族8人で、他にあと二家族7人が残っていたみたい」
「そっか……逃げられていたらいいけどな」
「うん……」
襲ってきたのが盗賊だったら、あの人たちが帰るべき場所はすでに無くなっていると思う。
「ねえ、風花。盗賊たちはカインまでやってくると思う?」
「盗賊の人数と、その村にどれだけ家畜がいたか次第かな」
盗賊の人数はわからないけど、家畜の数は聞くことができたからそれを伝える。
「全部で馬が6頭に羊が50頭くらいか……かなり少ねえな。畑でもしてたのか?」
「みたいだね」
カインの東側の山間部で暮らしている人たちは、夏は畑を耕しながら近くの草原で家畜たちに草を食べさせ、冬は貯えていた作物と家畜を少しずつ食べながら細々と生活していたらしい。
「羊が50頭もいたら、しばらく食べることができますよ」
「普通はね。でもね海渡くん、盗賊になり果てた奴らが羊の世話をすると思う?」
「うう、しそうな気がしません……」
最初のうちはいいんだけど、結局死なせてしまうか、逃がしてしまうかでたいして食べることができないんじゃないかって。
「畑の収穫もこれからだから、貯えもあまりないだろう。カインも危ないんじゃねえのか」
「うん、だから父さんも万一のために東の方に見張りを出すことに決めたみたい」
24時間は無理だけど、村の男の人が二人一組になって日中監視することになった。東からの道は一本だから見逃すことはないはずだ。
「クソ、こんな事なら俺が残っていたら」
「仕方がないよ。カインの東で盗賊が出るなんて、これまで無かったことだもん」
だから、貴重な男手の一人であるユーリルもリュザールについていくことを決めたんだと思う。
「干ばつの影響が出てきているのかな。北の方からの隊商が減って、コルカでも情報がなかなか入ってこないみたいなんだ」
そうか、中継地点の町や村が無くなったから隊商が来れなくなっているんだ。
「でもこうなると、お二人にあれを作ってもらっていて正解でしたね」
あれか……できたら使いたくないな。




