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第89話 木だけはたくさんあります!

「つまり、どの村も同じものが作られてしまうようになったら不味いってこと?」


 風花はうんと頷く。


「どうしてですか? 皆さんが必要な物をいつでも自分たちで作るようになるのですから、便利になると思うんですけど……」


 そうだよね。それにみんな平等じゃないと不満が溜まって争いが起こるんだから、それを避けるためにも技術を教えた方がいいんじゃないかな。


「うん、便利にはなるね。でも、そうなってしまうとボクたち隊商の仕事が無くなるんだ」


 隊商の……

 米とか砂糖とかは、気候によって作れるところと作れないところが出てくるから全部が全部そうなるとは限らないけど、それ以外の物はどの村でも同じように作られるようになる。確かに隊商の仕事が減ってくるかも。


「なんとなくそれはわかるけど、風花は失業の心配をしているわけじゃないよね?」


「もちろん。みんなはボクたち行商人がどんなものを扱っているか知ってる?」


「ああ、ものだけじゃなく情報とかもだろ」


 そうそう、あの時も他の村の隊商の隊長さんからユーリルたちが被害にあった干ばつのことを聞いていたから、コルカの村長からの依頼にすぐに応えることができた。あの情報が無かったらリュザールに会うことも、風花とリュザールが繋がることもなかったかもしれない。

 それに、どこに盗賊が出たとかどんな疫病が流行っているとかも知らせてくれるから、隊商が来なくなったら生活しづらくなるかも。


「今みんなが思い浮かべている情報の他にも、ボクたちはどこ村に年頃のお嬢さんがいるとかも伝えているんだよ」


 そ、それは重要な情報だ。

 父さんたち村長の仕事の一つに他の村との婚姻の斡旋というのがあって、セムトおじさんがうちの村に来たり、チャムさんが隣村に嫁いで行ったりというのもその成果なんだ。もしそれが無くなってしまうと村の中だけでの結婚が増えていくことになるから、次第に親戚同士での結婚が多くなってだんだんと血が濃くなっていく。すると、障害があったり体が弱い子供が増えてきて、その子たちだけでは生活が成り立たなくなる。つまり、最終的に村が滅んでしまうんだけど、隊商から他の村の情報が入らなくなるということはあちこちの村でそれが起こるということだから、極論をいっちゃうとテラに人がいなくなる可能性もあるというわけだ。


「物が動かなくなると、情報も伝達しなくなるということだな」


「そういうこと。地球のようにネットがあって情報が一瞬で伝わる世界じゃないんだから、ある程度の不都合はあったほうがいいと思うよ」


 あえて不便さを残すってことか。


「それでは紙はカインだけで作るようにしますか?」


「いやいや、ただでさえやることがたくさんあるのに、そんなことまで引き受けてたら大変なことになるって」


 今は紙の需要は少ないけど、将来読み書きができる人が増えてくると工房の職人だけで対処できるはずがない。よし、


「やっぱり紙は他の村で作ってもらおう」


「でも、それではリュザールさんたちのお仕事が無くなってしまいますよ」


「うん、だからみんなじゃなくて、どこか一つの村に教えたらいいんじゃない」


 紙が必要な人は、その村で作ったものを隊商に運んでもらったらいいと思う。


「でもですよ。教えた村の人が独占できるのをいいことに、ぼったくったらどうします。必要な人のところに届かなくなっちゃいます」


「その時には、違う村に教えたらいいんじゃねえのか。競争原理が働くだろう」


 それに、カインではいつでも作れるんだから需給調整もできるよね。


「そう、うまくいくでしょうか?」


「まあ、試行錯誤しながらやっていくしかないんじゃないかな」


 風花もうんと頷いてくれた。


「それで、紙を作ってもらう村をどうやって決めていくんだ?」


「トロロアオイはともかく、紙の原料が近くで採れるところがいいね。その方が安上がりになる」


 原料まで隊商が運んだら、その分高くなるのは当然だ。


「原料って羊毛か? 羊ならどこにでもいるぜ」


「あのー……紙って木からもできるんですよね」


「ああ、俺たちが地球で使っている紙はスギとかヒノキとかの木を元にしてるな。他にもわらを原料としたわら半紙ばんしというのもあるぜ」


 わら半紙!


「知ってる! 昔の学校で使ってたってお父さんが言ってた」


わらなら麦かな。これもどこの村でも見かけるね」


 いよいよ絞り込むのが難しくなってきたかも……


「あ、あのー、紙はルーミンの村で作ってもらえませんか。羊は少ししかいませんし、麦もあまり作っていません。でも、木だけはたくさんあります!」


「ルーミンの……」


 ルーミンの生まれ故郷の村はあまり裕福ではなく、村に薬師もいないから避妊薬を買うのにも苦労していた。そういう理由もあってかルーミンの家は子だくさんになっちゃって、口減らしにルーミンを働きに出さないといけなくなったんだ。


「産業と呼べるものは何もありませんが、山へ続く街道沿いには隊商宿があるので隊商の方も野宿する必要はありません。冬もそんなに寒くないし……そ、それに、みんないい人ばかりで……僕ばかりがお腹いっぱい食べられて……何とかしてやりたくて……」


 海渡の目に涙が……ルーミンがカインに来てからもずっと気になっていたんだろう。


「ねえ、竹下。紙は木で作った方が品質がよかったんじゃなかった。わら半紙はすぐに破れていたらしいよ」


 これもお父さんが言ってた。消しゴムを使うときに気を付けないとピッと破れるんだって。


「ああ、木が一番だな。繊維をほぐすのに手間がかかるけど、うまく漂白できたら白くて丈夫な紙ができるぜ」


「え、それって……」


「海渡。木を使ったいい紙を作る方法をみんなで調べて、ビント村(ルーミンが生まれた村)に教えに行こう!」


「はい!」

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