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第88話 紙漉きはまたやるから

「お帰りー。うまくいった?」


 工房の横に止まった荷馬車に駆け寄る。


「ああ、さすがタリュフさんたち。石が出てきても当たり前のようにしてさ、ポンポンと放り投げるから横にどんどん積みあがっていくんだぜ」


 おおー!


「ははは、まだまだ若いものには負けんよ」


 そう言いながら荷台から降りてきた父さんの動きがなんだかぎこちない。筋肉痛かな?


「どうしたの?」


「いやね、この荷馬車というやつ、歩かなくていいのは楽なんだが、ここが痛くて……」


 父さんはおしりをさすっている。

 そういうことか。


「タリュフさんごめんなさい。これは荷物を運ぶ用だから、スプリングを付けてないので……」


「す、すぷ? ……たまにお前たちがいうことがわからんことがあるが、これからいったい何が始まるんだい?」


 父さんは、工房からぞろぞろと人が集まって来たのを不思議そうな表情で見つめている。


「今から紙を作るんだよ」


「か、紙を! 羊の皮はいったい誰から?」


 この世界で紙と言ったら羊皮紙だもんね。


「羊は羊なんだけど、皮じゃなくて毛を使うんだ」


「け、毛を???」


「せっかくだから、父さんも見ててよ」






 工房横に集まったみんなの前で、前もって作っていたふね(紙をく時に使う水槽)にネリを入れ、工房で加工した羊毛を加えてよくかき混ぜていく。


「こんな感じかな……」


 漉き舟の中では、羊毛の繊維がどろどろになったように見える。

 よし、


「とりあえず一回やってみよう」


 ユーリルを前面に押し出す。


「お、俺? えっと、これに簀桁すけたを入れて、前後にふるっていくと……」


 ユーリルが、麻製の(細い麻の糸を縦横に編み込んだ目の小さなふるいのようなもの)を、それの大きさに合わせて作ったけたにはめ込み漉き舟の中に入れる。すると、ネリの中に溶け込んだ羊毛の繊維が漉き桁で囲われた漉き簀の上にすくわれ、水分だけが麻の糸の間から下に落ちていって漉き簀の上には羊毛の繊維が残るという仕組みだ。ユーリルが話した簀桁すけたというのは、漉き簀と漉き桁をまとめていった言葉みたいだね。


「こんな感じで最初は軽く掬って、次は多めに、最後も軽くやって終わり。いっぺんに入れるんじゃなくて、何度かに分けてやるんだ」


 一連の作業を終えたユーリルが振り向き、台の上に漉き桁をひっくり返すとそこに白い板海苔のようなものが残った。これを何枚か重ねて、上に重しを乗せて乾燥させたら羊毛製の紙ができるはず。


「ユーリル兄、すごい!」


「お、テムス、次やってみるか?」


 テムスはユーリルにやり方を教わりながら、紙を漉き始める。


「ほぉ、テムスのような子供でもできるのかい」


 私の隣で腕組みしながら見ていた父さんも感心した様子。


「うん、紙漉きはそんなに難しい作業がないから」


 もちろん繊維を均一にするには技術が必要なんだろうけど、この世界で初めての紙漉きなんだから誰がやってもそんなに差は出ないと思う。みんな素人だからね。


「本当にこれで紙ができて文字が書けるのなら、羊皮紙よりもかなり簡単にそれも安上がりにできそうだ。きっと、他の村の者も作り方を知りたがると思うのだが……」


 他の村が?


「そうなの? まだ読み書きできる人が少ないから、紙ってそんなに必要ないと思うんだけど……」


「ふむ、ソルはこの前コルカに行った時のことを覚えているかい?」


 もちろん!

 盗賊に襲われるというありがたくもないイベントもあったけど、リュザールに会えて一緒に旅をしたし、鍛冶職人のパルフィをカインに連れて来ることができた。忘れることなんてできないよ。


「私ら村長むらおさは、他の村との取り決めの時にはその内容を紙に書いて残しておくことになっていてね。コルカの町長まちおさとも避難民の受け入れについての覚書を交わしてきたんだよ」


 そうだったんだ。


「それで常に羊皮紙を切らさないようにしているのだが、これがまた作るのが面倒で……」


 父さんによると、羊の皮を手に入れてから紙として使えるようになるまでには、半月以上の期間とそれに応じた手間がかかるみたい。


「そんなに大変なら、みんなに教えた方がいいのかな……」


「この技術はソルたちのものだろう。それなら、自分たちで考えなさい。そして、決めたことに対しては、私もできるだけ協力しよう。ただ、他の誰にも教えないつもりなら、それなりの覚悟は必要になる。それだけは忘れないでいておくれ」


 父さんも知っているんだ。この村だけ裕福になったら他の村との争いになることを……


「わかった、みんなとよく話すことにするよ」


 父さんがニコッと笑って私の頭を撫でてくれた。


「さてと、それでは私もやってみたいのだが……」


 テムスの後ろにはパルフィを始め、工房の職人さんたちが列をなしている。

 トロロアオイの根が少ししかなかったからネリの量が限られていて、並んでいる全員ができるかどうか……


「と、父さん、紙漉きはまたやるから……」


 今日のところは父さんには我慢してもらおう。道具を作る時からみんな楽しみにしていたんだからね。






〇8月25日(金)地球



「マジか、タリュフさんそんなこと言ってたんだ」


 武研が終わった後に風花の家に集まって、早速昨日父さんに言われたことをみんなと相談することにした。


「ちょっといい。それについてなんだけど、まずはボクの話を聞いてくれる」


 大きなホオジロザメのぬいぐるみを抱えて、一人でベッドの上に座る風花に注目する。


「みんなは、あちらの世界の誰もが幸せに暮らしていけたらって思っているんだよね」


 三人ともうんと頷く。

 病気や飢えで死んだり、盗賊に襲われることが……いや、盗賊になんてなる必要のない世界。それが、あちらに住むもう一人の僕たち……いや、みんなの願いだと思う。


「ボクだってそう思っているよ。でもね、だからといってあちらに持ち込んだ技術を、何でもかんでもみんなに広めてしまうのはどうかと思うんだ」


 どういうことなんだろう。

 これは、詳しく話を聞かないといけないようだ。

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