第87話 根っこが残らないように
「おっとっと……やってくれましたね」
声がした方を見ると、ルーミンが急にぐずりだした男の子のおくるみを脱がしている。おしっこしたみたい。
「はーい、びちょびちょで気持ち悪いですね。ほいほいっと」
ルーミンは手早く男の子のおしりを拭き上げ、予備のおしめを取り出す。
「おめえ、ほんと手際いいよな」
「そうでしょ。赤ちゃんは慣れているんですよ。っと、はい、できました!」
ルーミンがおしりをポンと叩くと、ぐずってた男の子も笑い出した。
「早く綿のやつを付けてあげたいです。その方が絶対に涼しいし、サラッとしますよ」
「そうだね。嬉しそうな顔が見たいね」
秋になったら綿花を収穫できる。たくさんあるわけじゃないけど、赤ちゃん用のおしめは一番に作ってあげようと思っているんだ。タオルは……生地に余裕があったらだね。
「皆さんのおかげでこちらの準備は間に合いそうですが、ユーリルさんの方はどうでしょうか。昨日は、岩が出てきて大変だって言ってました」
ユーリルたち工房の男手衆は午前の作業がすんだ後、東の山の方に向かって行った。村の男の人の手を借りて、砂糖の元となるテンサイを栽培するための畑を開墾しに行っているのだ。
「今日は父さんたちも行ってくれているから大丈夫じゃないかな」
いくら地球の知識を持っていたとしても、元々遊牧民のユーリルが実際に開墾をするのは初めてのこと。それに引きかえ父さんたちは昔からこの村で開墾をやってきているから、問題が起こった時の対処法を知っている。きっと、今回もうまいことやってくれると思う。
「ソルちゃん、ルーミンちゃん、パルフィちゃん、いつもありがとう。そろそろだから後は私が変わるわ」
赤ちゃんのお母さんが来てくれた。オッパイの時間かな。
私たちもそろそろ行かなきゃ。
「パルフィ、いいかな?」
「おう! 準備ができたら呼んでくれ」
子供たちを二人に任せ、ルーミンと一緒に井戸まで向かう。
「どうですか?」
井戸の横の日陰に置いた桶の蓋を取ってみる。
「いい感じにトロっとしてるよ」
手を入れてみると、中の水に粘り気がある。朝からトロロアオイの根を細かく刻んで水につけていたんだけど、これなら紙漉きも問題なくできそう。
「なるほど……」
桶の中に一緒に手を入れたルーミンは何か思案顔。
「ローションってこんな感じなのでしょうか? 確か江戸時代にはこれを使っていたとか」
ろ、ローション……そういえば、トロロアオイを調べるときにそういう情報もあったっけ。
「さあ、使ったことが無いからわからないよ」
「おや、確か樹先輩は風花先輩と……」
「そ、その時は使わなかった」
「そうなのですね……ソルさん、私たちって、いつかあれをしますよね?」
「う、うん」
結婚したらそういうことになると思う。夜に勉強している秘術もそれに関することだ。
「女の子って初めての時は痛いって言うじゃありませんか」
あの時の風花は少し痛そうにしてた……
「確か、個人差があるんじゃないのかな」
女の子部屋の中でも、柔らかかったり硬かったりするから。
「はい、私のって硬めなのですよ」
うんと頷く。
そういえば、ルーミンが秘術の練習をするときはじっくりとほぐしてからやっている。
「最初痛かったらどうしようかと思っているのですが、これがあったら安心してできそうです。痒みもなさそうですし」
ルーミンは腕に塗ってみている。痒かったらそれどころではなくなるけど、これはそんな心配はいらないみたい。
「今度トロロアオイが手に入ったら、試しに秘術の練習の時に使ってみようか」
「はい!」
ルーミンだけでなく、不安に思っている女の子がいるかもしれない。もし効果がありそうなら、その子たちのために薬として売り出してもいいかも。
「さあ、みんなが帰ってくる前にやっちゃうよ」
桶の中からトロロアオイが入った麻の袋を引き上げ、ルーミンと二人で絞っていく。
「すごいです。どんどん出てきますよ」
力を込める度に袋の間からドロッとした液体が溢れだす。
それを何度が繰り返し、もう出なくなったところで今度はトロみが付いた液体を濾す作業に移る。
別の桶の上にさらに目が細かい麻の袋を広げ、桶の中からトロトロの液体を掬い上げていく。
「根っこが残らないように……」
不純物がない状態が望ましい。そうしないと、せっかくの羊毛紙がまだらになっちゃう。
袋が破れないように慎重に絞って……
「あとちょっとですよ」
そう言ってルーミンは、桶を傾け私が持っている麻の袋の中に残りのネリを全部注ぎ込む。
それもきれいに濾しとって……よし、これでネリの準備ができた。
「こちらの準備は整いましたが、ユーリルさんたち間に合いますかね」
間に合わない時には先に始めといてと言われているけど……
「もうすぐ夕方だから、そろそろだと思うけど……あ、来た!」
東の方から数頭の馬と荷馬車がこちらに向かって来ている。荷馬車の荷台には、父さんっぽい人影も見えるからみんな帰ってきてるようだ。
「皆さんを呼んできますね」
工房の方はルーミンに任せて、私はユーリルたちを出迎えることにしよう。




