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第85話 早速戦いが始まるのでないですか?

「ふぅ、まんぷくまんぷく。ちょうどよかったぜ」


 テーブルの上のざるの中は空っぽ。山のように積まれていたそうめんは、きれいさっぱり無くなってしまった。実は風花が2把分しか食べられなかったのを、僕たち三人で分けたからいつもよりも多めなんだけど、午前中の武研が結構ハードだったから入っちゃったんだね。


 食器を片付けた後、テーブルの上に中央アジア付近の地図を広げる。


「それで、さっきの話の中で醬油も出てたけど、なんも言ってなかったよな。それはどうなんだ?」


「醬油ですね。これって大豆と小麦と塩から作るんですよ。小麦と塩はあるので問題ないのですが、テラで大豆を見たことが無いのとそれらを発酵させるためにはある菌が必要なんです」


「まずは大豆……」


 スマホで調べてみる。


「原産地は中国。これなら探したら手に入りそうだけど、ある菌というのは?」


「はい、麹菌というのですが、これがどうも限られた場所にしかいないようでして……」


 海渡によると麹菌というのは日本や東アジア、東南アジアあたりにしか生息してないらしく、特に僕たちが普段食べてる醬油や味噌には日本にしかないニホンコウジという菌が使われているみたい。これを持って来れたら一番確実なんだけど、テラの日本に発酵文化があるかどうかがわからないし、何より直線距離で5000キロはさすがに遠すぎる。


「麹菌が見つかったら、醤油だけでなく味噌も作れます。地球のヒマラヤ辺りには麹を使ったお酒があるようなので、テラでもそういうものがあったらそれを手に入れて……」


 海渡は地図でネパールやブータンのあたりを指さした。確かにここなら日本よりは近いけどそれでも3000キロ近い距離はある。


「風花、あちらの方から来ている隊商っているの?」


「コルカの西を回って、地球のインドの方向からの隊がたまに来るらしいから、一応ネパールの方のことを聞くことは可能だと思うけど……」


 頻繁に交流がある場所ではないってことか。


「風花先輩、麹を使ったお酒を作っているのがわかったら、それを運んでもらうことはできますか?」


「お酒でいいの?」


「いえ、お酒を造るときに使う麹です」


「麹……ボクはそれがどんなものかよくわからないからハッキリとは言えないけど、環境が変わっても平気? 高い山や平原を通るみたいだから、暑かった寒かったりするはずだよ」


「あ、たぶん死んじゃいます。こうなったらルーミンが直接行って探して……」


 えーと、発酵って確か腐敗と紙一重だったよね。


「ねえ、海渡、ヒマラヤ辺りにあるのなら、わざわざそこに行かなくてもこっちにも似たような気候の場所があるでしょ。わかっていないだけで、そこにもいるんじゃないかな」


 発酵したものを腐っていると勘違いして捨てていたのかも。


「なるほど、確かにその可能性もありそうですね。どうやったら未知なる菌を探せるかわかりませんが、それは僕の方で調べてみることにします」


 これは海渡に任せよう。


「次、俺からいい? さっき、地図を見てて思ったんだけど、今度荷馬車をコルカまで持っていくじゃん」


 竹下はカインからコルカまでを指でなぞった。


「記憶では途中の大きな川には橋が架かっていたし、狭いところもなかったから問題なく行けそうだと思うんだけど、やっぱり心配でさ。俺もリュザールたちについていっていいかな」


「ほんと! それは、助かる。心強いよ」


 ユーリルがついていったら、途中で荷馬車が壊れても何とかしてくれそう。でも、


「コルカに行くのなら、パルフィのおやじさんはどうするの?」


 パルフィのおやじさんは、一年以内に自分を倒せる者にパルフィを嫁がせるといった。以内だから、一年を待つ必要はない。


「も、もちろん挨拶だけしてくるつもり。来年行っていきなり戦うんじゃなくて、俺のことを前もって知ってて欲しいんだ」


「そううまくいきますかね。聞いた感じではそのおやじさんは気が短そうなので、早速戦いが始まるのでないですか?」


「うっ!」


 はは、あり得る。


「心配しなくても、もしもの時はボクが骨を拾ってあげるから」


「いや、その時は助けてよ」


 ふふ。


「竹下はそれでも行きたいんでしょ。こっちの方は心配しなくていいから、好きなようにしなよ」


 カインにはルーミンがいるし、こちらで竹下と風花に相談することができるから、問題が起こっても対処できるはずだ。


「サンキュー!」


「えっと、あと、話しておくことは……」


「はい! 風花先輩に質問です。砂糖はどうなりましたか?」


 そうそう、テンサイを頼んでいた。


「しばらくカルトゥの町に行く予定がないから、この前セムトさんがコルカの行商人に頼んでいたよ」


「よし、セムトさんなら間違いなく手に入れてくれるはずだから、来年の春頃には予定通り植えることができそうだな。開墾を急ぐか」


「人手は足りる?」


「工房に男手は増えたけど、村の人にも協力してもらいたい。樹、頼める?」


「OK」


「おお! 来年の秋には砂糖が手に入りそうです!」


 そういうことになりそう。


「いや、種を取るのを優先したいから、セムトさんが仕入れてくれた種の量次第では難しいぞ」


「ええー、そんなぁ……」


 竹下によると、テンサイの種がとれるようになるまで二年間かかるんだって。それも、冬場に土が凍らない場所に植えないといけないから、最初予定していた山手の方じゃなくて、村の中でももう少し暖かい場所に種用の畑を用意する必要があるみたい。


「それじゃ、畑を川の近くと山の近くに二面用意しとく?」


 川の近くが種用で山の近くが栽培用ね。


「ああ、その方がいいだろうな」


 冬になる前に準備しないといけないから、明日早速父さんに話しておこう。


「次、ボクいい。今度出発するまでに、紙を用意してほしい」


「紙? 確か作るのは寒い時期の方がよかったはずだぜ」


 紙をくにはネリというものを使って繊維が一か所に集まらないようにするんだけど、気温が高いと粘りがすぐに無くなって失敗しやすくなるらしい。


「それは分かっているけど、今ボクたちはいろんなものをあちこちの隊商に頼んでいるでしょう。口頭でのお願いだから相手が忘れちゃうことだってあると思うんだ。だからせめて紙に書いたものを渡したいんだけど、少しでいいから作ってくれないかな」


 なるほど、隊商にいる人たちは文字を読めることが多いから、その方が必要な物が届きやすくなるってことか。


「わかった、何とかやってみる。一応、この前リュザールからネリ用にトトロアオイの根をもらっているけど、数がそんなになかったぜ」


「それもまた仕入れてくるから、お願い。あ、種も近いうちに手に入ると思うから、その準備もよろしく」


 ということは、トロロアオイ用の畑も用意しなきゃ。父さんにお願いしておこう。


「風花、紙の材料はどうする?」


「うーん、別にこだわりは無いよ。読めさえすれば」


「りょ! えっと、あちらで手っ取り早く手に入るものと言ったら……」


「羊毛かな」


「はい、羊毛ですね」


 きれいに洗ったらかなり白くなるから文字も読みやすいだろう。


「紙漉きの道具は……とりあえず一つあったらいいよな」


 一個だけか……紙漉きなんて絶対楽しいよ。みんなやりたがるはずだから、交代制にしとかなきゃ。

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