第83話 背が伸びてる!
〇8月21日(月)地球
「おはよう。そして、お帰り、風花」
朝の散歩の待ち合わせ場所には、昨日の夜東京から帰って来た風花が先に来ていて椅子に腰かけていた。
「ただいま、樹……あれ?」
風花が急に立ち上がって、僕の隣に並んだ。
「背が伸びてる!」
「そ、そう?」
5日しか離れてないからそんなに変わらないと思うけど……
「すごい! 本当に男の子ってちょっと見ない間に大きくなるんだ」
そうかなぁ。
「リュザールだって、帰って来る度に見上げるようになってるよ」
「樹、言い過ぎ。お互い成長期ということだね」
これまでは男の体と女の体とでそこまで差を感じることは無かったけど、これから違いがわかるようになるのかな……
「二人は?」
「いつも通りに来るはずだよ」
「よかった、竹下くんに話があったんだ」
はは、あの件だ。
完成したのが、昨日リュザールが出発したあとだからね。
◇◇◇◇◇
〇(地球の暦では8月21日)テラ
「ソル、これが今度新しく作ったものなのかい」
工房前にやってきた父さんは、この世界に一つしかないできたばかりの荷馬車に興味津々な様子。
「そうだよ。馬で引いて、人や荷物を運ぶのに使うんだ」
これから、荷馬車の試運転を始めるんだけど、工房の人たちだけでなくタリュフ家のみんなも呼んだんだ。いつも手伝ってもらっているから。
「それで、今は何をやっているんだい?」
工房の男手衆が荷台に袋を乗せているのを見て、父さんは不思議に思ったみたい。荷物を運ぶ時に使うとさっき話したんだけど、これまで車というものが存在していなかったテラでは、荷物は馬やラクダに乗せて運ぶもので台に乗せて引っ張るという発想が出にくいのかもしれない。
「砂を入れた袋を積んでいるんだ」
「砂を?」
父さんの頭の上に?(はてなマーク)が見えるような気がするよ。
「これから、どれくらいの重さまで乗せられるかを調べないといけないんだ」
「……私にはさっぱりわからんが、ケガしないようにするんだよ」
そういうと父さんは母さんのところに向かって行った。今聞いたことを説明してくれるんだと思う。
さて、私も積み込みの手伝いをしてこよう。
「とりあえず、これくらいで」
荷台には偏りが無いように砂袋が積まれている。量は側面についているアオリよりも低いくらい。砂は重たいから、これだけでもかなりの重量になると思う。
「どれだけ積んだの?」
「砂袋が150キロ分。これにアラルクとジャバトを乗せて行ってみるよ」
アラルクとジャバトが二人で120キロくらいかな。あと、御者のユーリルが50キロで馬車自体の重さが200キロくらいだから全部で500キロちょっと……
私たちは地球の知識を持っているから、馬車で運べる重さの上限というのを知っている。整備されてない道の場合でだいたい馬と同じ重量まで。この馬車には二頭の馬が繋がれているんだけど、合わせて1000キロは超えているはずだから、あと500キロ程度なら乗せられるはず。
リュザールは、隊商で使っている馬一頭で運べる重さが150キロ前後じゃないかって言っていたから、馬車が一台あると馬だけで運ぶよりも倍以上の荷物を運べるようになると思う。
あとは、耐久性に問題が無ければだけど……
ちなみにテラには秤がないので重さの基準がわからない。だから、地球で2キロと5キロのお米を買って、それをみんなが何度も抱え重さを体に覚え込ませて砂袋を作る時の参考にしたんだ。完璧に再現することは難しいから、多少の誤差は仕方がないと思う。
「ユーリル、いいよ」
荷物代わりのアラルクとジャバトが荷台の上から声を掛けると、御者台に飛び乗ったユーリルが『ハッ』と声を出し、手綱を操る。
「動いた!」
「す、すごい!」
工房とタリュフ家のみんなが見守る中、荷馬車は村の中心に向かって進みだした。
◇◇◇◇◇
〇8月21日(月)地球
「それで、どうだったの!」
話が佳境に入り、風花の興奮がおさまらない。
「お、落ち着いて」
竹下に食って掛かりそうな風花を、海渡と二人で押さえる。
「け、結論から言うと、あの量ならこのままでいいけど、それ以上になるとたぶん壊れる」
「えー……」
風花は、竹下の襟首を掴んでいた手を力なく降ろした。
わかるよ。倍以上運べると思っていたのが、これまでと変わらないのならがっかりするよね。でも、
「ほら、竹下、もったいぶらないで教えてあげて」
ふふ、風花が何かあるのって顔してる。
「あのな、今のままだと車輪が持ちそうにないんだ」
「車輪? 軸のところは金属にしたから強くなったんじゃなかった。やっとのことで仕入れてきたんだよ」
リュザールは、パルフィのおやじさんを苦手にしてるからね。
「そこはバッチリ。さすがパルフィが仕上げただけのことはあって問題ない。でも、地面に接するところが不安なんだよな。それで、どうしたらいいかパルフィに尋ねたら、外側も金属で被せたらどうかって言われたんだ」
「外側……そんなことができるの?」
「パルフィはできるって言ってた。さっきこっちで調べたら、確かにそういうのがあるらしい」
そうなのだ。竹下が手に入れた模型に無かったからそういうものだと思っていたけど、実際は木製の車輪に鉄の輪を被せて強度を上げて使っていたみたい。
「ボクはどうしたらいいの?」
「今度、鋳造用の坩堝を手に入れてくれるだろう。それがあったらパルフィが自分で作るっていうから、鉄を買ってきてくれるか」
「鉄ね……コルカの行商人に金属を見かけたら取っておくように頼んでいるけど、その中に鉄があるかどうかわからないよ」
「もしかして、産地が分からないの?」
テラでソルたちが住んでいるのは、地球で言うところの中央アジアのフェルガナ盆地。国境線が入り乱れているからか、鉱物の開発が進んでいない。だから、どこに何が埋まっているのかよくわかっていないのだ。
「いや、鉄があってもそれを扱える人が少ないんだ。だから、頼んでおかないと持ってきてないと思う」
需要が無いってことか……あれ?
「でも、パルフィは自分でやるって言ったよ」
「鉄は融点が高いから、それだけ技術が必要だということなんだろうな。ということはだ、パルフィの師匠であるおやじさんも扱えるはずだから、予備として鉄を持ってるんじゃねえのか?」
「うぐぅ……」
はは、またおやじさんに頼みごとが増えちゃったね。
「わかった。何とかして鉄を手に入れてくるから、次出発する時は荷馬車を使えるようにしてよね」
「そうしてやりたいのはやまやまだけど、さすがのパルフィも炉を設置してすぐに鉄を扱うことは無理だと思うぜ」
「そ、それじゃ、パルフィのおやじさんに頼んで車輪にはめられるような形にしてもらっとく。それならカインですぐに取り付けられるでしょう」
「うーん、パルフィが本格的な鍛冶ができるって張り切ってるから、それで納得してくれるかわからねえというのもあるが、鉄の輪を馬に括り付けて運ぶってことだろう。リュザールはそれをカインまで曲げずに持って来れるのか?」
「うぐぐ……」
4つ分のそこそこ大きめの鉄の輪っか。厚みがあったらいいんだろうけど、薄くて幅もそこまで広くない。それを毎日馬に括り付けたり外したりしながら移動するんだから、きっとどこかで歪んでしまう。それをパルフィが調整して車輪の形に合わせるのなら、鋳造で形を作った方が遥かに楽だろう。
「ねえ、風花。パルフィがすぐに取り掛かれるようにこちらでも準備しておくから、鉄を確保してきて」
荷馬車の耐久性を上げるためには鉄が必要だとわかったからね、切らさないようにしとかないと作れなくなっちゃう。
「うん。鉄を扱っている行商人に頼んでおくよ。こちらには糸車があるからお願いしやすいんだ。任せて」
これで鉄は風花が何とかしてくれるだろう。




