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第80話 工房に託児所を作っちゃえば?

〇(地球の暦では8月14日)テラ



 お昼を過ぎて少し日が傾きかけた頃、隊商が帰って来たという知らせを受けて、工房のみんなとバザールが開かれる村の広場に向かう。


「何か欲しいものは無いの?」


 列の中ほどで私の隣を歩くルーミンに尋ねる。前回は見るだけで何も買ってないのだ。他の女の子と体つきがほとんど変わらなくなっておしゃれに興味を持ち始めているようだから、気に入った生地があったらそれで服を仕立ててもいいんだけど……


「塩以外の香辛料があれば料理のレパートリーも増やせるんですが、風花先輩言ってませんでしたよね……」


 はは、気になるところはやっぱりそっちなんだね。


「うん、聞いてない。このあたりが原産地の香辛料って何があったっけ?」


「有名なのはコショウでしょうか。それにウコン」


 コショウはいいね。肉のうまみが引き立つよ。これはリュザールに頼んで探してもらおう。でも、


「ウコンって?」


「秋ウコンは別名ターメリックと呼ばれてます。カレーの材料の一つですよ」


「か、カレーができるの!」


「いえいえ、それだけじゃ黄色くて苦い料理が出来上がるだけですが、クミンやカルダモン、ガラムマサラがあればそれらしいものができるはずです」


 うわ、なんかいっぱい出てきた。


「みんな手に入る?」


「たぶんですが、どれもインドあたりに自生していると思います」


 インドすごい!

 これもリュザールに頼んであちらから来る隊商に探してもらって……お!


「ふう……いい風ですね」


 前の方から私たちを撫でるように風が吹き抜けていった。汗ばんでいたから気持ちがいい。


「あっ!」


 突然、先頭からテムスの驚いた声が聞こえ、すぐにカァルの走り出す姿が見えた。


「僕、行くね」

「あ、俺も」


 テムスとユーリルが追っていったのなら安心だ。


「リュザールさんの匂いがしたのかもしれませんね」


 たぶんそうだと思う。村の広場の方からの風が吹いてすぐだったから。


「それじゃ私たちも」


 あと少しだけど、みんな駆けだしていた。


 




「ありゃりゃ、あちこちに人だかりができてますよ」


 広場ではすでにバザールが開かれていて、目的のものを買い求めようと村の人たちが集まって来ていた。


「どこだ? リュザールと言えば黒い髪だろ……」


 そういうパルフィもだけどね。茶色の髪の人が多いこの村では、黒髪は目立ってすぐに見つかりそうなんだけど……ほんと、リュザールどこ?


「黒い髪、黒い髪……あそこ! 座ってやがる」


 座ってたのか、それで見えなかったんだ。さすがパルフィ、私たちの中で一番背が高いだけのことはある。

 広場の中ほどでゴザを広げているリュザールの元に向かう。


「お帰り、リュザール」


 私たちの姿を認めて立ち上がったリュザールと握手する。

 うん、元気そう。大丈夫だとは聞いてたけど、やっぱり顔を見るとホッとするよ。


「ただいま。さっきカァルが来たから、もうそろそろだと思っていたよ」


 カァルは一度リュザールのところに寄ったみたいだ。


「どこ行ったの?」


「テムスとユーリルの姿を見て、あっちに……」


 リュザールが指さす方には、元気いっぱいの白い獣とじゃれ合う二人の姿がある。

 帰りは一緒でなくてもいいから、満足したら戻って来るだろう。


「それでよ、リュザール。あれは手に入ったのか?」


 パルフィったら……気になって仕方がないんだ。


「ねえ、ソル?」


 リュザールは言ってないのって顔してる。


「うん、あまり話さない方がいいと思って……」


 工房の中でパルフィを含めて何人かは、私がリュザールのことを地球で風花から聞けるって知っているけど、そのことが他の人にバレてしまったら大変なことになってしまう。だから、事情を話して伝えないことにしたのだ。もちろん、命にかかわるようなときは別だけど。


「で、どうなんだ?」


 改めて催促されたリュザールは、ちょっと待ってといって、後ろの荷物から重たそうに垂れさがった大きめの麻の袋を取り出すと、口を開けてパルフィに見せた。


「これでいい?」


 パルフィはどれと言って中を覗き、そして手を突っ込み金属の輪っかを一つ取り出した。

 あれが銅と亜鉛を混ぜたものなのかな。いい色。確か真鍮と言ってたっけ。


「おやじにどんなものに使うか言って作ってもらったんだろう?」


 リュザールはうんと頷く。


「さすがだぜ。あたいの欲しい配合で作ってやがる」


 ほぉー、配合なんてあるんだ。


「早速もらって行きてえが、麦何袋だ? 後から持ってくるからよ」


「今はいいよ。荷馬車を受け取るときに調整することになってんだ。でも、ほんとに持っていくの? 結構、重たいよ。これ」


「平気だぜ!」


 パルフィは、リュザールから残りの金具が入った麻の袋を奪い取るように受け取り、家の方へ走って行ってしまった。


「あーあ、パルフィさん、他に何も見ずにいっちゃいましたよ」


 居てもたってもいられなかったのかな……


「あとで、バザールにどんなものがあったか教えてあげよう。それでリュザール、新しい人たちは?」


 風花は、コルカにいた二家族の避難民がカインに移住を決めてくれたと言っていたけど、あたりにそれらしき人たちがいない。


「ボクたちがここに到着して間もなくタリュフさんに会ったから、セムトさんがついでにといって村の人たちのところに連れて行ったよ」


 そういえば、今日父さんは往診に行くと言っていた。そこをセムトおじさんに捕まっちゃったんだね。

 まあ、隊商が広場でバザールを開いている時は村人も集まって来て、新しい人を紹介するのにちょうどいいから仕方がないよ。


「工房に来てくれますかね」


「うん、工房で働きたいって言ってたし、草原の人たちじゃないから大丈夫だと思う」


 草原の人、つまり元々遊牧民だった人たちは家畜を飼いたいって思っていることが多くて、工房で働くためにカインに来たとしても、村の人から羊を何頭か買って牧畜を始めてしまうことがある。これはそういう生活習慣が身についているから仕方がないのかもしれないけど、家畜の世話に時間を取られることになるからフルタイムで雇えなくなってしまうんだ。


「そういえば、子供がいたんじゃなかった?」


「どちらも若い夫婦だから小さい子がいるよ」


「そうか……となると、お母さんたちは難しいかも」


 子育てはほんと大変。特に子供が小さいうちは、家を空けることなんてできない。


「子供か……誰かが面倒を見てくれたらいいのに」


「人の子供を預かる余裕がある人なんていないよ」


 親元が近くにあったらお願いできるのかもしれないけど、移住してきたばかりの人たちにはそういう伝手つてもない。


「私でよければ世話しますよ」


「ルーミンが?」


 ルーミンの家は子だくさんで、ずっと下の子の面倒を見てきたと言っていたけど……


「いや、ダメだよ。ルーミンには工房の仕事があるもん」


 地球の知識を持っている大事な戦力。抜けられては困る。


「ねえ、ソル。いっそのこと、工房の中に託児所を作っちゃえば」


 中に?


「そうですよ。そこなら、仕事をしながら見ることができます。赤ちゃんもずっと泣いているわけじゃないし、寝ていたり、機嫌がいいときは一人遊びしたりしています。必要な時だけ手をかけてあげたらいいので、そんなに負担になりません」


「それに、ルーミンちゃんだけでなくて、手が空いている人みんなでやればいいんじゃない」


 なるほど、工房の中に赤ちゃんや小さい子供がいるスペースを作って、みんなで様子を見ていたらいいんだ。それなら、お母さんたちだって安心して働いてくれるようになるかも。早速みんなに話してみよう。







 夕食を終えた私たちは、部屋に帰って体を拭き始める。

 お風呂がまだないから、こうやって汗を拭きとらないと気持ちよく眠れない。


「いやぁ、今日はいい日だったぜ」


 あれから夕方まで、ずっと鍛冶をやってたパルフィの機嫌は上々だ。


「パルフィさん。あんなにガンガンやって、体痛くないんですか?」


 バザールから戻った後でみんなと一緒に鍛冶工房を覗いたら、熱した炉の前で汗だくのパルフィが真っ赤になった金属の塊を一心不乱に叩いてた。


「久々だったからちっとばかし肩が張っているが、まあ、明日には元に戻ってんだろう」


 さすが、パルフィ。武術の練習の時だって、人一倍頑張っていた。たぶん、筋肉を落としたら大変だって知っていたんだ。


「ところで、金具はどれくらいで完成するの?」


「ん。二、三日でできるぞ」


「え、そんなに早く!」


「ああ、あらかたの形ができているから、後は叩いて形を整えるだけだ」


「今日は一つも出来上がってなかったよ」


 叩き終わった後がなんかデコボコしたものになってたから、完成品にするにはこれから何日も叩かないといけないだろうなって思っていた。


「あの場所で初めての鍛冶だからな。火の入り方とか風の抜け方とか調べてたんだ」


 それで途中から金床の位置を変えたり……いくら私は地球の知識を持っていたとしても、そんなとこまでわからないよ。


「よっと、それで今日は誰からだ?」


 体を拭き終わったパルフィが、桶を横に置いてこちらを向く。

 えっと、昨日はルーミンが最初だったから……


「あ、私だ……」


「ソルはここに座って、足を開く」


 コペルに体を押さえられ、パルフィとルーミンがにじり寄って……


「お、お手柔らかにお願いします……」

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