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第79話 歴史を作っていってもらいたい※

「すごい、こんなの食べたことない」

「うん、テレビでしか見たことないよ」


 下級生の女の子たちは、興奮した様子で写真を撮ったり味を確かめたりしてほんと楽しそう。

 高級レストランでしか見ることが無いような料理を目の前にしてるんだから、仕方がないと思う。僕たちだって何でもないふりをしているけど、浮き足立ってるもん。


「樹、これ食ったことあったか?」


 竹下の震える箸の先にある小さな黒いつぶつぶは……

 ううんと首を横に振る。

 フランス料理店とかに行ったら出てくるのかな。休みの日には父さんが釣ってきた魚を食べることが多いから、外食をなかなかしないんだよね。


「海渡、何の卵だったっけ?」


「キャビアですか? チョウザメですね」


 チョウザメか……さすがにお父さんも釣ったことないと思う。


「産地はどこなの?」


「ちょっと待ってくださいね。……えっと、カスピ海とアムール川が有名みたいです」


 海渡がスマホで調べてくれた。

 海と川? ……あ、そうかカスピ海は塩分濃度が低かったんだ。チョウザメって淡水系の魚なのかな。


「風花先輩、カスピ海に行けますか?」


「うん、あちらの方から来る隊商がいるよ」


 ということは……と呟いて、海渡は目の前のキャビア料理の匂いや味を丁寧に調べ始めた。おぉー、あちらでキャビアを食べられる日がくるかも。


「ところで、由紀ちゃん先生。これだけの料理、僕たちが払った金額では食材費にもならないと思うのですが、本当に大丈夫なのですか?」


 長年家の手伝いをしている海渡は、出される料理がどれくらいの金額で作れるか分かるみたい。


「わ、私もこれほどのものが出るとは思って無くて、あいつが大丈夫と言うからお前たちに声をかけて……」


 あいつ?


「失礼します」


 廊下から声が聞こえ、障子が開く。


「この度は当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます。私は支配人の西村と申します」


 西村さんは僕たちの前で丁寧に頭を下げた。


 支配人さんなんだ。わざわざ僕たちに挨拶しに来てくれたの?

 この前お母さんたちと一緒の時にはそんなことなかったのに、なんで?


大智だいち、もういいから頭をあげろ。あのな、こいつはこのホテルの跡取りで私の許嫁だ」


「「「ええー!」」」


 由紀ちゃんは大智さんを横に呼び、座らせる。


 ち、ちょっ! マジ!

 許嫁さんがいるらしいというのは竹下から聞いて知っていたけど、ここで会えるとは思ってもいなかった。


「由紀ちゃん先生、今日は許嫁さんを紹介するために僕たちを連れて来たんですか?」


「違う違う。こいつが急にキャンセルが出て困っているって電話があったから……」


「本当ですか? 料理が良すぎますよ」


 海渡の追及は止まらない。

 確かに料理がいいのは驚きなんだけど、先生が僕たちに許嫁を紹介したい理由も見当たらない。


「由紀が言っていることは本当です。この食材は、元々本日ご予約頂いていた方に提供する予定でした。残念ながらキャンセルになりましたが、その方からはキャンセル料を頂いているので当社も食材の仕入れを止めれば損することはありません。しかしその場合、食材を確保していただいていた取引先に迷惑をかけてしまいます。だからといって、誰が食べるわけでもない食材を仕入れてももったいないばかり。そこで、当社が赤字にならないギリギリの価格を由紀に伝えて皆様をお呼びしたわけです」


 なるほど、そんな事情が……


「でも、このお値段なら、ネットに出したらすぐに代わりのお客さんが見つかるのではないですか?」


「はい、そのことはもちろん考えましたが、このところ会う度に由紀が楽しそうに君たちのことを話すんですよ。私だって嬉しいし、どんな子たちなのか会ってみたくなるじゃないですか」


「ば、ばか……」


 由紀ちゃん、顔真っ赤だ。

 でもそのおかげで、僕たちは美味しい食事と温泉を楽しむことができたというわけだね。


「ということなので、皆さんはゆっくりと楽しんでいってください」


 大智さんが、満足した表情で部屋から出ていったので食事を再開したのはいいんだけど……みんなあることが気になって仕方が無いみたい。ここはちゃんと聞いておいた方がよさそうだ。


「あのー……由紀先生、学校を辞めちゃうんですか?」


 大智さんはこのホテルの跡継ぎだって言ってた。つまり、将来由紀ちゃんはこのホテルの女将おかみさんになるはずだから、学校の先生との両立はできないのではないだろうか。


「へ? なんでだ、辞めないぞ。どこからそんな話に…………あ、もしかして、私がここを継がないといけないと思ってんのか?」


 みんな、うんと頷く。


「昔のままの旅館だったら、そうだったろうな。だが、改装してホテルになったから、女将という立場は無くなってんだ。現にお義母さんも、女将ではなく経理担当の役員として仕事をしておられる」


 なるほど。


「た、ただ、跡継ぎを早めにと言われているから、子供ができたら少し休みをもらうかもしれない……」


 由紀ちゃん、また真っ赤になった。可愛らしい。

 子作りと子育ては大切な事だから、周りが支えてあげないとね。


「由紀ちゃん先生、住むところはどうするのですか? もしかしてここから通われるとか?」


 ここからでも学校に通勤することはできそうだけど、毎日は大変だと思う。


「結婚したら、学校とこことの中間あたりに部屋を借りることになっている。そこなら、片道一時間かからないからたいしたことはない」


 お互いの仕事を尊重して決めたんだろうな。


「先生、武研も安泰ですね」


「ああ、私がいる間は続けていくつもりだ。お前たちはその第一期生として歴史を作っていってもらいたい」


「「「はい!」」」

あとがきです。


「由紀ちゃん先生の旦那さんになられる方……大智さんでしたっけ、優男でびっくりしました」

「ああ、かってに厳つい筋肉質を想像していたぜ」

「でもお似合いだったね。それじゃ次回の予告をするよ」

「次のお話はテラでのお話ですね」

「俺、出てくる?」

「あー……ほんのちょっと」

「竹下先輩そんなに肩を落とさないで、そのうち日の目を見ることもありますよ。ちなみに更新の予定は9/16(土)のようです」

「それでは皆さん、次回もよろしくお願いします。あ、それとこんな感じでたまに次回予告をしたりするかも」

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