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第78話 地獄はどうだった?

「お前たち、そのままロビーで待機。トイレに行くやつは誰かに言ってからいけ」


 バスを降りた僕たちは、ロビーのソファーに腰かけて由紀ちゃんがチェックインするのを待っている。風花はまだ女の子たちと一緒。今回はずっとこんな感じかも。


「おや?」


 僕の隣でホテルの調度品を品定めしていた海渡が、何かに気付いて鼻をクンクンし始めた。


「うん、この奥が大浴場だよ」


「やっぱり、温泉のいい匂いです。これは、硫黄ですか?」


「さすが海渡だな。ここの成分はそうらしいけど、俺にはわかんねえ」


 海渡は鼻が利くからね。僕もぼんやりとしか感じない。


「お前たち、注目!」


 由紀ちゃんがこちらにやってきて手を上げた。


「チェックインは済ませた。部屋は二つ、男と女だ。食事は18:30から二階の角部屋。武研の案内板があるらしいからそれを目当てに行ってくれ。もちろん時間厳守。それまで時間があるので武術の訓練をやりたいところだが、残念ながら場所の確保ができなかった」


 ということは?


「夕食までは自由時間とする。ただし、ホテルの外に出るときは私に声を掛けるように。わかったか」


「「「はい!」」」


「よし、男子は樹」


 由紀ちゃんから部屋の鍵をもらう。


「女子は私について来い。解散!」






「せんぱーい、地獄に連れて行ってください」


 部屋に荷物を置くと、すぐに海渡が腕を引っ張ってきた。


「え、地獄だよ。いいの?」


 さっきは怯えていたように見えたんだけど。


「さっき調べました。昔の殿様がひどいことをした本当に地獄のような場所みたいですが、今は整備されて観光地になっているようですね。それに、本物の地獄というものは、見た目が天国のような場所だと思うんですよ。そうしないと、誰もやってきませんから」


 そ、そうなんだ。


「えっと、ここからだと歩いて20分くらいかかるけど平気?」


「全然問題ありません。テラでは毎日その何倍も歩いています」


 向こうには公共交通機関がないから、馬が使えない時は自分の足を使っていくしかない。村の広場でバザールが開かれる時は、片道30分の距離を荷物を抱えて行っているのだ。


 竹下は……テーブルの上に置いてあった地元の銘菓を慌ててパクついてる。ついて来る気だな。


「出かけていいか、聞いてみるね」


 まずは風花を誘って……





「うわぁ、すごいです。煙がモクモクと。ヤバいです。それに臭いぃ」


 地獄に着くや否や海渡は大興奮。

 地面からボコボコと熱湯が湧き出し、あたり一面は硫黄の結晶で真っ白。そして、風に漂いこちらまでやってくる煙の中は、卵の腐ったような匂いがしている。


「ほら、二人とも煙の中に立つな。気分が悪くなるぞ」


 おっと、そうだった。さっき看板に、たくさん吸い過ぎるなと書いてあったっけ。


「それと、知っているか。ここってさ、つい最近まで駐車場だったんだぜ」


 竹下は、国道のすぐ横の地面からモクモクと煙が上がっている場所を指さした。


「え!? そうなの?」


 そう言われてみれば……前来た時は、ここに車を停めて地獄めぐりをしたかも。


「以前と湧く場所が変わったということでしょうか?」


「そうじゃねえのか。自然が相手のことだし」


「ふむ、もしかしたら、いつかテラでも温泉が湧き出すかもしれませんね」


 そんなことがあるのかな……


「うーん、何とも言えねえがカインあたりは無理だと思うぜ、地球で温泉の情報がないだろう。それよりも、実際に出ているところに行ったほうがましだって」


 ネットで調べたら、地球の中央アジアにも温泉があるらしい。つまり、あちらの世界でもその場所に行ったら温泉が湧き出ている可能性が高いということだ。


「しかし、どうしてあちらでは温泉の話が出てこないのでしょうか。リュザールさんもご存じなかったようでしたよ」


 お風呂が作れないのなら、せめて温泉でもということで風花に尋ねたことがあるんだけど、隊商の間でもそういう話を聞いたことが無いみたい。


「たぶん、風呂に入る習慣が無いのと、匂いが気になるんじゃないのか」


 確かにこんな体に悪そうな匂いを嗅いだら、近づこうとは思わないよ。


「順路はこっちみたいだぜ」


 地獄の中の遊歩道を三人で歩く。柵の先では、白く濁った液体が湯気をあげながら流れている。ちょっと触ってみたいけど、たぶん熱湯なんだよね。


「ん? 何か聞こえませんか?」


 三人で耳をすます……悲鳴?

 慌ててそこに向かう。


「お、看板があるぜ。大叫喚地獄だってさ」


 なんだ、蒸気の音だったんだ。こういう所から地獄って名付けられたのかな。

 遊歩道をさらに先に進む。


「お! あれ」


 竹下が指さす先には、休憩所の近くでくつろいでいるネコがいた。

 野良っぽいけどここに住んでいるとは思えないし、観光客に遊んでもらうためにいるのかも。


「にゃー」


 竹下がそう言って手を差し向けると、サビ色のネコはちょっとだけ顔を上げたけどすぐにあっちを向いてしまった。


「相変わらずですね竹下先輩、ここは樹先輩お願いします」


「えーと」


 仕方がないので、そのネコの視界にちょっと入る位置で指を振る。

 お、興味を示した。

 そのまま、ゆっくりと振って……よし!

 サビ色の猫は、僕の目の前で背中を向けて寝そべった。撫でろってことね。


「樹、俺も」


 はいはい。

 三人で猫様が満足いくまで撫でてあげる。


「楽しすぎますぅ。風花先輩たちも来ればよかったのにですね」


 地獄めぐりに風花たちも誘ったんだけど、先に女の子みんなで温泉に入るって言ってた。


「仕方がないよ。人が増えたら落ち着かない子もいるらしいから」


 一風呂浴びようと考える人が増えるのか、夕食前の時間は浴場が混雑してくる。そうなるとゆっくりと湯船に浸かることもできなくなるから、空いているうちにすませようと考えたのだろう。さてと、猫様も満足したようだし。


「そろそろ戻ろう。夕食前に温泉に入らなくちゃ」


「はい、僕も楽しみです。今戻ったら、女の子たちはもう上がってますかね」


「うーん、ホテルを出てから一時間以上たってるから、今は部屋で休んでいるんじゃないかな」


「ま、混浴というわけじゃないから別にどうでもいいじゃん」


 それもそうだということで、ホテルに帰りながら三人であちらで温泉が見つかったらどんな感じにするかって話してみたけど、やっぱり見てみないとわからないよねということで落ち着いた。






 温泉をじっくりと堪能してきた僕たちは、部屋に戻らずそのまま一階の大浴場から階段を一つ登り二階の夕食会場にやってきた。


「確か奥……あ、ありました! 武術研究会御一行様。ここです!」


 案内の看板がかかった部屋の障子を開ける。


「まだ、誰も来てないね」


 座布団が7枚、人数分揃っていたので、中に入って女の子たちを待つことにする。

 4つ並んだ座布団の手前から竹下、海渡、僕の順で座って、僕の隣は空いているけどたぶん風花が座るだろう。


「ふぅ、樹に付き合ったらひどい目に遭ったぜ」


 竹下は、疲れた表情で座布団を頭にして横になった。


「そう?」


「ほんとそうです。まだ汗が止まりませんよ」


 海渡は首から掛けたタオルで顔を拭いている。


「よかったね、芯まで温まった証拠だよ」


「そうかもしれないけどさ、俺たちまだ若いんだからそこまで体を温めなくてもいいんじゃね」


「でも、お風呂ってじっくりと入りたくならない」


「あ、それは分かります。テラと繋がってからは、僕もそうなりました」


 だよね。


「あー、二人はテラで女の子だから特にだろうな。俺だって、今日は風呂に入りてえなって時があるわ」


 男の人だって、一度お風呂を経験しちゃったら入りたくなるはずだ。


「パルフィが大きな釜を作ってくれたら、ユーリルがお風呂を作ってくれるんでしょう」


「その予定だけど、人手が足りないからすぐには無理かもしれねえぜ」


 人手か……村の外から人を集めるのには限度があるし、糸車を作る人を減らすわけにはいかないし、頭が痛いよ。


「あ、来たようですよ」


 廊下の方から女の子たちの声が聞こえ、障子が開く。


「お前たちもう来てたのか……って、風呂上がりか」


「樹に付き合ってたら、時間ギリギリまで入らされて……」


 だって、せっかくの温泉なんだから、堪能しないと。


「汗だらだらです!」


 まだ汗が引かない海渡は、タオルで少し伸びてきた襟足を拭きだした。


「まったく……すぐに冷たいお茶を出してもらうからちょっと待ってろ」


 由紀ちゃんは部屋の奥の襖を開けて、仲居さんを呼んで……やけに親し気だけど、知り合いなのかな。


「ねえ、樹くん。地獄はどうだった?」


 やっぱり風花は僕の隣に座ってくれた。あ、そういえば、今日二人で話すの朝の散歩以来かも。


「あ、うん、煙がかなり上がってて、面白かった」


『そうなんだ、ボクも行ってみたかったな』


 風花は僕に近づき耳元でテラの言葉をささやいた。

 僕たちは、他の人に聞かれたくない話をする時にこうすることがある。たぶん風花は、武研の女の子たちに気を使わせてはいけないと思ったんだろう。


「明日朝から一緒に散歩しようか」


 どうせ朝早くに目が覚めるんだから、ゆっくり回っても朝ごはん前に帰って来れるはず。


「うん、楽しみにしてる」


 明日の朝は風花と一緒にいれそうだ。


「よし、みんな席についたな。すぐに配膳してもらうが、男どもはまずはお茶を飲んで体を冷やせ」


 すぐに僕たちの前に冷たいお茶と料理が運ばれてきたんだけど……


「せ、先生、これ、大丈夫なんですか?」


 予想したものより遥かに高級な料理が並んでいくさまに、みんな声を失っていた。

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