第77話 じ、地獄ですか!?※
〇8月5日(土)地球
「あれじゃないですか?」
海渡が指さす先、市民会館横の集合場所に一台のマイクロバスが止まっている。
「時間より前だよな。みんな、もう乗ってんのか?」
確かに近くに武研の子たちは見当たらない。
恐る恐るバスに近づくと、ピーっと音がして中ほどにあるドアが開いた。
「お前たちが最後だ。早く乗れ」
由紀ちゃんに促されバスに乗り込む。風花は先に乗っていたけど隣に一年の女の子が座っていたから、僕たち三人は一番後ろの座席に並んで座った。
「運転手さん、揃いました。よろしくお願いします」
バスは、予定の時刻よりも少し早く郊外に向けて出発した。
「はい、風花先輩」
由紀ちゃんのすぐ後ろに座っている風花は、隣の座席の新しく武研に入った一年の女の子からお菓子を直接食べさせてもらっているようだ。手じゃなくて頭が動いている。
「ズルい! 私も風花先輩に食べさせたい!」
あ、通路を挟んで風花の隣の子も……
「風花先輩モテモテですね」
僕の右隣の海渡が呟く。
「ああ、転校してきて日が浅いのにすごいよな」
左隣の竹下がそれに返す。
山下を投げ飛ばして注目を浴びたというのもあるんだけど、風花が時折見せる男の子っぽい振舞いが女の子たちの間で話題になっているらしい。
それで由紀ちゃんは、入部希望者の中で風花に近づきたい目的で集まった子たちを排除して、今の子たちを選んだと言っていた。
「30分たったらちゃんと変わってよ」
どうやら、風花の隣は交代制のようだ。
まあ、今日はオフだから、これくらいはいいよね。
「くぅー、俺もチヤホヤされてぇー」
「だから、竹下先輩は無理ですって。樹先輩から聞きましたよ、ワンチャンあったらいくつもりなんでしょう?」
「そうだよ! だって、仕方がないじゃん。女の子といい雰囲気になったらそうなるだろう。お前たちもそうなんじゃねえの?」
女の子とか……
「……その時によるかな」
「ですね。臨機応変にいきます」
「何? 俺と何が違うの? 教えて!」
海渡と顔を見合わせる。
「「さあ?」」
僕と海渡は女の子の気持ちがわかる方だと思うけど、それでも答えなんてないと思う。
「だいたいですね。決まった相手を見つけて、その子だけとイチャイチャしたらいいんですよ」
「だから、その子を見つけるためにワンチャンをものにしないといけないんじゃないのか?」
それも間違いでないような気がするけど……
「ささ、そんな答えが出ないことをグダグダ考えるより、僕が作ったお菓子を食べてください」
そう言って、海渡は荷物の中から一口大に切ったパウンドケーキを取り出し、竹下の前に差し出した。
「あ、手は使わずにそのまま、汚れちゃいますので」
OKと言って、竹下は海渡の手からそのままケーキをパクついた。
これもイチャついてることにならないのかな……
「はい、樹先輩も」
ま、今更遠慮する仲でもないし……
僕もパクっと……
「美味しい!」
「うん、うまい」
「えへへ、よかったです。あとで女の子たちにもお裾分けしなきゃです」
感想を聞いて新商品として出すのかな。
「お前たち、食べるのもほどほどにしとかないと、夕食が入らなくなるぞ。今日はご馳走らしいからな」
「「「はーい」」」
僕たちを乗せたバスは、海を南に見ながら東に向かって進んでいる。
「お、わき道に入りましたよ。樹先輩、正解ですか?」
「え? 正解かどうかわからないけど、この前お母さんたちと行った時もこの道を通ったと思う」
今向かっているのは、風花が引っ越してくる前にお母さんたちと一緒に泊まったホテル。
「でも、よかったよなー。あの温泉地のホテルにこんな値段で泊まれないぜ」
「はい、それも夕食と朝食が付いてですからね。見逃す手はありません。由紀ちゃん先生に大感謝です」
どういうことかというと、昨日、武研の休憩中にかかってきた電話に出ていた由紀ちゃんが、僕たちにこういったのだ。
◇◇◇◇◇◇
『ちょっと聞いてくれ。急で悪いが、明日泊りがけで温泉に行けるものはいないか? 知り合いからなんだが、急に予約がキャンセルになって食材がもったいないから泊まってくれる人を探しているらしい。一泊二食付き、もちろん値段は勉強するそうだ』
由紀ちゃんに料金を尋ねたら一人3,000円だって。それを聞いた竹下は、今時素泊まりでもそんな値段じゃないぜって。本当にそう思う。たぶん料理の材料費くらいにしかならないんじゃないだろうか。
『先生も行かれるのですか?』
『誰もいなければ行かないが、いたら一緒についていくぞ』
『風花』
風花はうんと頷いて電話をかける。
『あのね、お母さんがお父さんに聞いてくれるって』
◇◇◇◇◇◇
それで、風花のお父さんの了解が出たからみんなで予定を変更して、一泊旅行に行くことになったんだ。参加者は僕たち四人の他に武研の女子が二人(一年生と二年生)と由紀ちゃん。一年生のあと二人の女子と二年生の男子は家の用事が入ってて不参加。残念がってたけど、急な事だから仕方がない。
「今から向かうところって、この前、樹先輩が風花先輩と一緒に泊まったところですよね」
うんと頷く。
由紀ちゃんからホテルの名前を聞いて、風花と二人で顔を見合わせた。でも、確かにあのホテルなら和室の部屋もあって、一部屋に四、五人なら一緒に泊まれる。
「その温泉地のおススメは何ですか? 僕、家がお店しているから、旅行とかほとんど行ったことないんですよ」
海渡の家は日曜ぐらいしかお休みがないのに、仕出しの注文が入ったらそれに対応している。休みだからといって断ったらいいのに、うちの料理を楽しみにしている人に悪いからって。でも最近では、大学に入って受験の心配がなくなった海渡のお兄さんが手伝えるようになったし、パートさんも雇っているみたいだから、海渡も僕たちに付き合えるようになったんだ。
「一番は温泉だけど、ホテルから歩いて行けるところに地獄があるよ」
「じ、地獄ですか!?」
「そう、地獄」
あ、竹下がニヤニヤしてる。知ってんだ。
「ぼ、僕、地獄に呼ばれるようなことしてませんよぉ……」
怯えた海渡にしがみつかれたまま、バスは山道を登っていく。
あとがきです。
「楽しかったですぅー。ものすごいくねくね道でした!」
「ああ、ヤバかったな。ここってドラゴンなんとかって二つ名があるらしいぜ」
「なんと! 名持ちさんでいらっしゃったんですね」
「……というかさ、何で二人ともカーブになったら僕の方に寄りかかってくるんの? 支えるの大変だったんだけど」
「おかげで樹先輩の包容力を堪能することができました」
「だな。安心感があるぜ。で、海渡、次の更新はいつだ?」
「えーと、9/9(土)のようですよ」
「それでは皆さん、次回もよろしくお願いします。地獄のお話かな」
「だから僕は無実ですって、勘弁してくださーい」




