第74話 OK! スペシャル、ツー!
〇7月29日(土)地球
「おはようございます」
いつもの場所に風花と二人で待っていると、海渡が晴れやかな顔でやってきた。
「おはよう、海渡くん……さっぱりしちゃったね」
「はい、今日は暑そうだったので、昨日武研が終わった後バッサリといっちゃいました」
今日の海渡の髪型はいわゆるスポーツ刈り。僕も昨日髪を切って来たけど、ここまで思い切りよくいけなかったよ。
「おはよう、お、海渡、似合ってんじゃん」
竹下も来た。出発しよう。
みんなでいつもの散歩コースを歩いていく。
「風花、リュザールの方は変わりない?」
「うん、今のところ順調。コルカにも予定通り着きそうだよ」
セムトおじさんの率いるカインの隊商は、二日前にコルカに向かって旅立った。戻って来るまで20日ほどかかるから、その間は毎朝様子を聞くことにしているんだ。情報が何よりも大切だからね。
「盗賊の噂はどうなの?」
「うーん、あまり聞かなくなったかも」
あの時リュザールたちが派手に討伐したから、避難民の人たちも盗賊になろうと思わなくなったのかな。
「でもさ、避難民が減っている訳じゃないんだろう」
風花はうんと頷く。
「俺もセムトさんに拾われてなかったら、今頃はまだ他人のユルト(遊牧民が使うテント)の中で肩身が狭い思いを……うぅ、ゾッとするぜ」
もしユーリルがカインに来てなくて、コルカで誰かに簡単に食べていく方法があるから一緒にやらないかと誘われていたら……考えるのはよそう。ユーリルは生きてる。それで十分。
「早く糸車を広めて、その人たちも助けたいね」
みんなうんと頷いてくれた。
「さてと、俺は行くな」
まだ散歩の途中なのに、竹下が離脱するという。
「準備?」
「ああ。みんな、今日は頼むな」
「うん、11時頃でいいの?」
「開始が昼からだからな。俺は会場に先に行って準備しているから、昨日渡した服で来てくれな」
丁稚服を着て会場まで歩いていくと……さすがに目立っちゃうか。風花と海渡を誘ってお母さんに送ってもらおうかな。
「竹下先輩、休憩はありますか?」
「もちろん、交代で何度か休んでもらうようにしてるぜ」
「いろんな出店があるんですよね。今から楽しみですぅ」
手伝うことばかりに気を取られていたけど、お祭りを楽しんでもいいのかも。
「はい、いちごみるく」
「かしこまりました!」
海渡は、竹下のお兄さんからイチゴのシロップに練乳がかかったかき氷を受け取り、注文した人にどうぞと笑顔で渡している。
「何とかなりそうだね」
「ほんっと、よかったぜ」
最初はお客さんが少なくてマジでヤバかった。でも、暑さのおかげでかき氷を求めるお客さんが来てくれるようになって、今は程よく繁盛しているって感じ。
「後は俺たちでやっとくから、風花と一緒に休んできていいぜ」
今は開始から一時間ちょっと、会場全体が落ち着いてきた感じはするけど……
「大丈夫?」
「平気平気、さっき兄貴の友達も来てくれたからさ。今のうちに行ってきて。夕方になったら大変みたいだし……」
そういえば、隣のお店の人が夜は花火が上がるから人でごった返すって言ってた。
「だって。風花、行こうか」
「あ、ちょっと待って、これ母さんから。好きなもの食べて来なさいって」
竹下からお金を受け取る。
「いいの?」
「遠慮すんなって。俺たちの着物姿がなかなか評判みたいで、父さんも母さんも大喜びなんだから」
そういうことならと、ありがたく頂戴して風花と二人で出店を後にする。
「風花、何を食べる?」
手元には竹下から貰った3千円がある。これだけあったら二人でお腹いっぱい食べても余るはずだ。
「これ食べてみたい」
風花は僕に一枚の地図を見せてくれた。
これって出店の配置図。いつの間に……
えっと、風花が指さしているのは……お!
「初めて?」
風花はうんと頷いた。
「わかった。僕も気になる。行ってみよう」
二人で目的の場所まで急ぐ。
「足りるかな?」
風花が心配するのもわかる。今から食べようとしているのはファーストフードなんだけど、なかなかのお値段で有名。お小遣いで買うには勇気がいるのだ。
「大丈夫、これだけあるから」
風花に竹下から貰ったお金を見せる。
「そんなに……たくさん食べられそうだね」
「うーん、たぶん一人1個ずつかな」
トッピングというか、満足のいく具材を選んでいったら結構高かったはず。
「そうなんだ……」
風花、残念そう。でも、見たらびっくりするよ。
目的の場所に到着した僕たちは、列の後ろに並ぶ。
「あんな大きさなの!?」
周りで食べている人を見た風花の感想は予想通り。
「ね、1個で十分でしょう」
「うん、お腹いっぱいになりそう」
列が進み、キッチンカーの前に立てかけてあるメニューを見ることができるようになった。風花と一緒にせーので指さす。ふふ、一緒だ。
「次の方どうぞ」
おっと、言わなきゃ。
「佐世保バーガースペシャルを二つ下さい」
せっかくなら一番高いやつを食べなきゃね。受付のお姉さんに3千円を渡す。
「OK! スペシャル、ツー!」
あとは、呼ばれるまで近くで待って……
『可愛いー』
どこからか黄色い声が……
何かいるのかな?
周りにたくさんの人はいるけど、可愛らしいものは特別……
『コスプレかな?』
コスプレ……まさか!
もう一度あたりを見る。僕と風花を見ている人が何人かいた。
僕たちのことだー!
浴衣を着ている人たちがいたからそのままで来たけど、丁稚と町娘の格好は目立っちゃうんだ。せめて、前掛けを外しておけば……
慌てて風花を……あれ? 恥ずかしがってない。
「平気なの?」
「うん、お店の宣伝になるから」
風花に詳しく聞くと、ここは駅から会場への通り道になっていて、僕たちを見た人が会場で同じ格好をした竹下と海渡を見かけたら、何だろうって近寄ってみるはずだって。確かにそうかも。
それなら、楽しそうにしていた方がよさそう。
「そこの僕たち、お待たせー」
お姉さんから袋を二つ受け取る。
「ありがとうございます……あれ?」
バーガーだけにしては……
袋の中を覗き込むと、頼んでないものが入っていた。
「あのー、飲み物は……」
「サービス。君たちはメイン会場でかき氷を売ってるでしょう。こっちまで来てくれて嬉しかったから、ほんの気持ち。まだ、まつりは始まったばかりだから、お互い頑張っていきましょう」
「「ありがとうございます!」」
お姉さんとキッチンカーの中のお兄さんにお礼を言って、その場を後にした。
「ただいまー、どうだった?」
出店の前で客引きをしている竹下たちに声を掛ける。
「お帰りー、今ちょうど客が切れたから呼び込みしてた」
「変わろうか?」
「そうすっかな。海渡、行こうぜ」
「はい、お腹ペコペコですぅー。おや、風花先輩、大満足なご様子。何を食べられてきましたか?」
「佐世保バーガー! 美味しかったよ」
「マジ、来てるの! 海渡、俺たちもいこうぜ」
キッチンカーがある広場に向かって走っていく二人を見送る。
これで、お姉さんにお返しはできたし、二人には美味しいバーガーを紹介することができた。みんな得したことになるよね。




