第71話 それでは炒めますよ
「ふぅー、目の保養でした」
広場からの帰り道、ルーミンは満足そう。
「よう、ルーミン。何か買ったのか?」
「いえ、何も。今は特別必要な物がないので、見るだけにしときました」
ふふ、買って楽しむより見て楽しむ方なのは、やっぱり海渡と一緒だ。
「パルフィさんはいいものありました?」
「あたいは鍛冶に使えるものを探していたんだが、どこにもなかったぜ」
珍しいものが見つかるバザールでも、さすがに鍛冶の道具はニッチすぎて頼んでないと持ってきてくれないよ。
「俺は遊牧民の服を見つけたから欲しかったんだけど、高くてさ……」
こちらで服と言ったら自分で作るもので、完成品は高価な品物なんだ。
「ユーリル、生地を買って自分で作ったらいいじゃねえか」
「いやいや、作れないって」
こちらの男の人で裁縫する人は稀だし、竹下の家庭科の成績はいつもギリギリ……
「それ、ユーリルがさっき見ていたやつ?」
「うん、そう」
「私がやる」
お、コペルから助け船が。
「いいの? 子供の頃を思い出して懐かしかったんだ。急がないから頼む」
「私に任せる。ただし、私なり。それでいい?」
「全然平気、俺もぼんやりとしか覚えてないから、むしろ着やすいように作ってもらった方がうれしい」
コペルはうんと頷いた。きっと、いい物ができるだろう。
「ユーリル、生地はどうするの? 仕入れてこようか?」
「生地か……コペル、どうしたらいい?」
「時間かかってもいいなら、生地から作る」
コペルは、テムスの冬服がそろそろ仕上がると言っていた。その後は私やユーリル、そしてルーミンのが控えている。糸車はあるけど機織り機がまだだから、生地を作るのに時間がかかるのだ。
「そうか、あまり負担をかけちゃ悪いな。コペル、生地はこっちで用意するよ。リュザール、いいのがあったら買ってきてくれ」
「了解! コルカで北から来る隊商に聞いてみる」
コルカの北はユーリルの生まれ故郷がある辺りで、遊牧民の人がたくさん住んでいるらしい。そこの隊商なら、実際に遊牧民の人が織った生地を持っているかも。
「ところでリュザールさん、お米はどうでしたか?」
前を歩くルーミンが、振り返りながら尋ねる。
「セムトさんが、仕入れることができたから後から持ってくるって」
おっ!
「ふむふむ、今日中に手に入りそうですね。それでリュザールさんの出発はいつごろでしょうか?」
「これだって」
リュザールは手を開いて私たちに見せてくれた。
5日後か……
「あまり時間がありませんね……よし、それでは早速明日プロフを作っちゃいましょう!」
おぉ、こちらでようやくプロフが食べられるぞ。
あとは……
「ねえ、リュザール。おじさん他に何か言ってた?」
ついでに聞いちゃおう。
「今度の行き先はコルカ。そして、糸車を一人5台ずつ持っていきたいけどいいかって。あ、5人でいくから全部で25台だね」
25台……
「それだけでいいの? まだあるよ」
作り始めたころは、1台作るのに2日かかったとユーリルは言っていた。でも、最近では皆慣れてきて1日に3~4台作れるようになってきているから、確か出荷待ちが50台以上あったはずだ。リュザールもそれは知っているはずなのに、在庫が半分以上も残っちゃったらみんなに払うお給金が……
「馬に積める量に限りがあるというのもあるんだけど、バーシの隊商が来たら同じだけ渡してくれって」
あ、そうか、リュザールがカインに来る条件の一つにバーシの隊商で糸車を扱うというのがあった。その分を残しておかないといけないんだ。
「値段は一緒?」
「うん、1つにつき麦3袋ね」
「わかった」
これで、合計50台、麦が150袋集まるからみんなにお給金を出せて、リュザールに頼んでいる色々なものを買うことができそう。
「なあ、リュザール。次の時も同じくらい持っていくだろう?」
「うん。セムトさん、そう言ってたよ。糸車の評判がいいからいくらでも欲しいみたい」
前回、おじさんにはできたばかりの糸車を試しに何台か買ってもらった。評判がわかっているということは、誰かに使ってもらったのかもしれない。
「次、リュザールたちが帰って来るまでに少なくとも50台はできているから……んー、やっぱ麦が貯まってきそうだな。リュザール、次回から糸車の代金の一部を金属にしてもらいたいんだけど、大丈夫か?」
「金属……確か最初は銅だったよね」
銀貨や金貨はみんなが銅貨に慣れてからの予定だから、まずは銅を集めないといけない。
「ちょっと待ってくれ、銅だけじゃなくて亜鉛も一緒に頼むぜ。その方が加工しやすくなるんだ」
そういえば、海渡が調べてくれた日本の硬貨は、銅と亜鉛やニッケルの合金だった。その方が安いのかなって思っていたけど、加工がしやすいから入れていたのかも。
「亜鉛も……パルフィ、半々でいいの?」
「いや、銅が六、七割、残りが亜鉛だな」
「わかった。これは後から調整してもいいよね」
「ああ、すぐには加工しねえからな。それと、リュザールはおやじのところにも寄るだろう」
「う、うん、鋳造用の炉と人集めを頼まなきゃ」
お仕事だから仕方がないね。苦手だからって避けちゃダメだよ。
「ついでに、荷馬車に使う金属をいくつか買ってきてくれねえか。素材は鉄があればいいんだが無ければ銅と亜鉛を混ぜたもの。お前たちが言う硬貨ってやつと一緒だな。ただ、これは溶かし固めて輪っかにしたものが欲しい。まだ、ここでは鋳造ができねえからな」
そう言ってパルフィは、そこに落ちていた木で道に少し大きめの筒のようなものを描いた。
「大きさはそれくらいね。数は……まだ、たくさんは買えないか。とりあえず1台分4個でいい?」
「おう、頼むぜ」
〇(地球の暦では7月23日)テラ
「ルーミン、これどうすんだ」
「ザクザクと切ってください」
「ほい、ザクザクっと」
ルーミンの指示でどんどんと野菜が刻まれていく。
「よっこいしょ。鍋はこれでいいのかい」
母さんは、この村で一番大きな鍋を倉庫から持って来てくれた。この鍋は結婚式の時くらいにしか使わないから、この前使ったのはチャムさんが嫁いでいった時だったはずだ。
「はい、一度に作ってみんなで食べるのが美味しいのです!」
「そうなのかい。楽しみだねえ。さあ男衆、黙って見てないで鍋を洗うのを手伝っておくれ」
母さんの指示で、遠巻きに眺めていた男の子たちが動き出す。
「結婚式のよう」
「そうだね」
コペルの村でも結婚式の時は、村総出で準備してたんだろうな。
「リュザール、おめえ、男のくせになかなか手際がいいな」
パルフィは、自分よりも包丁捌きのいいリュザールに驚いている様子。
「そう? 最近は地球でも料理をしているからかな」
風花はこちらと繋がってから、水樹さんから料理を習っているそうだ。隊商の人たちに料理を作ってあげるのはもちろんなんだけど、新しい食材なんかも料理をしないと気付かないかもしれないからって。
「お、準備ができたようですね。それでは炒めますよ」
鍋を担いで戻ってきた男衆を見て、ルーミンが腕まくりをした。




