第67話 はひぃ、はひぃ……もう無理ですぅー
〇7月18日(火)地球
放課後、一階の渡り廊下で一学年下の海渡と合流した僕たちは、体育館隣の武道場に急ぐ。
「皆さん早かったですね」
「うん、由紀ちゃんがホームルームを怒涛の速さで終わらせちゃって」
「そうなのですか。もしかして武研のために?」
「たぶん……」
ホームルームが終わったらすぐに集合と言ってたのは由紀ちゃんだし……
「……そんなに気合が入られてて、僕たち大丈夫なのでしょうか?」
僕たちの誰も武道についての経験がない。もちろん風花は技を使えるけど、教えられたのはあちらの世界だから、しきたりというか作法というものが全くわからないと言っていた。
「いきなりどやされたりしたら嫌だな……気を引き締めて行こうぜ。海渡、鍵、開けて」
武道場の入り口に到着した僕たちは、海渡が鍵を開けるのを待つ。
「鍵ですか? 職員室に寄って来ましたが、ありませんでしたよ」
「ということは……」
由紀ちゃん、先に来てるんだ。
竹下が恐る恐るといった様子でドアを横に滑らせると、するすると抵抗なく開いていく……
「「「「遅くなりました!」」」」
「お、よく来たな!」
そこにはすでに道着姿の由紀ちゃんが立っていた。
「畳に傷がないか見ながら拭くんだぞ」
道着に着替えた僕たちは、由紀ちゃんにやり方を教わりながら武道場の中を掃除している。
「先生、傷が見つかったらどうするんですか?」
「とりあえず応急処置でふさぐ。乱取り中にそこに足を引っかけて転んだら、骨折しかねないからな」
掃除はそういうところを見つけるためにも大切だから、一日の最初にするんだって。勉強になる。工房でもやってみようかな。
「そろそろいいか。道具を片付けて集まれ!」
道具を所定の位置に直した僕たちは、由紀ちゃんの前に並ぶ。
「お前たちはなかなか手際が良くて、特別に言うことは無いんだが……まさか、学校に内緒でアルバイトしてるんじゃないのか?」
アルバイトはしてないけど、工房にパルフィが来てからあちらでの作業はなかなかスリリング。適当にやってたら危ねえだろうがってすぐに怒られるから、気が抜けないんだよね。
「もしかしたら、たまに俺の店の手伝いをしてもらっているからかも」
うまい、竹下。
「そういや、竹下呉服店ではカフェも始めたらしいな。手伝いなら構わないが、勉強に支障が出ない程度にしとけよ。それではお前たちの実力を見ようと思うのだが……まずは風花、私と手合わせしてくれ」
指名を受けた風花が武道場の中央まで向かう。
「風花、お前が山下を投げ飛ばしたときは動きを何とか目で追えたんだが、これまで見たこともない型だった」
由紀ちゃん、あれが見えたんだ……
「いったい誰から師事を受けたんだ?」
「…………」
「言えないのならそれでもいい。ただ、私の師匠筋の人に尋ねたら、今は廃れた古武術に似たような型のものがあると言っていた。今日はそれを確かめさせてもらうつもりだ。さて、中山、開始の合図を頼む」
部長の海渡が中央まで進み、二人に声を掛ける。
「始め!」
由紀ちゃんと風花の戦いが始まった。
「それまで! 先生、瞬殺でしたね」
風花の手を借り起き上がる由紀ちゃんに、海渡が声を掛けている。
「くそー、見ていたら反応が遅れた」
「先生は見えていたんですか?」
「ああ、最初はな。途中からは曖昧に……だが風花、動きに少し違和感があったように感じたんだが、うまく体が動いてないんじゃないのか?」
そ、そうなの?
「は、はい。思ったように体が動かなくて……」
もしかして病気?
「ちょっと来い」
先生は風花を女子更衣室に……
「あ、男子は……そうだな、とりあえず腹筋を鍛えておけ!」
ふ、腹筋って……
「しゃあねえ、やるか」
竹下と海渡と三人横に並ぶ。
「いくぞ。いーち、にー、…………」
竹下の声に合わせて、ゆっくりと体を起こしていく……
「はひぃ、はひぃ……もう無理ですぅー」
「海渡、まだ10回じゃん。せめて20回まで、頑張れ!」
「は、はい。じゅういちぃー、じゅうにぃぃー……」
海渡はルーミンと繋がった時にしばらくの間食べることが止まらなくなっちゃって、お腹がちょっと膨らんでるんだよね。
よし、僕も頑張ろう。
「お、ちゃんとやっているな」
それから間もなく、由紀ちゃんと風花が更衣室から出てきた。
二人のところに集まる。
「先生、風花は?」
もし病気だとしたらお父さんに言って、仮に難しい病気でもお父さんの友達のお医者さんたちに頼んで何としても……
「何ともなかった。ただ、頭の中のイメージと体の動きが合ってないようだな」
何とも……よかったぁ。
でも、頭と体が合っていないって……もしかして、あちらでは男の子でこちらでは女の子だから?
確かにリュザールはしっかりと筋肉が付いていて、風花は女の子らしいふわっとした体型、違和感があってもおかしくないかも。
「良くなるのですか?」
「イメージのずれが無くなったら問題ないはずだ。ただ、なぜそのズレが起こっているのか風花が話してくれない」
リュザールと風花の関係を話しても、わかってもらえないだろうな……
これ以上突っ込まれても困るし、話題を変えよう。
「ところで先生、僕たちはどうしたらいいんですか? 一応風花からこうしたらいいというのは聞いているんですが?」
「そうだな……とりあえずどれだけ動けるか知りたいから、一人ずつ私と乱取りをやるぞ」
「先輩、来てますよ!」
「竹下、逃げろ!」
三人並んで竹下と由紀ちゃんの対戦を見ている。
「あっ! あーあ……負けちゃいました」
これで三人とも、由紀ちゃんに手も足も出なかったことになる。
「先生、強かった」
竹下が由紀ちゃんは武道マニアって言っていたけど、かなりの腕前みたい。
「僕も樹先輩も瞬殺でしたね。かろうじて竹下先輩がちょっとだけもった感じでしょうか」
竹下(ユーリル)は何度かリュザールに直接指導してもらっているから、その成果が出ているのかも。
「ちぇ、何もさせてもらえなかったぜ」
戻ってきた竹下にお疲れと言って、四人で先生の前に並ぶ。
「まあ、そこの三人組は素人だというのはわかった。風花が言った目を鍛える訓練は理にかなっているから続けていいが、それ以前にもう少し筋肉を付けといたほうがいいだろう」
「うげ」
「中山、うげじゃない。お前は特に筋肉量が足りてないから、増やさないとケガするぞ」
由紀ちゃんは知識も豊富みたいだし、ここは言うことを聞いておいた方がよさそう。
「さて、これからだが、私たちは試合をやるわけでも、昇段試験を受けるわけでもない。竹下から防犯のために風花の技を覚えたいと聞いているが、悪用するつもりなら私はそれを止めなければならない」
「先生、僕たちは風花の技で身を守りたいのは間違いありません。それ以外のことで使うつもりはありません」
三人とも同じ気持ちだ。
リュザールからは人に止めを刺すための技を教えてもらうつもりだけど、それは誰かを攻撃するためのものではなくて、自分と仲間を守るためのもの。テラでは力がないと生きていくのもままならない。
「わかった。身を守る手段ということであるなら何も言わない。私も風花の技には興味があるからな。それと、他にも希望者がいたらどんどん入れていく。そのつもりでやれよ」
学校の同好会だもん、入りたい人がいたら一緒に技を磨いていけたらいいよね。




