第66話 まずはベテランの樹先輩から※目標
「他に何か?」
「昨日のお話に出ませんでしたが、紙ですね。ジャバトから文字を教えろとせがまれて大変なんです」
「確かに、土に木の棒だと時間がかかるよな」
「はい、部屋に持ち帰っての復習ができないんですよ」
持ち運べないし消えちゃうからね。
「ジャバトってボクよりも少し前にカインに来たはずじゃ……普通の村人だったなら読めなくて当たり前だと思うんだけど、どうしてそんなに急いでいるの?」
「一緒に来たルーミンが、急に読み書きできるようになったからさ」
風花がポンと手を打ち、竹下と一緒に海渡を見てニヤニヤしている。男部屋でそういう話があっているのかもしれない。
「お二人ともそんな顔をしなくても、ジャバトやアラルクさんのお気持ちは伝わってきてます。ただ、自分ではよくわかんなくて……もう少し、お時間が欲しいです」
「海渡くん。慌てなくても、急に自分の気持ちに気が付くかもしれないよ」
そうそう、いつの間にかってことがあるんだ。僕(ソル)がリュザールに感じた時のようにね。
「二人じゃなくてもさ、次工房に来たやつの中にルーミンの運命の人がいるかもしれないぜ」
「あ、もしそうなったら、アラルクとジャバトのお嫁さんを探さないといけないよ」
「うっ、また人を連れてこないと……キリがない」
「ははは、みんなの結婚相手って書いておこうか」
お風呂、硬貨、糸車、機織り機、荷馬車、人集め、砂糖(テンサイ)の次に結婚相手と書いていく。
「あのー、紙は?」
おっといけない。紙も追加だ。9番目には紙と……
「紙の原料だけど調べたら色々とあるんだな」
「ボクは木をドロドロに溶かしたやつで作らないといけないって思っていたけど、他に何があるの?」
「植物や動物の毛でもできますよ」
繊維質のものがいいんだよね。
「それもだけど、先週の経済新聞にサマルカンド(ウズベキスタン、シルクロードの古都)で見つかった古紙の話が出ててさ、それは古い亜麻布や綿の生地で作られているらしいんだ」
「古着ってこと?」
「たぶんな。だから紙の原料は事欠かないと思うぜ」
なるほど、古着も繊維の集まり。細かくしたら紙を作れるんだ。
それに地球のサマルカンドと言えば、コルカの先のカルトゥの町あたりだから。そこで作られた紙なら、テラでも再現できるかもしれない。
「みんなは紙の作り方を知ってるの?」
「紙は前から気になってて、俺たちもあちらと繋がってから改めて調べたんだ」
ネットで検索したら、紙を漉く動画がすぐ出てくる。
「ということは、作ることはできるんだね」
「風花先輩、残念ながらそうではありません。ネットで出てくる情報は和紙のものがほとんどなのですが、その中に出てくる材料があちらで見つかってないのですよ」
「なぜ? ぼろ布でも綿でもできるんでしょう」
「素材はな。ただ、紙を漉くときにねりと呼ばれる糊みたいなものを加えないと、紙がうまく広がらないみたいなんだ。そのねりの原料となる植物が、あちらにあるのかどうか……」
「何て名前なの?」
「黄蜀葵、これです」
海渡がスマホの画面を風花に見せている。
「この花……」
淡い黄色の大きな花が咲くみたい。
「原産地が中国で地続きでしょ。カインあたりまで来ててもおかしくないんだけど、まだ見たことないんだ」
「ねばねばするの?」
「たぶん……」
「あ、あのね、ボク、これ知ってるかも……」
風花に詳しく聞くと、男同士で行為をするときにトロロアオイの根をすり潰した粉末を唾液で戻して使っているらしい。
ちなみにテラにはまだ宗教がないから、男同士だとか女同士だとかで嫌悪されることはない。ただカインでは、子供が生まれることが無いから同性間の結婚は認められてないけどね。
「ぼ、ボクは使ったことないからね。欲しい人がいるから扱っているだけで……」
商売人なんだから、必要な人のところに必要な物を持っていくのは当たり前だ。
「それはいいとして、風花、それはいつでも手に入るの?」
「コルカに行けば量は多くないけど手に入るよ。でも、種が必要でしょう?」
風花にうんと頷く。
「わかった。それも何とかして手に入れてみる」
「マジか! 紙までできそう。すげえぜ!」
ほんとすごい、ここで止まっていたんだもんね。
「あのー、紙を作るのはいいとして、普通の人は使うのでしょうか? あ、もちろんジャバトには使わせますよ。勉強させなくちゃいけませんから」
そうだ。あちらに住むほとんどの人は文字を使わないから、紙があっても使うことがないかも。
「行商人は使うんじゃないかな。約束事を紙に書くようになるはずだよ」
それなら父さんのような村長の人たちもいるかもしれない。その分を作って……あっ!
「ぼ、僕はトイレの時に紙が欲しいかも」
「それは僕もそう思います」
今は……わ、わざわざここで話さなくてもいいよね。
「そうだよな。柔らかい紙を作る方法を調べとこうぜ」
紙の下に柔らかい紙も追加して……
「他は何かある?」
「プロフはどうしますか?」
「セムトおじさんに頼んでいるから、それが届いてから動き出そうよ」
ルーミンの美味しいプロフを食べたらきっと……
「プロフって?」
これも風花にはまだだった。
「中央アジアの名物料理でお米を使って作るんです」
「お米? 珍しい、それってボクにも作れる?」
「はい! お米以外の材料は普段使っているものばかりなので楽勝ですよ」
「よかった。カインの隊商のみんなは、この前の旅でソルの料理を食べているから口が肥えていそうでさ、あれよりも美味しいものをどうやって作ろうかって悩んでいたんだ」
つまり、隊商の人たちがリュザールの作ったプロフを食べるということか。そこでプロフが美味しいというのが広まったら、お米を作る村が増えるかも。
「えっと、もうこれくらいかな」
柔らかい紙の下にプロフと書いて、みんなに確認する。
「まだありますよ。武術ですね。特に竹下先輩は死に物狂いで会得してください」
「お、おう」
そうそう、ユーリルがおやじさんに勝たないとパルフィは帰っちゃう。
「明後日からこちらでもやれるようになるから。みんな覚悟してね」
風花に了解と返事をして、一番最後に武術の会得と……
「樹先輩、それを僕に清書させてもらえませんか?」
「海渡が? もちろん!」
海渡は書道の段も持ってて文字がうまいから助かる。
「紙は大きい方が……」
大きいやつか、なら……
「これの裏を使って」
海渡にお気に入りのカレンダーを一枚渡す。
「いいのか? これ、樹が大事にしていたやつだろう」
「うん、もう必要ないから」
「必要って、どうして……あ、これ、カインの風景によく似てる!」
これはたぶん旅行会社のカレンダーだったと思うんだけど、その中の一枚があちらととてもよく似ていて、捨てずにとっていたんだ。
「奥には雪山があって、手前の草原では羊がのんびりと草を食べている。最初樹先輩に聞いた時はどんなところか想像も付きませんでしたが、繋がって納得です。この通りの場所でした」
「ほんと、カインはこんな感じだったからびっくりしたぜ。ちなみに俺が生まれたところは、ちょっとした丘はあるけど雪山は見えなくて360度全部が草原。冬にはそれが真っ白になるの」
「僕のところは山が近かったので、草原を見るためには少しお出かけが必要ですね」
「ボクはこんな感じだったよ。バーシはカインと近いからね」
ふふ、
「ね、もう必要ないでしょう」
「だな」
「です!」
「意義なし」
この写真が無くても、みんなの心の中にはしっかりと故郷の風景が刻みこまれている。それなら、このカレンダーもテラのことに使ったらいいと思ったんだ。
「それでは書きますよ」
マジックを持った海渡が、僕の書いた紙を見ながら清書していく。
「あ……」
「まじか」
「いいよ、海渡くん!」
「へへ……もう少しです。はい、できました!」
海渡が抱え上げたカレンダーの裏には、覚えたばかりのテラの文字で僕たちのこれからの目標が書かれていた。
そうだ!
「これに、みんなの名前を書こうよ」
「いいですね、まずはベテランの樹先輩から」
海渡からマジックを渡される。
ベテランって……繋がった順かな。
名前を書いてっと……
「はい……次は竹下かな」
「ソル……そう言うことか」
ふふ、竹下もユーリルって書いてる。
「ほい、海渡」
「あいあいさー、僕は、ルーミン……風花先輩どうぞ!」
「えっと……リュザールっと、できたよ」
僕たちのテラでの名前入りだ。これは宝物だから大事にしまって……
「樹先輩、貼りますので貸してください」
「え?」
海渡、何て言った?
「いいな。俺も手伝うぜ」
竹下も一緒になって、それも部屋に入って最初に目がいくところに……
「右が少し上がってる。海渡くん下げて」
風花まで……
「待って、この部屋にはお母さんが入ってくるよ」
「ご心配なく。地球の人には読めません。あ、樹先輩のお母さんが繋がっていたら読めちゃうのか」
お母さんは繋がってないと思うけど……
「でもいいな、もし読める人間がいたらテラのことがわかるということだ。仲間に誘おうぜ」
そうかもしれないけど、誰彼かまわず部屋に呼ばないよ。
「本当に貼るの? お母さんに変に思われないかな……」
「変にとは?」
「うちの息子は大丈夫なのかって……」
「ふむふむ、樹先輩は中二病だと思われるのが怖いのですね」
うっ……
「大丈夫ですよ。先輩のご両親は、小さい頃から何度もテラの話を聞かされているのに、ずっと温かく見守ってくれていたじゃありませんか。今更これくらいのこと、気になるはずなんてありません」
それもそうかって、なんだか言いくるめられたような……
「ほら、貼れましたよ。これは僕たちの共有財産なので、勝手にはがさないでくださいね」
僕の部屋なのに……
「さてと、もういい時間だしそろそろ解散しようか」
いつのまにか夕方だよ。みんなと一緒にいると時間が進むのが早い。
「連休明けたらいよいよ武研だけど、風花、道着とかいるの?」
「え、体操服とかジャージでいいと思うけど……」
柔道着を持っているけど、洗わなくてもよさそう。
「いや、由紀ちゃんが持ってるやつは道着だって言ってたぜ」
マジ。洗濯しときゃなきゃ。
「ボクは持ってないよ」
「たぶん由紀ちゃんが用意するんじゃないかな。とりあえずジャージで来れば」
道着まで……由紀ちゃん気合入っているみたいだけど、大丈夫かな……
「あっちの方はどう?」
風花を家まで送る途中、例の件について尋ねてみる。
「練習しているんだけど、イマイチかも……」
「ミサフィ母さんは、時間をかけて覚えていくものだって……ソルだってよくわかってないから、慌てなくていいよ」
風花に秘術のことを聞かれてからしばらくの間はいろいろと理由を付けてはぐらかしていたんだけど、結局押し切られてしまって二人っきりの時に教えてしまった。
「うん、わかってる。でも、樹のために頑張るからね」
僕もリュザールのために頑張るからね。
樹たちの当面の間の目標
お風呂・硬貨・糸車・機織り機・荷馬車・人集め・砂糖(テンサイ)・結婚相手・紙・柔らかい紙・プロフ・武術の会得




