第63話 馬の動きに合わせてなら
〇(地球の暦では7月10日)テラ
「へぇ、聞いてはいたが、馬の扱いがほんと上手えな」
ユーリルの馬の扱いに感心したパルフィが体を前に倒す。
「ぱ、パルフィ、胸を押し付けないで」
午前の作業が終わった後、パルフィがユーリルが作った用水路をみたいと言うので同じ馬に乗って薬草畑に向かっているんだけど……
「ほら、パルフィ。まだダメだよ自重して」
結婚前の二人が、イチャイチャしているところを他の人に見られたら最悪別れさせられるかもしれないからね。注意しとかないと。
「ちぇ、せっかくこんなに近くにいられるのにカインはめんどくせえな」
「ごめんね。村の掟なんだ」
「ところでよ。どうしてこんなに厳しいんだ?」
「たぶんだけど、血が濃くならないためだと思う」
「血が……ああ、若いうちから誰それかまわずやって、誰の子か分からなくなったら困るというわけか」
「うん」
今は薬があるから望まない妊娠は少なくなったけど、ルーミンのところのように薬を買えない人はいるわけで、万一のために掟は守らないといけないって父さんは言っていた。
「まあ、焦らされた方が燃え上るっていうしな」
はは……母さんがうちの村では結婚したらすぐに子供ができるんだって言ってたのは、こういうわけだったりして……
薬草畑に到着した私たちは、いつものように畑仕事を始めた。
「こいつがコペルの楽しみにしているってやつか?」
パルフィは暑くなって青々と茂りだした植物を指さす。
「そうだよ。もうすぐ花が咲いて、秋には綿が採れるんだ」
村の綿花も同じくらい育っているから、今年の秋にはある程度の綿と種が手に入るはずだ。綿はすぐに綿の生地にして、タオルは難しいかもしれないけど、手ぬぐいやおしめにしたら村のみんなも綿の良さを分かってくれるんじゃないかな。そして今年取れた種を使って、来年はもっとたくさんの綿花を植えることができるはずだから、その時はコペルにタオルを作ってもらおう。
「秋か……あたいの方も、せめてそれくらいから始めてえな」
鍛冶工房の建設は始まったばかり。いつになるかわからないけど、早く完成してほしい。そうしないと荷馬車の部品が作れないんだよね。
「あっ!」
「ん? どうしたソル?」
「いや、なんでも……」
昨日竹下が図書館で調べていたのは、たぶん鍛冶工房に関することだと思うんだけど、ユーリルは……うわ、用水路から楽しそうに水を汲み上げているよ。うん、後で聞こう。
「パルフィ、水撒きはユーリルがやるみたいだから、薬草に虫が付いてないか見てもらっていいかな」
帰りの馬の上でもユーリルは興奮状態だ。
「水撒きがあっという間に終わった! すげえぜ、用水路!」
ほんと、今日は作業がいつもよりも早く終わったから、まだお日様が高い。
「こうなるのがわかって作ったんじゃないの?」
「そうなんだ、そうなんだけど、なんだか叫ばずにいられねえんだって!」
あ、そうか。この用水路はユーリルが自分で考えて作り上げた、この世界で初めての成果なんだ。そういえば、私も最初の糸車ができた時は飛び上がるほどうれしかったっけ。
「なあ、ユーリル。用水路というやつはよくできていると思うが、水をわざわざ桶で汲んでいたのはなんでだ? もっと効率よくできるんじゃねえのか?」
「一応考えてはいるんだ。地球には水車というものがあって、それを使ったら水を高い位置まで上げられるし量も調整できるんだけど、ソルが水を掛けたらいけないものもあるから手で撒けってうるせえんだ」
水加減が繊細な薬草だってあるんだから仕方がないじゃん。
「ふーん、こういうのって、他のところでも作れるのか?」
「できるけど……どこか作ってほしいところがあんの?」
「あたいじゃねえが、村の畑に作ってやったらカインのみんなも喜ぶんじゃねえのか?」
あ、それは……
「村のはちょっと……大変な作業だしさ。それに、みんなに手伝ってもらわないといけないし……」
「お願いすりゃいいんじゃねえか? みんな便利になるんなら喜んで手伝うだろう」
「そ、そうなんだけど、それだけじゃなくて、えっと……そ、ソル」
ユーリルは設計図を調べたり作ったりは得意なんだけど、こういう説明は苦手なんだよね。
「あのねパルフィ、こういうのは平等にしないとみんなが不満に思ってしまうんだ」
「平等か……確かにそれは難しそうだな」
やっぱりパルフィは地頭がいい、もう理解してくれた。
というのも、全員が納得いくように水を引けたらいいんだけど、どうしても水場が遠くなる人は出てくる。そのせいで収穫に差がでたりしたら不満が溜まって、争いが起こるかもしれない。こちらの世界での争いと言ったら、命がけになることが多くて……
「まあ、文句言わせねえようにしちゃえばいいんだけどな」
「文句を?」
どうしたらいいんだろう……
「深く考えるな。あたいたちはまだ子供だ。そんなに急がなくてもいいってことさ。それよりも、改めてあたいの旦那様に惚れちまったんだが……なあ、ギュッとしちゃダメか?」
うーん……
「馬の動きに合わせてなら」
「え?」
それから家に着くまでの間、パルフィの胸の感触に悩まされながら、必死で馬を操るユーリルは見ものだった。




