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第61話 二人ともすげえな

「いったい何事だ」


 父さんに事情を話す。

 父さんはアラルクが剣を持ち出すのを見て、盗賊が来たと思って慌てて飛び出してきたらしい。一声かけておいたらよかったよ。反省しなきゃ。


得物えものを使ってか……うーん、本来ならやめさせるところだが、リュザールがいるのならいいだろう。ケガをしないようにやりなさい」


 止められるかと思ったけど、父さんは旅の時にリュザールの戦いぶりを見ているから、大丈夫だと判断してくれたみたい。


「お二人とも中央へ」


 なぜかルーミンが前に出て仕切り始める。

 二人は真っ直ぐに向かい合い、その周りには工房と家のみんなが集まっている。


「アラルクさん、息は大丈夫ですか?」


 アラルクがうんと頷き、剣を構える。アラルクが持っているのは片刃の太くて厚い剣。たぶん切るというよりは叩いて相手を壊すものだと思う。アラルクの体格と腕力があれば、かなりの破壊力になるんじゃないかな。


「リュザールさん」


「ボクはいつでもいいよ」


 一方のリュザールは、いつも肌身離さず持ち歩いている短剣。こちらもパルフィが調整したみたいで、なかなかの切れ味なんだって。


「お二人ともけがに注意ですよ。それでは始めてください!」


 ルーミンが手を交わすと同時に、アラルクがリュザールに飛び掛かっていった。






「二人ともすげえな」


 二人の動きに目を離せない。


 アラルクが剣を横にぐとリュザールがそれを紙一重でかわし、今度はリュザールが懐に入ろうとするのをアラルクが強引に剣を戻してそれを防ぐ。アラルクの剣の腕前がすごいというのは本当だったみたい。ただ……


「……リュザールさん、手を抜いてらっしゃいます?」


 さすがに真ん中は危ないので、私のところにやってきたルーミンがそっと話しかけてくる。


「うん、そうかも」


 リュザールに無力化されたことのある人ならわかるんだけど、ほんと一瞬で詰め寄られて次の瞬間にはひっくり返されちゃう。だから今日も、アラルクがせっかく持って来た剣を振る暇さえ与えないうちに倒していると思っていたんだ……もしかして体調でも悪いのかな?


「やるね、アラルク」


「ルーミンちゃんが近くで見ているからね。いいところ見せとかないと」


 なるほど、そういうことか。

 リュザールがアラルクの見せ場を作ってあげたんだ。


「だって、どう? ルーミン」


「まあ、アラルクさんもそこそこやるようですね」


 お、もしかしていい感じ?


「でも、もういいよね」


 そう言ってリュザールは、手に持っていた短剣を私の方に放り投げてきた。


「ソル、預かってて。さてと……アラルク、全力出してもいいよ」


 足元のリュザールの短剣を拾い上げる。

 素手のリュザールに対して剣を持ったままのアラルク。普通なら心配でたまらないんだろうけど、なんだかこっちの方が安心するよ。


「ほんと知らないよ。避けてね」


 アラルクはリュザールに対して剣を真っ直ぐに構え、腰の位置に固定した。

 体ごと突く気なの? 当たったら、アラルクの体重が乗ることになるから穴が開いちゃうかも。


 アラルクが腰を沈め、重心を前に移した瞬間。リュザールはいたはずの場所からいなくなって……いつの間にかアラルクは横に倒されていた。


「な、なんでだ?」


 パルフィだけでなくみんながそう思ったみたいで、一様いちように首をひねっている。


「やっぱりダメだったか」


「隊商で鍛えているからね。はい、アラルク」


 リュザールはアラルクが起き上がるのを手助けした後、私たちの前に立ち、


「誰かボクが何をしたかわかった人いるかな?」


 と、手を上げた。


 そんなの、誰もわからないよ……


「はい、ユーリル」


 え?

 みんなの視線がユーリルに集まる。


「アラルクが体を前に倒した時にリュザールが手を引っ張った……かな」


 どよめきが上がる。そうなの?


「他はいない?」


 誰も手を上げない。


「ユーリルだけだね。うん、正解。あとは剣が間違ってアラルクに刺さったらいけないから、横に倒れこむように調整したくらいかな」


 おぉー、そうなんだ。全然わからなかったよ。


「みんな、この技をできるようになりたいと思わない?」


 みんな考えている。


「あたいにもできるのか?」


「うん、訓練しないといけないけどできるようになるはずだよ」


「危なくはないのかい?」


「武術として会得するつもりならそれなりですが、身を守るためくらいならそこまでではありません。でもタリュフさん、この世の中に危険ではないことなんてないのではないですか?」


「ふむ、それもそうだな」


「ほか、ない? ……無かったら、技を覚えたいという人はボクの周りに集まってくれる」


 みんながリュザールの周りに集まった。って、父さんまで……


「ボクの技の肝は目なんだ。目で見て、相手が何がしたいのかを予測し、その動きを利用する。じゃあ、近くの人と二人組になって」


 近くにいるのはルーミンだけど……


 私はあぶれそうな父さんと二人組になり、リュザールの指示を待つ。


「二人は手を伸ばしたら届く位置にいて、そして、そうだな……太陽に近い人が遠い人を触って、逆に遠い人は触られないように逃げて、あ、でも、立ち位置を動いちゃダメだよ。手が届かなくなるから」


 太陽に近い人……夕方だから西の方にいる父さんだ。つまり私は、父さんから触られないようにしたらいいんだね。


「なあ、リュザール。どこを触ってもいいのか?」


「うん、相手の嫌がるところ以外ならね」


 ユーリルの相手はルーミン。どこを触られても嫌がるとは思わないけど、こちらでは女の子なんだからその辺は考えてやるだろう。


「みんなわかった? いつ始めてもいいよ。触る人も触られる人も、位置さえ移動しないならどんなに動いても大丈夫だよ」


 ……フェイントしてもいいってことかな。


 よし。体を揺らして父さんに的を絞らせないようにしよう。


「お、そう来たか」


 ふふ、父さん戸惑ってる。


「あ、触れられる方は飛び上がってもいいよ。ただし、着地は元の位置にね」


 触られる方が不利かと思っていたけど、結構動けるってことだね。


「あ……」


「私の方が一枚上手だったようだな」


 考えているうちに父さんに腕を掴まれてしまった……


 周りでも悲鳴やら歓声やらが上がっているから、みんな一応の決着はついたようだ。


「あとは……ユーリルたちのところだけかな」


 あれ、まだ残っていたんだ。


「や、やりにくい」


「ほら、ここですよ。ユーリルさん、ここをギュッとしていいですよ」


 ルーミンったら、胸を突き出して……


「はい、そこまで。ルーミン、盗賊相手にそんなことしたら犯されちゃうよ」


「わかってます。ユーリルさん相手だったので有効かと思ってやってみました」


「うん、相手に有効だと思う手段を取るというのもあるね。あと、みんな手を使っていたけど、足を使ってもよかったんだよ。盗賊の中には足癖が悪いのもいるから注意すること」


 足か……思いもしなかった。


「みんなよく聞いて。相手をよく見て、何をしようとしているのかを予測するんだ。もちろんその後の対処の仕方もあるんだけど、まずは見る練習から始めてほしい。それに慣れてきたら次のことを教えてあげるよ」


 確かにいっぺんに教えてもらっても覚えきれないかも。


「ボクがここにいる間はみんなに教えてあげられるけど、隊商の仕事もあるからいない時の方が多い。だから、そんなときは今のような感じで誰かをじっと見て何をしようとしているのか観察する練習をしてもらえるかな」


 これだったら、リュザールがいなくてもみんなで練習できそうだ。

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