第57話 こんなこと大したことじゃねえよ
〇(地球の暦では7月5日)テラ
「はい、ソル」
目の前に切り揃えられた木がいくつか運ばれてきた。
「ありがとう、ジャバト」
工房での作業もカインに帰った翌日から手伝っているから、もう四日目だね。だいぶん慣れてきたよ。
パルフィに調整してもらったやすりで、使う人がケガしないように木の表面を滑らかにしていく。
「バリ取り、上手になりましたね」
私の出来上がりを見て、組み立て作業担当のルーミンが褒めてくれた。
最初の日にのこぎりで木を切る作業をさせてもらったんだけど、何度やっても真っ直ぐに切ることができなかったから、すぐに違う作業に回されてしまったのは内緒だ。
「ほんと、ソルでもできる作業があってよかったぜ」
うぐぅ……ユーリルめ。
「不器用でゴメン」
「知ってた。でも、一度やってみないと納得しないじゃん」
だって、できるような気がするじゃん。確かに最初からユーリルに止めとけばとは言われてはいたけど……
「ほんとお前達、お互いのことよく知ってんだな」
「はい、パルフィさん。私とソルさんとユーリルさんは、あちらでは小さい頃からずっと一緒ですから、なんでも知ってますよ」
「あちらってちきゅうってとこだっけ? 僕はそこにもいるかもしれないんだよね」
まだ手を繋いで寝てないけど、ジャバトには地球にもジャバトがいるような気がしている。それは匂いを嗅がせてもらったらユーリルやルーミンと同じように他の人とは違う感じがしたからなんだけど、ユーリルたちもそう感じたみたいだから間違いないと思う。
「うぅ、僕には……」
アラルクの匂いは……
「アラルクさん、あちらはあちらでいつも競争させられているので、そんなにいいところではないですよ」
「そうなの? ルーミンちゃん」
「はい、しょっちゅうテストはあるし、運動だって何かにつけ順位を付けるのでそれを嫌っている子もいます」
「テストって何? 運動だって嫌いならやらなかったらいいのに」
「それが許されたらいいんですが、なかなか……」
「そうなんだ……よくわからないけどみんなと仲良くできないのなら、俺、ここだけでいいかも」
こっちはこっちで、生きるためにどうしても必要で選択肢自体が無かったりするのが当たり前。でも、やる意味がわかるから頑張れるのかな。
「ほぉ、さすがです」
ん? 何が? そう思って顔をあげると、ルーミンがパルフィの方をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「今日は、ずっと木がサクサク入ってがっちり噛むので作業がはかどっているんですよ。それでどうしてかと思ってパルフィさんを見てたら、あ、ほら、差し込む木をパッと見て、土台の木に穴を開けてるでしょう。これが位置も深さも寸分の狂いがないんです。すごいです!」
ほ、ほんとだ。こちらでは手作業で木を切っているから、一本一本長さはともかく厚さが微妙に違っている。それを見ただけで判断して、ちょうどの幅と深さのノミで穴を開けるとか……もしかして神業ってやつ?
「は! こんなこと大したことじゃねえよ」
パルフィは謙遜した様子もない。本当に当たり前だと思ってやっているんだ。
「いやいや、ユーリルから組み立てに時間がかかるって聞いていたからびっくりだよ」
木がズレてしっかりとハマらないから、再度削ってようやくって言っていた。それが一発で出来るようになったら、かなりの時間短縮になると思う。
「あたいの事はいいから……それで、ソル、リュザールはいつ頃来るんだ?」
「え、リュザール? 昨日風花に聞いたら、明日来るって」
「明日か……いよいよだな」
「う、うん」
「来たら早速リュザールと結婚すんのか?」
「ううん、まだ結婚できる年になってないし、やることが一杯で子供を育てる余裕がないから少し様子を見ようって話しているんだ」
この村で結婚できる年齢は16歳。それにここで結婚すると言ったら子供を作ることと同義だ。こちらにも避妊薬があるから調整はできるんだけどそれは二人目以降の場合であって、最初の子供はできるだけ早く作らないと相性が悪いと言って別れさせられることがある。この春結婚したばかりのジュト兄とユティ姉も、最近になって妊娠の兆候が出てきたからみんなでホッと胸を撫でおろしているところなのだ。
「そうか……まあ、あたいたちは二人を応援してっから、覚悟が決まったらちゃんと言うんだぜ」
〇7月5日(水)地球
「おはようございます。樹先輩、風花先輩」
「おはよう、海渡くん」
「おはよう、海渡」
今日は久々に天気の予報だったので、みんなで朝の散歩に集まった。
「僕が一番かと思ったら、お二人とも早いですね」
「うん、朝に集まるのってなんだかワクワクして」
風花は初めてだからね。
「はい、僕も最初樹先輩に誘われたときは嬉しかったです」
学校でも会えるし放課後も会えるんだけど、その日の朝一番に大好きな人たちと会うというのは、ほんと元気が出るんだ。
「おはよう、みんな早いな」
竹下は時間通り。出発だ。
「リュザールさんは明日来られるのでしょう。何時ごろですか?」
あちらに時計は無いけど、地球で聞くときにはこういう聞き方になるのは仕方がない。
「夕方、日が落ちる前には着くと思うよ」
そして返事は朝か昼か夜か、そして太陽か月がどこにあるかで答えることになる。
「おや、結構ゆっくりですね」
「朝には出るつもり。でも、歩いてだから時間がかかりそうなんだ」
「歩いて? 馬を持ってなかった?」
「持っているよ。でも、全財産を持って来ないといけないからね」
ぜ、全財産……
「リュザールさんはお金持ちですか?」
「元手がないと行商人はできないよ」
それはそうだ。
「まあ、それでも、バーシでお世話になった人たちにお返しとしてかなり渡してきたから、馬一頭分しかないんだ」
「あ、カインに馬を二頭預かっているよ」
テラでは馬も大事な財産の一部。
「うん、そのうちの一頭はしばらくの食事代の代わりにタリュフさんに渡して、もう一頭は工房で使ってもらおうと思っているんだ」
「工房に? いいのか? むっちゃ嬉しいけど」
「馬がいるとお出かけの時に助かります。リュザールさんは太っ腹ですね」
「ふふふー、工房の仕事が順調よくいって、糸車をたくさん作ることができたら?」
「なるほど、行商人が儲かるってわけか」
はは、さすが商人だ。
「そう言うことでしたら、遠慮なく使わせてもらいましょう。ね、樹先輩」
「うん、ありがとう、風花」
「どういたしまして。あれ? ここは……確か……」
あの石のところ……
ふふ、風花、一生懸命探しているよ。
「風花先輩むぐぅ……」
ありがとう竹下。そのまま海渡を抑えてて。
「風花、そこに腰かけて」
「ここ?」
風花は、屋根付きの休憩所の中にある木製のベンチに座った。
「真っ直ぐ先に何かない?」
風花の隣に座り、話しかける。
「まっすぐさき? ……あ、あった! あの時のハートだ!」
風花、嬉しそう。
「ちょっと休んでいこうか」
みんなでベンチに並んで座る。
「風花先輩もあそこの石のことをご存じだったんですね」
「うん、この前、樹に教えてもらったんだ」
「この前こちらに来られたばかりなのに、いつの間に樹先輩とデートを……侮れません」
ははは……
「ところでさ。リュザールはいつから行商に出るんだ?」
「カインにセムトさんはいるの?」
「いるけど、出発の準備をしていたみたいだよ。うちに薬の仕入れに来てたから」
「ということは、二、三日のうちに出発か。せっかくソルの近くにいるのに……今回はパスしようかな」
「そんなことして大丈夫?」
リュザールはカインの隊商に移籍したはずだ。
「一応、それぞれの都合で動けるようにはなっているんだ。それにセムトさんも、今回はさすがにボクを頭数に入れてないんじゃないかな」
「お、それなら一か月ぐらいは居そうだな。リュザールに頼みごとをしても構わないか?」
〇(地球の暦では7月6日)テラ
「それじゃ、ユーリル。いつものように頼むよ」
「わかりました、タリュフさん。リュザール、ついてきて」
「リュザール兄、こっちだよ!」
夕暮れ近くにカインに到着したリュザールは、居間でみんなに挨拶した後、ユーリルたちに連れられて男部屋へと向かって行った。
「……ソルさん、お伝えしているんですか?」
「ううん、言ってないよ」
「ということは、リュザールさん、これから何も知らずにひん剥かれるんですね」
「はは……私たちはご飯作って待ってよ」




