第54話 チャンスですか?
「樹先輩、お待たせしました。うーん、いい匂いですぅ。作ったんですか?」
「うん、待っている間にね、そっちは?」
「ふふ、熱い時間を過ごせました」
熱い時間……うまくいったということかな?
「えっと、海渡、これ持って行くから手伝って」
海渡に焼きあがったばかりのクッキーが入ったお皿を渡し、僕は残りのクッキーと麦茶を抱えて海渡と一緒に居間を出る。
「すごいです。僕はお菓子を作ったことが無いので、作れる方を尊敬します。改めて樹先輩を好きになりました!」
え、好きに?
「か、海渡も作れるはずだよ。今度一緒にやってみよう」
「はい!」
……っと、部屋の前に到着。
「えっと、開けても大丈夫?」
なんだか不安になってきた……
「大丈夫ですよ」
ならいいか。
僕が右手に持ったお皿をうまく支えながらドアを開けると……
「な、何してるの?」
そこには、部屋の真ん中にあるテーブルをはさんで、今にも掴みかからんばかりの竹下と風花の姿があった。
「聞いて、樹。竹下って樹は頼りないって言うんだよ」
なんで? というか、竹下にそう思われていたんだ……
「だって、ほっといたら一人で突っ走るから危ないんだって」
うっ、そうかもしれない。
「いえいえ、樹先輩と言ったら何といっても、誰でも優しく包み込むその包容力ですよ」
海渡まで一緒になって座り込んじゃった……
って、包容力って……なに?
「うん、確かに樹にはそれがある。でも一番はたくましさ! これだけはボクは譲れない。で、これは?」
風花は海渡がテーブルの上に置いたクッキーを手に取った。
「これは樹先輩が作ったんですよ」
「樹が? すげえ、うまそう」
「う、うん、これも食べて」
何が起こっているのかわからず、部屋の入り口で棒立ちになっていた僕もクッキーと麦茶をテーブルに置いて一緒に座った。
「そ、それで、何の話をしてたか聞いていい?」
聞くのは怖いけど、聞かないのも恐ろしい気がする。
「あのね、二人と仲良くなるためには共通の話題が必要だと思ったんだ。それで最初はテラの話をしていたんだけど、なぜか途中から樹の話になっちゃって……」
僕の話?
「ああ、テラの話になると、どうしてもソルと樹のことに触れないわけにはいかないだろう。それで話を進めて行ってたら、どうも樹に対する認識がそれぞれ違っているのがわかってさ」
「それで、僕たちが思っている樹先輩のことを言い合っていたんです」
「ずっと?」
「はい、ずっと」
ずっとって、一時間以上……
「も、もうその話はいいよね。さ、さあ、お菓子食べよう」
「み、皆さん、もうそれくらいでいいのではないでしょうか……」
テーブルの上のクッキーも、みんなが話しながら食べてくれてほとんどなくなってしまった。それはそれでうれしいんだけど、その間ずっと僕の話を聞かされるとは思ってなかったから、もう恥ずかしくて、恥ずかしくて、穴がったら入りたいというのはまさにこのことだよ。
「まだ、話の決着がついてない!」
「だから、樹先輩は――」
もう勘弁して……
「わかった、わかったから。とにかくだ、俺たちは樹とソルのおかげでテラの自分の半身と繋がることができた。今、繋がっているのはここにいる四人だけだ……よな」
確かに僕たちのようにテラと地球で繋がっている人たちが他にもいたなら、きっと僕たちと同じようにテラを良くしようとしているはずだ。あちらは暮らすのには不便すぎるもん。
「それでテラの俺たちは、偶然か必然か知らないけど同じところに集まろうとしている」
うん、不思議だけどそうなっている。
「これはチャンスだと思うんだ」
「チャンスですか?」
「そう、あっちの世界を変えるチャンスなんだ! みんな便利に暮らしたいよな!」
そうだ! と風花と海渡が手を突き上げた。僕だってそう思うからもちろん手を上げたよ。
「そのためには俺たちのリーダーを決めて、まとまる必要がある」
うんうん、それがいいと思う。
「俺は樹を推したい。みんなはどうだ?」
ふぁ!? こういうのは言いだしっぺがするんじゃないの?
「ボクは賛成!」
「賛成です! 樹先輩以外に適任者はいません!」
「もちろん、俺も樹がいいと思う」
「え、あ、でも……こういうのは話がうまい竹下の方が……」
「俺には人がついてこないのがわかっているんだ。自分そして、仲間を第一に優先するからな。でも樹は違う。すぐに人のことを心配してそっちを優先する。周りの人間はそういうやつを信頼して集まって来る」
そ、そうなのかな。人が喜ぶ顔を見たいだけなんだけど……
「ボクは樹のおかげでリュザールを救うことができたんだから、樹の言うことには従うよ」
「僕は樹先輩のおかげでテラのルーミンと繋がって、毎日が楽しくて仕方がありません。それにソルさんは僕の女神さまです。ソルさんである樹先輩には一生ついていきます!」
「俺だって、毎日が楽しくて仕方がない。工房はどうしようかとか、砂糖はいつから作れるようになるかとか考えるだけでもワクワクしている。そんな毎日を与えてくれた樹には感謝してもしきれないくらいだ。だから、これからは俺たちが手伝うから、樹のやりたいようにやったらいいさ」
う、みんなを巻き込んでしまったかもしれないって、ずっと思っていたから……
「樹先輩、ほら、涙を拭いて……いい顔が台無しですよ」
「あ、ありがとう」
海渡からティッシュを受け取り鼻をかむ。
「さてと、海渡、そろそろ失礼しようか」
外を見ると日が落ちかけていた。
「ですね」
「ボクも帰らなきゃ」
「おや、風花先輩もお帰りですか? なら、樹先輩は風花先輩を送ってくださいね。僕たちは方向が違うので」
「いいよ、一人で帰れ……あ、やっぱり、お願いしようかな。樹、いい?」
もちろん。今日は風花とあまり喋れてないしね。
途中で竹下たちと別れた僕たちは、いつもの散歩コースの川に向かって歩き出す。
「今日はありがとう、樹」
「ん、なに?」
「二人と話す時間をくれて」
ああ、そのことね。
「まさか、僕のことを話しているとは思ってなかったよ」
「はは、さっきも言ったけど、最初はちゃんとテラのことを話していたんだよ。でも、中心にはいつも樹がいるからどうしてもそうなっちゃうんだって」
ま、まあ僕が一番長く繋がっていて、他の三人はつい最近だからね。
「竹下くんも言ってたけど、これからは樹だけじゃなくてボクたちもいるんだから、ちゃんと頼ってよ」
「うん、わかっている」
三人がテラと繋がったことによって、これからテラは変わっていくと思う。竹下(ユーリル)は地球のものをうまくテラで使えるように考えてくれるだろうし、海渡(ルーミン)はテラの食生活を変えてくれるかもしれない。そして風花(リュザール)は行商で行った先の最新の情報をリアルタイムで伝えてくれるはずだし、セムトおじさんが綿花を見つけてくれたように地球と同じものを探してくれるかもしれない。ほんとこれからが楽しみなんだ。
「あ、ここ降りてみよう」
川に到着した僕は風花を誘い、川辺まで降りる。
「こっちこっち……ねえ風花、このあたりで何か変わったところはない?」
「?」
風花は一生懸命に護岸に積まれた石を見つめている。
「あ! これ……ハートだ!」
「ね、風花に見せようと思って」
この場所は近くに重要文化財の橋があるからいつも観光客が集まっているんだけど、今は人がいなくてちょうどよかった。
「嬉しい。ありがとう樹!」
風花が僕の手を握ってきた。
「そろそろ、行こうか」
うんと頷く風花の手を握ったまま、道へと戻る。
「あ、そうそう、天気がいい日は、朝からみんなとこのあたりを散歩しているんだけど、風花も来る?」
「いいの?」
「もちろん、二人も喜ぶよ。それと、クラスは決まっているの?」
風花は明日転校してくる予定だ。もしかしたら先生からクラスのことを聞いているかもしれない。
「知らない。お母さんも聞いていないみたいなんだ」
「うちの学校、各学年三つしかクラスがないからきっと僕たちのところに来るよ」
「竹下くんも一緒なの?」
「うん、竹下とはなぜかずっと同じなんだよなぁ。腐れ縁ってやつ?」
「ボクもその腐れ縁に入りたい!」
たぶん大丈夫じゃないかな。そんな気がするよ。




