第52話 かかってきて、二人一緒でもいいよ
「あのー、お母さん?」
「あら、樹。風花ちゃん来たわよ。はい、交代」
「え?」
お母さんは風花を僕に押し付けて、お父さんと一緒に出かけてくるわといって母屋の方に向かって行った。
「えっと、風花、もう竹下も海渡も来てるよ」
胸元から風花のいい匂いが漂ってくる。
「そうなんだ……ねえ樹くん、私、おかしくないかな」
あれ? ここには僕しかいないのに、今日は口調が風花のままだ。緊張しているのかな?
風花を少し離して全体を見てみる。
髪も可愛らしいし、ジーンズにプリントTシャツを着てその上に薄手のデニムジャケットを羽織っている。うん、よく似合っている。
「いいんじゃない。可愛いよ、風花」
風花は改めて自分の姿を見て、うんと頷いた。
「ドキドキする。仲間に入れてくれるかな……」
「心配いらないって、さあ、行こう」
風花の手を繋いで部屋に戻る。
「来たよ」
「こ、こんにちは……」
「「……」」
うわ、中の二人は固まっちゃったよ。
「えっと……」
風花が不安そうな顔でこちらを向いてきた。さて、どうしよう……
「ふーくん……いえ、風花さん、海渡です。覚えてますか? 服もお似合いだし、その髪型、ほんと可愛いですぅ。セットは東京の美容室ですか?」
助かった。人懐っこい海渡がすぐに動き出してくれたよ。
「海渡くん? もちろん覚えてる。変わってないね。あ、私のことは風花と呼んで。これは、自分でやったの。こっちに引っ越してくることが決まって、美容室の人に教えてもらったんだ」
二人は両手を繋いで再会を喜び合っている。うんうん、いい感じだ。というか、この髪型って自分でできるんだ。どうやるんだろう?
「呼び捨ては僕のポリシーに反しますので、このまま風花さん、いえ、風花先輩でいかせてください」
「そう言うことなら海渡くんの好きなように呼んで」
「ありがとうございます、風花先輩! それで、もしよかったらそのセットの仕方を教えてもらえませんか? せっかくあっちでは女の子なんだから可愛くなりたいんですけど、その方法がよくわからなくて。こっちで女の子に聞くと変な噂が立っちゃいそうで……」
ほぉ、ルーミンもそう言うことに興味を持つ余裕が出てきたんだ。
「私も、あっちの女の子は磨いたらもっと可愛くなるって思っているんだ。教えてあげる。樹も一緒にね」
風花はこちらを向いてニコッと笑った。
可愛い方がいいというのはわかっているけど、鏡がないんだから仕方がないじゃん。でも、リュザールが喜ぶんなら覚えてみようかな……
「それと……竹下……剛くん、よろしくね」
海渡と離れた風花が、まだ固まったままの竹下に声を掛ける。
「あ、ああ。ふーくん……風花さんが可愛くなっててびっくりした」
「だから、風花でいいってば、でもありがとう。剛くんもしっかりして頼もしくなっているよ」
あ、竹下、照れてる。
「俺も竹下でいい。剛と下の名前で呼ばれるのは、こそばゆくて……それで、風花はリュザールの技が使えて俺たちに教えてくれるらしいけど、それがどんなものかわからないんだ。見せてもらってもいいかな?」
それはそうだよね。盗賊があっという間に無力化されたり、僕がいつの間にかひっくり返っていたとか聞いただけではよくわからないと思う。
「僕も気になります。もし、教えてもらうとして女の子でも使えますか?」
そうそう、テラでソルやルーミンが技を使えるようになったら、隊商に頼らなくても旅に出ることができるかもしれない。
「うん、私でも使えるんだから大丈夫。二人とも私に飛びかかってきて……と言いたいところだけど、ここはちょっと無理かな」
僕の部屋は八畳の和室。子供部屋にしては広い方だけど、荷物が置いてあるから技をかけるには狭い。なら、
「みんな、診療所の待合室に来てくれる」
そこなら、車いすやベッドがすれ違えるくらいの広さがあるから大丈夫だろう。
「ここをこうして……」
診療所の入り口のカードリーダーに僕専用のIDカードをかざす。
ガチャリと音がしてドアの施錠が外された音がした。
「はい、どうぞ」
休診日だから、セキュリティーを解除しないと警報が鳴って警備員さんが来ちゃうんだ。
「入っていいのか?」
「うん、待合室だけね。事務室とか診療室とかは入れないから注意して」
個人情報とか薬とかがあるから誰でも入れるようにはできてない。僕のIDで入れるのは待合室だけ、診察が終わったあとに掃除を手伝うことがあるからね。
「懐かしいです。小さい頃、熱が出た時にはよくここでお世話になりました」
海渡は待合室の中でテレビが良く見える場所に腰かけた。たぶん、そこで待つことが多かったのだろう。
「俺も最近は来なくなったけど、ここで震えていたの思い出すぜ」
竹下は立ったまま。病院が苦手なのは変わってないみたいだ。
そういえば、うちは小児科をやっているわけじゃないけど近くに住んでいる子供たちはよく来てたっけ。
「竹下くんは樹くんのおじさんが怖かったの? 昨日話したけど優しそうな人だったよ」
「風花先輩、違います。樹先輩のお父さんは優しくて子供たちに人気です。竹下先輩は注射が怖いんですよ。今でも予防接種の時は目をつぶってるらしいですね」
「海渡、誰から……あっ! 樹、お前か! 余計な事いうなよ!」
「僕たちの間に隠し事は無しでしょう」
「ちぇ……えっと、それで風花、どうしたらいい?」
「竹下くんと海渡くんはここに来て」
美桜は受付前にある少し広めの場所に移動した。
「かかってきて、二人一緒でもいいよ」
「かかってって……ここ、床が硬そうだぜ」
待合室は掃除しやすいようにビニール床タイルを張っているけど、その下はコンクリートだ。
「大丈夫、けがはさせないから」
「そうおっしゃるのでしたら遠慮なく行きますよ。竹下先輩!」
「おう!」
海渡の掛け声に合わせて竹下も一緒に飛び掛かる……
あーあ……
「なんで?」
「不思議です……」
二人はきれいに転ばされた上に、床で頭をぶつけないように風花が二人の頭を両手で抱え込んでいた。
「満足?」
風花の問いに二人はコクコクと頭を縦に振った。
「ほら、二人とも立って、部屋に戻ってこれからのことを話そう」




