第45話 抱きつこうと思ったらこっちではダメだった
「え、えっと、今晩はふーくんと二人きりってこと?」
一晩一緒にいるのなら、手を繋いで寝る機会はありそうだ。ただ、僕の事情を話しているわけでもないのに、こういう状況なのは……
「うん……これ、お母さんたちから」
ふーくんがテーブルの上に置いたのは、この前保健体育の授業で使い方を習ったばかりのあれの箱だった。
やっぱり……
「ふ、ふーくん、意味わかっている?」
お母さんたち、いったい何を考えているんだろう。
「うん……樹くんがよかったら私の初めてを貰ってください」
「で、でも……」
「私じゃいや?」
「い、いやじゃない。ふーくんは可愛いし、タイプだし、何よりいい匂いがするし」
「匂い?」
「あ、うん」
匂いの話をするのならテラのこと、そしてリュザールのことを話さないといけない。そのうえで、ちゃんと納得してもらって、ふーくんとリュザールを繋げたい。
「ねえ、ふーくん、これから大事な話をしたいんだ。聞いてくれるかな」
「……樹くんは昔からテラという世界と繋がっていて、テラではソルという女の子で私はリュザールという男の子なんだ」
「うん……信じられないよね」
「ううん、さっきはハッキリと言わなかったけど、最近倒した相手を仕留める夢ばかり見てて、私おかしくなっちゃのかって思っていたの。でも、それがリュザールの体験なら納得できる。リュザールが相手を手にかけるときの気持ちって、私と同じだもの」
もしかして、結構詳細に夢を見ているのかな。
「きっと、リュザールの苦しみがふーくんに伝わっているんだと思う」
「そっか、あちらの私が……でも、どうして私とリュザールが同じだと思ったの?」
「それはね。ふーくんとリュザールが同じ匂いだったからなんだ」
「匂いって、そんなにわかるものなの? 樹くんの匂いを嗅いでもいい?」
「う、うん」
浴衣のふーくんが僕の首筋に近づいてくる。ふんわりとふーくんの匂いと温泉の硫黄の香りがしてくる。
「これが樹くんのなんだ……ほんといい匂い」
「あちらと繋がっている同士だとそう思うのかも」
僕もふーくんの匂い、好きだもん。
「他にも繋がっている人がいるの?」
「うん、竹下と海渡、覚えている?」
「覚えてる。そうなんだ、竹下君と海渡君も……二人とも最初から?」
「ううん、つい最近偶然に」
「どうやって?」
ふーくんに二人が繋がったいきさつを話した。
「樹くんかソルちゃんの近くにいる時に、反対側の世界でソルちゃんか樹くんと手を繋いで寝るってこと?」
「うん、二人が繋がったのはそうだった」
「あちらの竹下くんってユーリルくんなんだよね」
「うん」
「ソルちゃんはユーリルくんのことが好きだったりするの? 私の記憶では、樹くんと竹下くんはものすごく仲がよかった覚えがあるんだけど」
「ユーリルとはそんな関係じゃないよ。親友ではあるけど」
竹下、海渡、ユーリル、ルーミン、この四人とは恋愛感情とは別の次元の存在だと思う。
「なら、樹くんが好きなのは?」
「ぼ、僕が好きなのは……リュザール、そしてふーくん」
ふーくんに会ってはっきりとした。僕は二人が大好きだ。
「最初にあちらの私の名前が出てくるのは妬けちゃうけど、でも、嬉しい。ねえ、樹くん。風花って呼んで」
「風花」
風花がにこやかに笑った。やっぱりリュザールだ、仕草が同じ。
「ん、」
思わず口づけていた。
口を触れ合うだけの軽い口づけ。それでも心が満たされてくるのがわかる。
「樹くん……」
至近距離にある風花。そのまま抱きしめてしまう。
「樹くん。私ね、小さい頃近くに住んでいたでしょう。その時から樹くんと結婚するんだよって言われてたんだ」
耳元から聞こえてくる風花の声。
「誰から?」
「お母さんたち、昔から二人で子供同士を結婚させて親戚になろうって計画していたみたい」
計画ってこれか。お母さんと水樹さんは学生の頃からの親友だって言っていたけど、そういうことを考えていたんだ。
「それで、ちょうど同じ年に樹くんと私が生まれたから、絶対に一緒にさせるって張り切っているの。私も樹くんの事が好きだから、お母さんたちの計画に乗ることにしたの。ごめんね、びっくりしたでしょう」
「驚いたけど、僕も自分の気持ちに気付けたから……ん、」
それからもう一度……
「一緒に手を繋いで寝たらいいのね」
二人でかいた汗を温泉で流した後、二つの布団を繋げて横になる。
「うん……でも、風花。最後に確認させて、ほんとにいいの? あちらは命のやり取りをやっているような世界だよ」
特にリュザールは隊商にいるから、その危険性は高い。
「あちらの私が、このままでどうにかなりそうなほど苦しんでいるのは私も感じてるの。一人なら無理だけど、私とリュザールの二人でならきっとそれを乗り越えられる。それに私もあちらのソルちゃんと恋をしてみたいんだ」
「わかった、それじゃ電気を消すね」
風花のぬくもりを手に感じながら眠りについていた。
〇(地球の暦では6月18日)テラ
トントントントントン
いつもよりも少し早く起きた私は、コルカの隊商宿の厨房でこれから出発する討伐隊のために朝食を作っている。
「おはよう。起こしてくれたらよかったのに」
振り向くと、優しい顔をしたリュザールが立っていた。
「おはよう、リュザール。今日出発だからゆっくりしてもらおうと……って、何しているの?」
リュザールがなぜか腕を広げてもがいている。
「抱きつこうと思ったらこっちではダメだった」
なんだそう言うことか。こちらで未婚の男女が抱き合っているのを見られたら、それだけで別れさせられちゃうからね。
「私だって我慢しているんだから」
自分の気持ちに気が付いたんだ。本当なら飛びつきたいくらいだよ。
「仕方がないか……ねえ、匂いだけ嗅がせて。触らなければいいと思うんだ」
私の近くまでやってきたリュザールは、手を後ろに組んで首元をクンクンと……
「へぇ、本当に樹と同じ匂いなんだ。……ソル、こっちではしばらく会えないけど、あちらで連絡するからね」
リュザールが耳元で優しく語り掛けてくれる。よかったちゃんと繋がっている。
「うん、待ってる」
「さて、それじゃ手伝うよ。野菜切るね」
トントントントントン
あ、いつもよりも音が弾んでいる。討伐は心配だけど、リュザールを信じて送り出そう。




