第43話 まずは温泉!
高尾さんと別れた僕たちは、お母さんの軽自動車で郊外へと続く道を進んでいる。
「水樹、いい場所を見つけたのよ。お昼をちょっと過ぎそうだけど、昼食はそこにしましょう」
「風花、聞いた。いい場所だって楽しみね。こっちのことわからなくなっているから、真由美に任せる」
任せてーと言って、お母さんは海辺の道へ進路を変えた。
「あ、あのー、水樹さんたちは、引っ越してくるんですか?」
助手席の水樹さんに尋ねる。
「ええ、旦那が7月1日付けでこちらに移動になったの。それに合わせてね」
「ふーくんも?」
「そう、三人でね」
ふーくんは学期の途中で転校か。ふーくんがリュザールだとすると、ユーリルたちと同じように僕の近くに来ちゃったってこと?
「水樹、帰って来れてよかったわね」
「ほんとよ! 東京に転勤になってからかれこれ10年。ずっと希望出してやっと、長かった……」
そ、そうなんだ。もしかして、10年間ダメだったものを呼び寄せちゃったの?
「あ、」
動かした拍子に左手がふーくんの手に当たった。冷たい。テラの影響かな……
よし、
そのまま握ってあげるとふーくんがぴくっと……でも、表情が少し柔らかくなったかも。
お母さんの運転する軽自動車は、ほとんど信号のない道を右手に海を見ながら東に向かっている。車の中は、お母さんたちが昔話に花を咲かせているから賑やかだけど、僕は静かにふーくんの手を握り続ける。
……さっきよりも少し温かくなってきたかな。
「気分はどう?」
「樹くんの近くだとなんだか安心する」
顔色もよくなったし、あとは機会を見てあちらのことを話して……
「どうしたの?」
うわ、首をかしげたふーくんも可愛い……
じゃない。じっとふーくんを見ていたの気付かれちゃったよ。
「な、何でもない」
「ふふ、変なの」
ふーくんにはリュザールの影響が出ているように思う。こうなったら二人を繋げた方がよさそうなんだけど……今晩ふーくんの隣で寝たいとお母さんたちにお願いして、手を繋いでみようかな。あれ? 部屋は……同じかどうかもわからないのか。困ったぞ。リュザールは明日から討伐に出かけてしばらくは戻ってこない。ふーくんだってたぶん明日東京に帰るはずだし、仮にこちらに引っ越してきたとしてもこの先手を繋いで寝る機会なんてあるのかな……となると、ふーくんが僕の近くいる状態でテラでリュザールと手を繋いで寝る必要が……カインに戻ってからなら……も無理か。結婚前の男女が一緒に寝るなんてご法度だよ。
やっぱり、今日中に何とかしないと……
山間のおしゃれなレストランで昼食を済ませた僕たちは、夕方前に宿に到着した。
「チェックインしてくるから、二人はここで待ってて」
ふーくんと一緒にロビーのソファーに腰かけ、お母さんたちを待つ。
「キレイなホテル」
「去年改装したばかりみたい。これまではホテルじゃなくて、旅館って感じだったよ」
「前にも来たことがあるの?」
「うん、お母さんがここの温泉を気に入ってて、何度かね」
「そうなんだ。温泉楽しみだね」
ニコッとする笑顔も可愛らしいな……
「樹、風花ちゃんに見とれてないで行くわよ」
お、お母さん、いつの間にチェックイン終わったの?
お母さんと水樹さんがニヤニヤと僕を見ていた。
見とれてなんか……いや、見とれてたかも。だって、リュザールと一緒かもと思ったら、気になって仕方がないよ。
「ほら、係の人が待っているわよ」
係の人は部屋へ案内する前に、ホテルの施設の場所を教えてくれるようだ。なるほど、温泉の場所は前と同じの一階で手前が内湯で奥が露天。夕食は部屋に運んでくれて、明日の朝食は二階の会場ですね。わかりました!
エレベーターを五階で降りた僕たちは、和室の部屋に通された。
「ゆっくりとおくつろぎ下さい」
係の人は一部屋だけ案内して、出て行ってしまった……
「一緒なの?」
水樹さんもふーくんも荷物を開けている。お母さんだってそうだし……
「久しぶりに会ったのよ、この方が時間を気にせず話せるでしょう」
よし! 一緒の部屋だ。これなら、ふーくんと手を繋いで寝れるかも。
「そんなことより温泉よ!」
着替えをするからと言って、浴衣を持たされ部屋を追い出される。
どうやってふーくんと手を繋いで寝るかはあとで考えるとして、
「まずは温泉!」
僕も楽しみにしていたんだよね。
ということで、エレベーターに乗り大浴場のある一階へと向かう。
係の人はここは内湯と露天が別々だから、裸のままでは行けないって言ってた。夕食がすんでからもう一度入るつもりだから露天はその時にして、まずは内湯を試してみようかな。
大浴場の暖簾をくぐり脱衣場に入る。
うわ、ここもきれいになっている。
成分表は……あった!
泉質が……単純硫黄温泉(硫化水素型)。硫黄のお風呂ってことか。ここまで匂ってきているよ。温度は……63度! さ、さすがに水を足しているよね。そういえば、ここのお風呂は熱かったような……入れるかな……
ロッカーに着ている服と浴衣を入れ、タオルだけを持って浴場へと向かう。
中には数人のおじさんがのんびりと温泉に浸かっていた。
そうそう、ここのお湯は真っ白だった。あれ、中の造りは変わってないみたい。いや、なんか違うな。前は打たせ湯があったような気がするけど、無くなっている。
とりあえず入ってみよう。
まずは体の汚れを落として……よし、準備完了!
恐る恐るお湯に手を付けてみる。よかった、ちょっと熱めだけど、これなら入れそう。江戸っ子おやじのように我慢して入らないといけないかと思ったよ。
タオルをお湯につけないように気を付けながら、ゆっくりと体を白濁したお湯に沈めていく。
「あぁー、気持ちいい」
おっと、思わず声が出ちゃった。
お母さんじゃないけど温泉はいいよね。じんわりと温泉の成分が体にしみ込んでくるようだ。疲れが飛んでいきそう……
あれ、外に通じるドアがある。あっちには何が……つぼ湯だって。誰もいないようだし行ってみるか。
ドアの外は広めのベランダのようになっていて、そこには青色の大きなつぼが二つ置かれていた。そして、それぞれのつぼにも湯口が付いていて、白濁したお湯がとめどなく注ぎ込まれている。
なるほど、これは一人用だ。というか、お湯が溢れている。まさに、源泉かけ流しってやつだ。中のお風呂よりもちょっとお湯の温度が高いけど、何とかなりそう。
「お、これはなかなか」
体を沈めるとその分温泉がザバーと溢れだす。贅沢。
つぼの中だから体を伸ばすことはできないけど、一人でのんびりと入るのにはちょうどいい。
リュザールにも入らせてあげたいな。辛いことだって忘れちゃいそう。あっちにも温泉があったらいいのに……




