第33話 ああ、命知らず以外はな
〇6月2日(金)地球
週末、いつものように家に集まりお風呂を済ませた僕たちは、布団の上に寝転んで情報交換を始めた。
「そちらに変わりない?」
「あります! 聞いてください。僕……いや、ルーミンがごはんを少し多めに食べられるようになりました!」
ルーミンがカインに来てから五日目。ようやく体が変わり始めているのかも。
「コルカから戻ったら、ふっくらしているかな」
「はい!」
ふふ、海渡嬉しそう。
「樹、そっちはどうだ? 盗賊とかは?」
「盗賊はまだ見てないけど、リュザールからの熱い視線が……」
昨日も並んで歩いていたんだけど、時々視線を感じるなって思ったら、その度にリュザールがこちらをジッと見ていたんだよね。
「リュザールさんも年頃の男の子ですから、好きな子に抱きつかれたらその気になっちゃいますよ」
「抱きついてきたのはリュザールの方だけど、最初に匂いを嗅ぐために近づいたのが失敗だった」
さすがに昨日の夜は隣だと危なそうだったから、リュザールとは離れて寝てみた。明日は落ち着いてくれてたらいいんだけど……
「樹は、リュザールの匂いに覚えはなかったのか?」
「うーん、なんだかどこかで嗅いだような気がしたんだけど、結局思い出せなくて。それに、夢の内容もこの街とは違って都会みたいだったから、たぶん会ったことないんじゃないかな」
「この街でならどこかですれ違う事もありそうですが、別の街、さらに都会では探すのも一苦労しそうですね。残念ながら、このままだとリュザールさんを繋げることができません」
そうなんだよね。竹下や海渡の時のことを考えると、いくらテラでリュザールと手を繋いで寝ても、地球のリュザールが僕の近くにいないと二人は繋がらないような気がする。
「でもさ、あっちの俺たちってかなり離れたところからソルの村にやって来たよな。こちらのリュザールも樹の近くにやってくるんじゃねえのか」
そんなことがあるのかな……
「この後来る転校生とかが怪しいですね。特に学期の途中で樹先輩たちのクラスに来たら、もうそうなんじゃないですか?」
そ、そうなのかな……
「まあ、そうじゃなくても、この先ソルがリュザールを好きになったら結婚しちゃえばいいんじゃないの。それで手を繋いだ時にリュザールが見る夢を元にこちらのリュザールを探してさ、そいつに話して了解取れたら繋げちゃおうぜ。もちろん、ソルがリュザールと一緒になりたくないのなら仕方がないけど」
リュザールと結婚したいかどうかは、今はまだわからない。ただ数日近くにいてわかったんだけど、リュザールのそばにいるとユーリルやルーミンと一緒にいるときのように気が楽なんだよなぁ。
「ん、んっ。リュザールの事はこれくらいでいいよ。それよりも工房はどうなったの?」
「もうちょいで完成だな」
いよいよか。
「ごめんね、ソルがいなくて」
「いいって、コペルも張り切っているし、ルーミンもいる。俺たちだけで上手くやっとくさ」
ユーリルとルーミンがいてくれたら、僕(ソル)がいなくても糸車を作ってくれる。ほんと二人がテラと繋がってくれて助かったよ。
「それと、薬草畑の用水路はどうするの?」
暑くなる前に作ってもらえると嬉しいんだけど。
「やっと村の人とも仲良くなってきたから、手が空いた時に手伝ってもらおうと思ってるんだ。でも、あっちはそこまで急ぐわけではないし、ソルが帰って来るまでに取り掛かれたらって感じかな」
夏までにギリギリといったところか。
ユーリルがカインに来てからもう少しで一か月。最初の頃は、新参者だから誰も俺の言うことを聞いてくれないよって言っていたけど、仕事も真面目にやっているし、呉服屋の手伝いで培った話術もあるしで村の人たちからの評判もいいんだよね。みんなもきっとユーリルの頼みなら聞いてくれるよ。
「あと……カァルはどうしてる?」
出発の前の日にたくさん遊んであげたけど、やっぱり気になる。
「昨日の午前中はコペルのところにいて、午後は俺たちと一緒に薬草畑に行ったぜ」
普段と変わりないと言うことかな。
「ただ、朝起きた時は畳んだままのソルさんの布団の匂いを嗅いでましたよ。いないのはわかっているみたいですが、寂しいのかもしれませんね」
そうなんだ。カァルがきてから一緒にいることが多かったからかなぁ……
「そちらも心配するな。俺たちで面倒見るからさ」
「樹先輩、気を付けてくださいね。ユーリルさんは、ソルさんと別れて傷心のカァルくんを狙ってますから」
海渡は僕に近づいて来て、竹下に聞こえるような声で耳打ちしてきた。
「ば、バカ。ばらすな」
あはは、狙っているんだ。でも、カァルは誰のものでもないからね。
「カァルのこともお願い」
「お、おう、任せとけ!」
ほんと、二人がいてくれるから安心して旅をすることができるよ。
〇(地球の暦では6月5日)テラ
「ほら、また来たよ」
リュザールが顔を向けた北の丘の向こうに、ぼんやりと何かが見える。
「あれも盗賊なの?」
「うん」
バーシを出てから三日目、昨日泊った隊商宿のご主人がここから先は気を付けろと言っていたけど、ほんとだったんだ。
「大丈夫……なんだよね」
「ソル、心配しなくても、これくらいの大人数になるとあいつらは来ないよ。ねえ、セムトさん」
隊商もこれまでよりも密集して移動しているから、セムトおじさんも声が届くところを歩いている。
「ああ、命知らず以外はな」
他の隊商の人たちから笑い声が上がる。
「おじさん、どんな人が襲われるんですか?」
「そうだね、あいつらが一番に狙っているのは、我々のような隊商だな。麦を持ち歩いているから、食べてもいいし、それを使って市で家畜を買ってもいい。ただ、ほとんどの隊商は人を集めて移動しているから襲いにくい」
なら、どうしているんだろう……
「次に探しているのは、放牧している羊だな」
羊……なるほど、盗賊が出るからといって放牧に出さないわけにはいかないんだ。あの子たちは草を食べさせないと死んでしまう。
「でも、飼っている人もだまっていないのではないですか?」
放牧する人にとって羊は財産だ。そう簡単に渡すとは思えない。
「もちろん、ついていく人を増やしたりして対処しているようだよ」
「義兄さん、あの者たちは村を襲うことは無いのですか?」
父さんが気になるところはやっぱりそこだ。
「みんなそこを心配しているんだ。今はまだ盗賊も小さな集団ばかりなんだが、大きくなって襲ってきたら太刀打ちできないって」
「討伐をしないのですか?」
「私が戻る前に、コルカや周りの村々が協力して討伐の話は出ていたが、あいつらの様子を見ると上手くいってないのかもしれないな」
こちらの世界には国というものが無いから村ごとに決めごとをするんだけど、他の村との話し合いになるとなかなか進まないみたい。
「せ、セムトさん!」
リュザールが指さす北の丘から、数頭の馬がこちらに向かってくるのが見えた。




