第31話 はい、こういうところの融通は利きません
〇5月31日(木)地球
「なんと!? 結婚してほしいと! ……で、承諾されたのですか?」
「いや、さすがにその場で返事できないよ」
「でもさ、タリュフさんたちは乗り気なんだろう」
リュザールから結婚の申し込みをされた翌日、朝の散歩のとき竹下と海渡にこのことを報告することにした。普通なら内緒にしたい話なんだけど、相談に乗ってもらった方がいいようなことを聞いちゃったんだよね。
「目利きな上に武術の心得もあって、将来有望なんだって」
「それは行商人にもってこいだな。それにしても、武術ってなんだ。あっちにそんなものあったっけ?」
「僕も初めて聞いた。なんでも、育ててくれたおじいさんに教えてもらったらしいよ」
リュザールはあのあと料理の手伝いをしてくれて、その時にぽつぽつと自分のことを話してくれたんだけど、その中に武術のことが出てきたのだ。
「もしかして、そのおじいさんがテラ初の武道、なんとか流の創始者さんなんでしょうか?」
「いや、そのおじいさんも先代から教えてもらったって。でもね、驚いたことに話の中でリュザールが江戸時代から続くって技だって言ったんだ」
「マジ! ほんとに江戸時代って言ったのか?」
「うん、そしておじいさんの後継者の人が死んじゃってて、その技を会得しているのがリュザールだけだから守っていかないといけないんだって」
二人はうーんと唸っている。でもそれは仕方がないと思う。僕だって聞いた時には驚いて叫びそうになったもん。
「リュザールさん、江戸時代のことをわかって言っているのでしょうか?」
「それはわかってないみたい。発音もテラの言葉で無理矢理言ってる感じだったし、そういう言い伝えだから話しているんじゃないかな」
「……バーシの近くの橋がどうしてもおかしいと思ったら、やっぱり俺たちの前にあちらと繋がっている人間がいたんだな」
これまでは想像でしかなかったけど、リュザールの口から日本の言葉が出てきたことでそれが確信に変わってきている。
「それにしても、リュザールさんとは初めて会われたんでしょう。いきなりプロポーズとか飛躍しすぎじゃないですか?」
「それが初めてではなかったみたいなんだ。リュザールが隊商に入って間もない頃カインまで行商に来たことがあったらしくて、その時に僕(ソル)が助けたんだって」
「何してあげたんだ?」
「よくわかんないんだけど、リュザールはその時が初めての行商だったらしくて、緊張して計算を間違ったのを僕(ソル)が教えてあげたって言ってた」
リュザールはその後『あの時信頼を失わなかったから今の自分がある。ソルはボクの女神様だよ』と言っていたんだけど、そこまでは言わなくてもいいよね。恥ずかしいもん。
「覚えてた?」
「言われてみて、そういえばって……」
「そんなことでソルさんのことを好きになるなんて、リュザールさんはちょろいんですかね」
ちょ、ちょろくはないと思うけど……
「まあ、一目惚れってことだろう……って、樹の様子がおかしい。海渡、くすぐってやれ!」
「了解です!」
すぐ横を歩く海渡の手が僕の脇に……
「あ、あはは、あはははは、か、海渡、やめて、話すから」
くすぐりは弱いんだってばぁ。
仕方がないからさっきの女神の件を話すことにした。
「ほぉー、ソルさんが女神様なのは同感ですが、リュザールさんはそれから一途にソルさんを思い続けていたわけですね」
「そんなに慕われているんなら、一緒になった方がいいんじゃないか」
他人事だと思って……
「一応、男の人に結婚を申し込まれてるんだよ。そう簡単に決められないよ」
「樹先輩が言い寄られているのならあれですが、ソルさんですからね」
「相手が男なのはこの際置いといて、樹はどうなの? テラで子供を欲しくはないの?」
「ほ、欲しい……」
テラはとにかく人が少ない。それに医療が進んでいないから、やっと生まれた赤ちゃんも大きくなる前に死んでしまうことが多い。それでかどうかわからないけど、テラで生まれ育った人間には、子供を増やさないと滅んでしまうという危機感が遺伝子レベルであるような気がする。特にソルも生理がきてからはそれは如実になっているような……あ、もしかしたら、ルーミンのお父さんはこれが暴走しちゃっているのかも。
「だろう。俺だって結婚できる年になったらすぐにでも誰かと一緒になって、子供が欲しいもん。海渡はどう?」
「そうですね。僕はルーミンとしては生まれた時から女の子だったので、男の人と一緒になって子供を作るというのは当たり前のことですね。だから、いい人がいたら悩まず結婚して子供をバンバン作っちゃおうと思ってますが、ここに海渡の考えを入れると躊躇しちゃいます。だから、樹先輩のお気持ちもわかりますよ」
「やっぱり、お前たちって複雑だよな……」
「ただ、赤ちゃんを産んで育てる経験をできるというのは楽しみですよ」
ふふ、赤ちゃんか……
「……樹、お前、お母さんのような顔になっているぞ」
慌てて顔を押さえる。
「まあ、急いで決めることでもないし、じっくりと考えたらいいさ」
「それにしても、ソルさんモテて羨ましいです! ルーミンなんてあんなだから、箸にも棒にも掛かりませんよ」
ルーミンもジャバトから好かれているんだけど、海渡には内緒だもんな……
「ルーミンにもすぐに相手が見つかるって。それで、リュザールってどんなやつなんだ?」
「えっと、背はソルより5センチくらい高いかな。筋肉質で目鼻立ちは整っていて、カイン村あたりでは珍しい黒髪と黒っぽい瞳だったよ」
「ソルさんより5センチ上なら身長が165センチくらいですか。それに黒い髪に黒い瞳の少年……はい、その人なら見たことあります。たまにルーミンの村に行商に来てました。貧乏なルーミンたちにも分け隔てなく接してくれて、よく気が付くイケメンさんでしたがまだお相手がいなかったんですね」
確かに料理を手伝ってくれるときも手伝おうかと聞かずに、何気ない感じでこれやっとくねと言って野菜を切ってくれた。普段からそんな感じなんだ。
「リュザールの風貌じゃ目立ったろうに、なぜカインで会ったことを覚えていなかったんだ」
「うん、そんな感じの人は日本でよく見ていたから」
「あー、それもそうか、俺たちもそうだもんな」
僕も竹下も海渡も髪は黒いし、瞳も濃い茶色だから遠くから見たら黒っぽく見えるんだよね。
「それで、リュザールは結婚相手としてソル的にどうなの?」
「わ、わからないよ」
会ったばかりのようなものだし……
「そうか……とうとう、ソルも人のものになっちゃうのだ」
「だからわからないって。大体僕は、あっちとこっちで違う人を好きになるなんて器用なことできないよ」
もし、あちらでリュザールと一緒になってしまったら、こちらで誰か違う人と結婚できるかというと難しいような気がする。
「あっちとこっちで別の人間なんだから気にしちゃいけないような気がするけど、樹は確かにそうだろうな」
「はい、こういうところの融通は利きません」
頭ではわかっているけど、気持ちがついていかない……
「俺たちのようにリュザールにもこっちに繋がりがある人間がいるかもよ。それも女の子で。それなら樹がその子とも恋愛したらいいじゃん」
そんなに都合よくいくわけないって。




