第30話 ……ごめん、我慢できない
〇(地球の暦では5月31日)テラ
朝早くに家のみんなに見送られ、私と父さんが村の広場に向かうとすでに隊商の人たちが集まっていた。
「義兄さん、遅くなりましたか?」
「いや、まだ準備中だからかまわんよ。荷物はこれだけかい。おーい、これも頼む」
おじさんの命令で、隊商の人が私たちの荷物を馬に括り付けてくれた。
「もう少ししたらみんなに紹介するから、ちょっと待っててくれ。あ、それとソル、今回は隣村バーシの隊商も一緒に動くことになっていてな、そこにお前と同い年の隊員がいるから仲良くしてやってくれないか」
隊商にいるということは男の子だね。15歳なのにもう行商人として働いているんだ。えらいなぁ、どんな子だろう。って、父さん『ほぉ、ソルと一緒の年』ってわざわざ私に聞こえるように言わなくても……
「それはそうと義兄さん、他の隊商とも動くということはあまり状況がよくないのですか?」
「ああ、このあたりはいいのだが、コルカの手前あたりで盗賊が出ることがあるんだ。何よりも命が大事だから、しばらくはバーシの隊商と一緒に回ろうと話をしているのだよ」
おじさんが率いるカイン隊(カイン村の隊商)は5~6人の集まりだ、バーシも同じくらいだとすると10人以上の大きな集団になる。これなら盗賊も襲おうとは思わないはずだ。隊商の人たちはみんな強いから。
「よし、準備ができたようだな。みんな集まってくれ!」
おじさんの声に隊商の人たちが集まる。
「聞いてくれ。これから出発するが、コルカまで薬師のタリュフとその娘のソルが一緒に付いてくることになっている。知っていると思うが、ソルは私の姪だ。もし間違いがあったら、再びカインに帰れると思うなよ」
おぉ、おじさんの声、後半の方はドスの利いた感じになってたよ。
「わ、わかってますって隊長、俺たちの中でタリュフさん世話になってない者なんていませんから、誰もそんな不義理な真似しませんよ」
「そうか、頼むぞ。慣れた道とはいえ、いつ何が起こるかわからん。気を引き締めて行くぞ!」
「「「はい!」」」
お昼を過ぎた頃、カイン隊はバーシに向かう街道をゆっくりと西に向かっている。
「ソル、疲れてないかい?」
前を歩いていたおじさんが、歩調を合わせて私たちのところまでやってきた。
「うん、大丈夫」
カインからバーシまではだいたい30キロちょっとで標高差が500メートルくらいあるから、なだらかな下り坂がずっと続いているという感じ。今のところそんなにきつくないかな。
「それでどうかな。この道は、荷馬車というものが使えそうかい?」
確か、竹下は少しならデコボコがあっても大丈夫と言っていたから……
「はい、道幅もあるし大きな岩や穴とかもないみたいだからいけそうです」
隊商の人たちがよく通っているから道も踏み固められているし、大きな段差もこれまでのところなかった。問題なく通れそう。
「そうか、あとは鍛冶職人次第ということだな。とにかくあたってみるしかないか」
荷馬車については竹下と海渡と相談して、あった方が糸車の普及が早まるよねと言うことで話がまとまった。どういうことかと言うと、私たちは工房で作った糸車をおじさんたち行商人に麦3袋で買ってもらうことになっていて、おじさんたち行商人はそれをコルカなどの町に運んで、麦6袋で売るつもりみたい。つまり糸車を10個コルカで売ったら麦が60袋集まることになるんだけど、60袋と言ったら300キロを越えるし嵩もかなりのもの。馬一頭に乗せられる荷物の量は決まっているから、糸車をたくさん売りたくても物理的に売れないってことが出てきそうなのだ。
それに、みんなとこうやって歩いてみて気付いたけど、やっぱり荷馬車があった方がよさそうだ。一人か二人は御者台に座ることができるからね。何日も歩き続けるのは大変だよ。
「ところで義兄さん、バーシから合流する少年というのはどんな子なのですか?」
うぅ、その話題。やっぱり、私の結婚相手の候補ってことなのかな。
「リュザールというのだが、まじめに働くしなかなかの好青年だよ」
「ほほー、若いのに感心だ。それで親御さんはバーシに?」
もう、親の話……父さん気が早いって。
「いないね。赤ん坊の頃バーシの村はずれで捨てられていたそうだ」
捨て子!?
「それは……よく生きてましたね」
「ああ、この先に橋があるんだが、そこで泣いているのを運良く通りかかったバーシの長老が見つけて、そのまま育てることにしたらしい」
運良くというか、たぶん誰かが通りかかるのを待って置いていったんじゃないかな。自分では育てられてないからどうかよろしくって。
「その長老が亡くなったあとリュザールは行商人になったんだが……そろそろ三年になるんじゃないかな」
三年!? 同い年といっていたから、12歳から隊商に……す、すごい!
「しかし、その若さで隊商の仕事が務まるのですか?」
「何度か一緒に仕事をしたことがあるが、なかなかの目利きだし何より腕が立つ、将来は隊商を率いることもできるだろう」
「ほぉー、義兄さんがいうのなら間違いないのでしょう」
父さんたちがニヤニヤと……
やっぱりこれは、ユーリルもジャバトもダメだったから私の次の相手にって考えているよ。まあ、リュザールって子が私のことを気に入らなかったら、どうしようもないんだけど……
その後もおじさんや隊商の人たちとのんびりと話しながら街道を進み、太陽が赤くなりかけた頃、隣村のバーシに到着した。
「ソル、疲れなかったかい?」
隊商宿の大部屋の片隅で荷物を解いている私の隣では、父さんがそう言いながら足をさすっている。
「うん、少し足がだるい気がするくらいかな。父さんは?」
「私は疲れたよ。最近山に行ってないからかな、なまってしまっているようだ。もう少しやれると思ったんだが……年かな」
いやいや、父さんは37歳。まだまだ若いよ。
「コルカには、父さんを待っている人たちがたくさんいるんでしょう。しっかりしないとだよ」
「そうだな。困っている人たちがいるんだ。これくらいでへこたれてる場合じゃないな」
そうそう。頑張ってね、父さん。
バーシの隊商宿に着いた私たちは、全員が一つの大きな部屋に通された。この世界の隊商宿には大きな部屋が一つか二つあるだけで、個室や男女別とかいうものは存在しないみたい。これは宿を使うのが隊商や旅人といった限られた人たちだし、そのほとんどが男の人だから仕方がないことかもしれない。
「ソル、ちょっといいか」
さっきまで、他の隊員の人たちと話をしていたおじさんがこちらにやってきた。
なんだか申し訳なさそうな様子……
「どうしたの?」
「すまんが、みんなの夕食を作ってくれないか。今回まともな料理を作れるものが、誰もいないんだ……」
隊商宿には料理を作るための厨房はあるんだけど、寝る場所を提供するだけで食事は各自で用意しないといけないらしい。
「材料はあるんですか?」
今回の旅はコルカの町からの依頼と言うことで、費用はあちらが出すということになっていたから、道中の食事については気にしてなかった。だから食材を何も用意していない。
「今日の分は厨房に置いてあるよ」
それなら、いいか。
「やってみます。でも、あまり期待しないでくださいね」
料理の手伝いはテラでは毎日のことだし、人数も七人分だから普段とあまりかわらない。何とかなるだろう。
「助かった。食事がまずいと隊の士気に関わることもあるからいつも気を付けているんだが、今回は急な出発になって料理ができる隊員が来れなかったんだ」
美味しくないご飯しか食べれないってなったら、やる気が出る人なんていないよ。それなら、私が一肌脱ぐことくらいなんてことない。いつもおじさんには助けてもらっているからね。
「というわけだから、父さんあとはお願い」
残りの荷解きを父さんに任せ、私は厨房に向かった。
「羊肉に野菜か……」
厨房には、隊商の人が用意した人数分の肉と野菜が積まれていた。調味料も塩しかないし、いつもと同じ料理しか作れそうにないな。
よし、急いで支度しないと……
「ソルだよね」
玉ねぎを掴んだところで、後ろから若い声が聞こえてきた。
振り向くと、黒い髪に黒い瞳の同い年くらいの男の子が入り口に立っていた。
「そうだけど……あなたは?」
盗賊……ではなさそう。目が優しい感じがする。
「ボクはリュザール」
リュザール……さっきおじさんが言ってた人だ。
「始めまして、リュザールさん」
「初めましてはひどいな。リュザールでいいよ。ソル、久しぶり」
「は、はい?」
どこかで会ったことがあったかな……
「うう……やっぱり、我慢できない! ソル、ボクと結婚してほしい!」
「け? ……け、け、結婚!?」
なんで? どういうこと???




