第28話 さてと、父さんなんて言うかな
「ほほぉー。ユーリル、その荷馬車というものを使うと、今まで以上にものを運べるというのは本当なのかい?」
「はい。ただ、作るためには鍛冶職人の力が必要です。誰か、カインに来てくれそうな人をご存じありませんか?」
鍛冶屋さんに頼んで部品を作ってもらうこともできるんだけど、将来硬貨を作ろうと思っているから鍛冶ができる職人さんにカインに来てもらいたいんだ。
「鍛冶職人は変わっている奴が多くてな。私が頼んだからといって来てくれるかどうかわからんのだよ」
引く手あまただから来れないんじゃなくて、変わっているからなんだ……
「それではセムトさん、大根みたいだけど大根じゃない植物をご覧になられたことありますか?」
「大根だけど、大根じゃない……もしかして、それは食べると少し甘みはあるが泥臭いやつか? それならもう随分前になるが、コルカの西の村で何とかならないかといわれ食べたことがある。葉っぱも茹でてみたんだがアクが強くてな。私ではどうすることもできなくて、さすがにその時は断ったよ」
大根のような形で甘みがあるのならたぶんテンサイだけど、甘みが少なくて大丈夫なのかな。
「お願いです。その種を仕入れてきてください」
ユーリルが仕入れてほしいということは、それで大丈夫なんだ。
「それは構わんが……ふふ、いいだろう。その目は何か確信があるようだ。信じよう。他には?」
「あとは、銅を集めてほしいです。あ、でも、これは糸車を作るようになってからのでいいのか」
まずは麦を集めて……銅は余裕ができてからだもんね。
「わかった。銅が必要になったら言ってくれ。あれは扱っている奴も多いから、何とかなるだろう。あとはないかい?」
「今のところそれくらいです。よろしくお願いします。お礼はいつか必ず」
「なあに、私は君たちの話に商売の匂いを感じたから協力しようと思っただけだよ。儲けさせてくれたらそれでかまわんよ」
うん、おじさんたち隊商の人たちにも儲かってもらいたい。
「ユーリル、よかったね。ルーミンが喜ぶよ」
ふふ、砂糖が手に入るかもって言ったら、『腕の振るいがいがありますぅ』っていいそう。
「ルーミンと言えば、さっきミサフィが来て米を仕入れるように頼んでいったが、あの子が米を使って料理をするんだろう。そんな特技があるとは知らなかった。ただ、あの子の生まれたところでは米をほとんど使っていなかったと思うのだが……何を作るのかソルは知っているかい?」
プロフのことは知っているけど、知らないふりをしないといけないから……
「私も聞いただけだけど、おいしそうな感じがしたよ。ルーミンが作った時におじさんも食べてみたら?」
「ふむ、そうさせてもらおうかな。米で美味しいものができるのなら、商売の幅も広がるってものだ」
おじさんの目がきらりと光った気がした。さすがベテランの行商人だ。
「ところでソル、準備はすんでいるのかい?」
「準備?」
何だろう。何か頼まれていたっけ?
「出発は明後日だから忘れ物が無いようにね」
おじさんが明後日出発するのはわかったけど、忘れ物ってなに? 頼み忘れのことかな。
「ユーリル、聞き忘れはないよね?」
ユーリルはうんと頷く。
「いやいや、ソルの荷物だよ。明後日一緒にコルカまで行くんだろう。タリュフから聞いてないのかい?」
慌てて横のユーリルを見る。ユーリルは首を横に振った。
「今度のコルカ行き、急遽タリュフにもついて来てもらうことになったんだ。それを頼みに行った時に、せっかくならソルを連れて行こうと言っていたんだが……」
父さんがコルカに行くこと自体も知らないよ。
「おじさん、ありがとうございました。父さんに聞いてきます!」
「ああ、しっかり確認するんだよ」
早く家に帰って真偽を確かめなきゃ。
「父さんはどうしてコルカに行くことになったのかな?」
慌てていて、セムトおじさんに聞くのを忘れてた。
「コルカには俺たちのような避難民が集まっていたから、それでかもしんねえな」
速足で隣を歩くユーリルが答えてくれる。
「避難民……そうか、病気している人が多いのかもしれないんだ」
コルカにも薬師の人がいたはずだけど、手が足りていないのかも。おじさんは、カインなら父さんがいなくてもジュト兄が代わりになれることを知っているから、コルカからの頼みを伝えたんじゃないかな。
「それでさ、もしソルがコルカに行くことになっても、こっちのことは心配いらないぜ。俺とルーミンで上手くやっとくから。でも、そっちが心配だよ。長旅は初めてじゃなかった?」
「うん、村を出るのは初めて。おじさんたち隊商の人たちが一緒だから大丈夫だと思うけど、その日あったことを地球で報告するね。だから、そっちのことも聞かせて」
「もちろん!」
ユーリルは竹下とルーミンは海渡と繋がっているから、日をまたいでだけど連絡を取り合うことはできるはずだ。
「そ、それでさ……お願いがあるんだ。せっかく村を出るんだから俺のお嫁さん探して来てくれない?」
お嫁さんね……何かソワソワしてると思ったら、そんなことを考えていたんだ。
「タイプは……あれだね」
「そう! お姉ちゃんで胸が大きい人!」
地球なら自分で探せというところだけど、カイン村には年頃の女の子が、私かコペルかルーミンしかいない。コペルはどうもテムスのことが気になっているようだし、ジャバトがルーミンのことを好きだというのなら、残るのは私とユーリルということになる。それだけは何としても避けたい……
「わかった。善処する。ところでさっきおじさん言ってたテンサイだけど、甘みが足りなくても大丈夫なの?」
「ああ、あれはたぶん作ったところの気温が高かったからだと思うんだ。寒暖差がある方が甘くなるらしいから、ここあたりの気候がちょうどいいはずだぜ」
なるほど、そういうことならこの村はバッチリだ。秋から冬にかけての朝晩の温度差なんてかなりのものだよ。
と、話しているうちに家に到着。
「さてと、父さんなんて言うかな」
私は家の玄関ではなくて、父さんのいる診療所の扉を開けた。
「や、やあ、ソル、それにユーリルも慌ててどうしたんだい」
そこには、ジュト兄と一緒に診察道具を袋に詰め込んでいる父さんがいた。




